Artist: Pink Floyd
Album: Atom Heart Mother
Song Title: Fat Old Sun
概要
1970年発表のアルバム『原子心母(Atom Heart Mother)』に収録された、デヴィッド・ギルモア作詞・作曲・ボーカルによる牧歌的なバラードである。ロジャー・ウォーターズの「Grantchester Meadows」と同様に、彼らが少年時代を過ごした故郷ケンブリッジの美しい自然や、過ぎ去りし夏の日のノスタルジーがテーマとなっている。しかしウォーターズの冷徹な眼差しとは対照的に、ギルモアの視点はどこまでも温かく、叙情的だ。のどかなアコースティック・ギターの弾き語りから始まり、雄大な夕日のように燃え盛るエレクトリック・ギターのソロへと昇華していく展開は、ギルモアのメロディメーカーとしての才能とギタリストとしてのアイデンティティが見事に開花した瞬間を記録している。初期ピンク・フロイドの牧歌的サイケデリアを締めくくる重要な一曲である。
和訳
[Intro]
bells ringing
(教会の鐘の音)
※遠くから響く鐘の音が、聴く者を現代の喧騒から過ぎ去りし日の記憶の奥底へと優しく誘う。
[Verse 1]
When that fat old sun in the sky is falling
空に浮かぶ、あの太った古い太陽が沈みゆく時。
※「太った古い太陽」というユーモラスかつ温かみのある表現。威圧的な存在ではなく、長年見守ってくれた親しい存在としての自然を描写している。
Summer evening birds are calling
夏の夕暮れに、鳥たちが鳴き交わしている。
Summer Sunday and a year
夏の日の日曜日、そして巡りゆく一年。
※永遠に続くかのように思えた無垢な少年時代の時間の流れ。
The sound of music in my ears
僕の耳には、音楽の調べが響いている。
※シド・バレットと共に音楽に夢中になっていたケンブリッジ時代の純粋な記憶の暗喩ともとれる。
[Verse 2]
Distant bells
遠くで鳴る鐘の音。
New mown grass smells so sweet
刈り取られたばかりの草の香りが、とても甘く漂ってくる。
By the river holding hands
川辺で手を取り合いながら。
※ケンブリッジを流れるケム川の情景。若き日の純粋な恋や、友人たちとの牧歌的な繋がりを示唆している。
Roll me up and lay me down
僕を包み込み、そして横たわらせてくれ。
※自然の懐に抱かれる安堵感、あるいはドラッグによる穏やかな酩酊感(ジョイントを巻く=Roll up)のダブルミーニングとも解釈される。
[Chorus]
And if you see, don’t make a sound
もし何かを見つけても、音を立ててはいけないよ。
Pick your feet up off the ground
その両足を、地面からそっと浮かせるんだ。
※現実の重力から解放され、ノスタルジーという名の白昼夢へとフワリと浮かび上がっていくようなサイケデリックな浮遊感。
And if you hear as the warm night falls
そして、温かい夜の帳が下りる頃、君の耳に届くなら。
The silver sound from a tongue so strange
ひどく奇妙な言葉から紡ぎ出される、あの銀色の響きが。
※「奇妙な言葉(tongue so strange)」と「銀色の響き」は、天才的な言語感覚を持っていたシド・バレットの歌声や、彼が弾くギターの音色への追憶とも読み取れる。
Sing to me, sing to me
僕のために歌ってくれ、どうか歌ってくれ。
※失われた過去、あるいは失われた友人に向けた、静かで切実な祈りである。
[Verse 3]
When that fat old sun in the sky is falling
空に浮かぶ、あの太った古い太陽が沈みゆく時。
Summer evening birds are calling
夏の夕暮れに、鳥たちが鳴き交わしている。
Children’s laughter in my ears
僕の耳には、子供たちの笑い声が響いている。
※自らの無垢な少年時代が、音響(サウンドスケープ)として脳内で再生されている。
The last sunlight disappears
そして、最後の日差しが消え去っていく。
※美しい時代の終焉。日が沈み、狂気や現実という「夜」が訪れることへの避けられない摂理を受け入れている。
[Chorus]
And if you see, don’t make a sound
もし何かを見つけても、音を立ててはいけないよ。
Pick your feet up off the ground
その両足を、地面からそっと浮かせるんだ。
And if you hear as the warm night falls
そして、温かい夜の帳が下りる頃、君の耳に届くなら。
The silver sound from a tongue so strange
ひどく奇妙な言葉から紡ぎ出される、あの銀色の響きが。
Sing to me, sing to me
僕のために歌ってくれ、どうか歌ってくれ。
[Post-Chorus]
When that fat old sun in the sky is falling
空に浮かぶ、あの太った古い太陽が沈みゆく時。
[Guitar Solo]
※デヴィッド・ギルモアによるエモーショナルでブルージーなエレクトリック・ギターのソロ。穏やかな夕暮れから一転し、太陽が燃え尽きる直前の強烈な残光のように、抑えきれない情熱と郷愁を爆発させる。このギター・サウンドの確立こそが、ピンク・フロイドを世界的スタジアム・バンドへと押し上げる最大の原動力となっていく。
[Outro]
bells ringing
(教会の鐘の音)
※燃え盛るようなギター・ソロがフェードアウトし、再び静かな鐘の音だけが残る。白昼夢から醒め、過ぎ去った時間は二度と戻らないという美しくも残酷な真理を静かに提示して、楽曲は幕を閉じる。
