Artist: Nas
Album: I Am...
Song Title: N.Y. State of Mind Pt. II
概要
ヒップホップ史に燦然と輝く1stアルバム『Illmatic』(1994年)のハイライトであり、Nasの代名詞とも言えるクラシック「N.Y. State of Mind」。本作は、前作と同じくブーンバップの巨匠DJ Premierをプロデューサーに迎え、5年の歳月を経て制作された正統なる続編である。前作が10代のNasによるストリートの「実況中継」であったのに対し、本作は成長しスターダムに登り詰めたNasの視点から、ジュリアーニ市長体制下の苛烈なNYの現実や、親友たちが死や投獄、裏切りによって一人また一人と消えていく様を描く「哀悼と生き残りの手記」となっている。特に西海岸発祥のカラーギャング(Crips & Bloods)のNY流入など、90年代後半におけるストリートの変容を鋭く切り取っており、単なる名曲のセルフオマージュに留まらない、極めて文学的かつドキュメンタリー性の高い傑作である。
和訳
[Intro]
Uhh... yo (New York, New York...)
アー…ヨォ(ニューヨーク、ニューヨーク……)
What up? What up? (New York, New York...)
調子はどうだ?(ニューヨーク、ニューヨーク……)
It's time, man (Word? It's time?)
そろそろ時間だぜ(マジか? 時間か?)
Straight up (It's time, man)
間違いない(時間だぜ)
Aight, set that shit off (Set it off then, nigga)
よし、ぶちかまそうぜ(じゃあ、かませよ)
Set it off (Set if off)
ぶちかますぜ
[Verse 1]
Broken glass in the hallway, blood-stained floors
廊下には割れたガラス、床には血の染み
Neighbors look at every bag you bring through your doors
近所の連中は、俺がドアに持ち込む袋の中身をジロジロ見てきやがる
※クイーンズブリッジ団地における日常のパラノイアの描写。ドラッグの売買や犯罪が横行する過酷な環境では、住人同士が互いを監視し合い、隣人すら信用できない緊迫した状態にあることを示唆している。
Lock the top lock, Momma should've cuffed me to the radiator – why not?
上の鍵までしっかり閉める。お袋は俺をラジエーター(暖房器具)に手錠で繋いでおくべきだったんだ、だろ?
※「top lock」は治安の悪い地域特有の複数のドアロックのこと。「ラジエーターに繋ぐ」という過激なメタファーは、外の危険なストリートライフから息子を守るためには、物理的に家の中に監禁するしかなかったというゲットーの悲惨な現実を表している。
It might've saved me later from my block
そうしてりゃ、後になってこのブロック(フッド)から俺を救えたかもしれねえのにな
N.Y. cops, hookers crawlin' off the stroll
NYのサツども、通りから這い出てくる娼婦たち
Coughin', stitches in they head, stinkin' and I dread thinkin' they be snitchin'
咳き込み、頭には縫い傷、悪臭を放ってる。あいつらがサツにチクってんじゃねえかと考えるとゾッとするぜ
※劣悪な環境で生きる娼婦たちが、警察(N.Y. cops)に弱みを握られ情報屋(snitch)として使われているのではないかという、ストリート特有の深い猜疑心を描写している。
But who else could it be? Shook of D's
だが他に誰がいるってんだ?デカ(D's)にはビビっちまう
※「D's」はDetectives(刑事、私服警官)の略称。Mobb Deepのクラシック「Shook Ones」における「Shook(恐怖で震える)」というスラングと呼応している。
Unmarked vans, parked in the dark
暗闇に停まってる覆面バン
NARC's — where's your heart?
麻薬取締官(NARC)ども、お前らに心ってモンはねえのか?
