Artist: Pink Floyd
Album: Ummagumma
Song Title: Grantchester Meadows
概要
1969年発表の2枚組アルバム『ウマグマ(Ummagumma)』のスタジオ盤に収録された、ロジャー・ウォーターズの単独制作によるアコースティック・バラードである。タイトルの「グランチェスターの牧場」とは、ウォーターズやシド・バレット、デヴィッド・ギルモアが少年時代を過ごした故郷ケンブリッジに実在する牧歌的な風景を指している。小鳥のさえずりや羽虫の羽音といったテープ・エフェクト(ミュージック・コンクレート)を背景に、失われた無垢な少年時代への郷愁が美しく歌われる。しかし、それは現在の「都会の部屋」から思い描く色褪せた幻影に過ぎない。楽曲の最後、平和な羽音は突如として迫り来る足音と暴力的なハエ叩きの一撃によって無惨に打ち砕かれる。この唐突な残酷さこそが、シド・バレットの精神崩壊というトラウマを抱え、冷酷な現実社会を直視し始めたウォーターズのシニカルな世界観の真骨頂であり、後の『ザ・ウォール』へと通じる「牧歌的幻想の破壊」を鮮烈に提示した初期の重要曲だ。
和訳
[Intro]
birds tweeting and bees buzzing
(小鳥のさえずりと、ミツバチの羽音)
※ウォーターズが愛用したミュージック・コンクレート(具体音楽)の手法。故郷ケンブリッジの自然を擬似的に再現したこのテープ・ループは、聴く者を過去の無垢な記憶へと強制的に引き戻すトリガーとして機能している。
[Verse 1]
Icy wind of night be gone, this is not your domain
夜の凍てつく風よ、立ち去れ。ここは冷酷な君の領分ではない。
※「夜の凍てつく風」は、厳しい現実世界や、シド・バレットを飲み込んだ狂気と死の気配を暗喩している。記憶の中の聖域(グランチェスター)だけは、その浸食から守りたいというウォーターズの切実な防衛本能だ。
In the sky a bird was heard to cry
空では、一羽の鳥が啼く声が聞こえた。
Misty morning whisperings and gentle stirring sounds
霧深い朝のささやきと、優しく揺れ動く自然のざわめきが。
Belied the deathly silence that lay all around
辺り一面に横たわる、死のような静寂を偽り、覆い隠していた。
※「死のような静寂(deathly silence)」という不吉な表現が、この牧歌的な風景がすでに失われた「死後の世界」あるいは「過去の幻影」であることを残酷に示唆している。
[Chorus]
Hear the lark and harken to the barking of the dog fox
ヒバリの囀りを聞き、雄ギツネの吠え声に耳を澄ませ。
Gone to ground
彼らは土の中へと身を隠していく。
※自然界の営みであると同時に、社会の重圧から逃れ、地下(アンダーグラウンド)や自閉的なインナースペースへと潜り込んでいく若者たちの姿とも重なる。
See the splashing of the kingfisher
カワセミが水しぶきを上げるのを見てごらん。
Flashing to the water
水面に向かって、閃光のように飛び込んでいく様を。
And a river of green is sliding unseen
そして、緑色の川は人知れず滑るように流れていく。
※ケンブリッジを流れるケム川の描写。「川」は絶え間なく過ぎ去る「時間」の残酷なメタファーとして、後のピンク・フロイドの作品群でも反復される重要なモチーフである。
Beneath the trees
木々の下をくぐり抜けながら。
Laughing as it passes through the endless summer
終わらない夏の中を通り抜け、笑い声を上げながら。
※「終わらない夏」は、シド・バレットと共に過ごした永遠に続くと思われた無垢な青春時代。川(時間)はそれをあざ笑うかのように、無情に過ぎ去っていく。
Making for the sea
ただ海を目指して、流れていくのだ。
※海への到達は、自我の喪失や死(あるいは巨大なシステムへの飲み込み)を意味する。個人の無垢な記憶が、広大で冷酷な時間の海へと溶けて消えていく虚無感。
[Verse 2]
In the lazy water meadow I lay me down
気怠い水辺の牧場に、僕は身を横たえる。
All around me golden sun flakes settle on the ground
僕の周りでは、黄金色の太陽の欠片が地面に舞い降りてくる。
Basking in the sunshine of a bygone afternoon
過ぎ去りし日の午後の陽だまりの中で、日光浴をしながら。
※「bygone(過ぎ去りし日)」という言葉により、これが現在の出来事ではなく、追憶の中にしか存在しない光景であることが明言される。
Bringing sounds of yesterday into this city room
昨日の音色を、この都会の部屋へと持ち込んでいるのさ。
※曲の核心部。美しい自然の風景はすべて、孤独な「都会の部屋(city room)」でウォーターズが再生しているテープの音(あるいは脳内の記憶)に過ぎなかった。資本主義社会の中心であるロンドンでの疎外感と、故郷への癒えぬノスタルジーが残酷に対置されている。
[Chorus]
Hear the lark and harken to the barking of the dog fox
ヒバリの囀りを聞き、雄ギツネの吠え声に耳を澄ませ。
Gone to ground
彼らは土の中へと身を隠していく。
See the splashing of the kingfisher
カワセミが水しぶきを上げるのを見てごらん。
Flashing to the water
水面に向かって、閃光のように飛び込んでいく様を。
And a river of green is sliding unseen
そして、緑色の川は人知れず滑るように流れていく。
Beneath the trees
木々の下をくぐり抜けながら。
Laughing as it passes through the endless summer
終わらない夏の中を通り抜け、笑い声を上げながら。
Making for the sea
ただ海を目指して、流れていくのだ。
[Acoustic Guitar Solo]
birds tweeting and geese honking
(小鳥のさえずりと、ガチョウの鳴き声)
※ウォーターズのアコースティック・ギターによる素朴なソロ。技巧を凝らしたプログレッシブ・ロックの真逆をいくこのフォーク的なアプローチは、彼が抱える素顔の孤独と人間的な脆さを露呈させている。
[Verse 2]
In the lazy water meadow I lay me down
気怠い水辺の牧場に、僕は身を横たえる。
All around me golden sun flakes covering the ground
僕の周りでは、黄金色の太陽の欠片が地面を覆い尽くしている。
Basking in the sunshine of a bygone afternoon
過ぎ去りし日の午後の陽だまりの中で、日光浴をしながら。
Bringing sounds of yesterday into my city room
昨日の音色を、僕のこの都会の部屋へと持ち込んでいるのさ。
[Chorus]
Hear the lark and harken to the barking of the dog fox
ヒバリの囀りを聞き、雄ギツネの吠え声に耳を澄ませ。
Gone to ground
彼らは土の中へと身を隠していく。
See the splashing of the kingfisher
カワセミが水しぶきを上げるのを見てごらん。
Flashing to the water
水面に向かって、閃光のように飛び込んでいく様を。
And a river of green is sliding unseen
そして、緑色の川は人知れず滑るように流れていく。
Beneath the trees
木々の下をくぐり抜けながら。
Laughing as it passes through the endless summer
終わらない夏の中を通り抜け、笑い声を上げながら。
Making for the sea
ただ海を目指して、流れていくのだ。
[Outro]
birds tweeting
(小鳥のさえずり)
bee buzzing, loud footsteps, swatting sound
(ミツバチの羽音、ドスドスという大きな足音、そして虫を叩き潰す音)
※平和な白昼夢を無惨に打ち砕く衝撃的なエンディング。ドスドスと階段を駆け上がってくる何者か(現実社会の圧力)が、美しい追憶の象徴であったハエ(あるいはミツバチ)を丸めた新聞紙で暴力的に叩き潰す。この一撃こそが、無垢なヒッピー・カルチャーの終焉と、後の『アニマルズ(Animals)』や『ザ・ウォール(The Wall)』で爆発するウォーターズの冷酷な人間不信(社会への怒り)の明確な起点である。