Hustlers starve, they bust a U-ey, I jog
ハスラーたちは飢え、サツがUターン(U-ey)をかますと、俺は走り出す
To my building, come out later wearin' camouflage
自分の団地へ逃げ込み、後で迷彩服に着替えて出てくるのさ
※「camouflage(迷彩服)」は、ストリートという「戦場」におけるアーバン・サバイバルの象徴。前作Part Iの「I'm suited up in street clothes(ストリートの服を着込む)」からさらに戦争状態へとエスカレートしたNYの治安を反映している。
See the sergeant and the captain strangle men; niggas gaspin' for air
サツの巡査部長や警部が黒人を首絞めにしてるのを見るぜ。みんな息を求めて喘いでる
※NYPD(ニューヨーク市警)による黒人への過剰防衛や不当な暴力を告発するライン。1994年のアンソニー・バエズ絞殺事件など、当時のジュリアーニ市長とブラットン警察委員長による「ゼロ・トレランス方式」下で激増した警察の蛮行(ポリス・ブルータリティ)に対する痛烈な社会批判である。のちの「I Can't Breathe」運動(エリック・ガーナー事件やジョージ・フロイド事件)を予見したかのような鋭い視点だ。
'Til they move no more and just stare
ピクリとも動かなくなり、ただ見つめるようになるまでな
With dead eyes; tired of riots, shit is quiet
死んだ目でな。暴動にはウンザリだ、街は不気味に静まり返ってる
Simple-minded fools infiltrate grimey crews
頭の足りねえバカどもが、ヤバいクルーに潜り込んでくる
Overcrowded cribs, uncles home from bids, sisters pregnant
人で溢れかえった部屋、ムショから帰ってきた叔父貴たち、妊娠した姉妹たち
※貧困層の黒人家庭における典型的な現実。狭い公営住宅(プロジェクト)に多世代が密集し、投獄(bids)の連鎖や若年妊娠といったゲットーから抜け出せないシステムの構造的欠陥をたった1行で描き切っている。
Fathers on drugs, moms is smokin', beds is piss-infested
親父はドラッグ浸り、お袋も吸いまくり、ベッドは小便まみれだ
Had eight partners growin' up, eight turned to seven
子供の頃は8人の仲間がいたが、8人が7人になった
※ここからヒップホップ史上最も美しく悲痛な「カウントダウン」のストーリーテリングが始まる。ストリートで共に育った親友たちが、様々な要因で一人また一人と消えていく様を描写していく。
Seven turned to six niggas, got two in Heaven
7人が6人になった、2人は天国に行っちまった
※計算上、8人から6人になったため、減った2人はストリートの抗争などで命を落とした(got two in Heaven)ことを意味する。Nasの亡き親友Ill Willへの言及も含まれていると考察されている。
Six of us holdin' it, now it's five, rollin' thick
6人で結束してたが、今は5人だ、それでも大所帯でつるんでた
The sixth one's parole flipped, five niggas went to four quick
6人目の仲間は仮釈放が取り消され(ムショ戻り)、5人はあっという間に4人になった
※「parole flipped」は仮釈放の条件違反などにより刑務所に逆戻りすること。ゲットーにおける投獄の回転ドア(再犯率の高さ)を示している。
When he went O.T., college life, converted into gangbangin'
そいつがO.T.(州外)の大学に行ったら、ギャングバンギンに染まっちまってな
※「O.T.」はOut of Town(地元外、州外)の略。より良い人生を求めて大学へ進学したはずが、皮肉にもそこでギャング文化に感化され、元の仲間(4人)から離れてしまったことを指す。
Four niggas still hangin', years pass and slang changing
残った4人でつるんでたが、年月が経ち、スラングも変わっちまった
Three of us now, fourth nigga ain't around
今じゃ3人だ、4人目のダチはもう居ねえ
We all thought he was real, he did the snake shit
あいつはリアルな奴だと思ってたが、スネーク(裏切り)みたいな真似をしやがった
※仲間内での裏切り。警察への密告(スニッチ)や、金・ドラッグをめぐる裏切り行為を指す。「snake」はヒップホップにおいて最も忌み嫌われる「裏切り者」の代名詞。
Fake shit, beat his ass down
フェイクなクソ野郎だ、俺らでボコボコにしてやったよ
Yo, his mouth could've got us all wasted, what a fuckin' clown
なあ、あいつの口の軽さのせいで、俺ら全員パクられる(殺される)とこだったんだぜ、マジでクソみたいなピエロだ
All I've got left in the end is two of my best friends
結局最後に残ったのは、2人の大親友だけだ
And we all goin' out to the death for these ends!
そして俺たちは、この目的(金、生き残り)のために死ぬまでやり抜くんだ!
What?!
何だってんだ!
[Refrain: Repeats through the bridge]
New York, New York... ("New York State of Mind")
ニューヨーク、ニューヨーク……("ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド")
※DJ Premierの十八番であるボーカルスクラッチ。括弧内のフレーズはRakimの名曲「Mahogany」からのサンプリングであり、NYの重苦しくも力強い空気を完璧に表現している。
New York, New York... ("New York State of Mind")
ニューヨーク、ニューヨーク……("ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド")
[Interlude]
You heard about it! You see about it, you read about it!
お前らも聞いたことあるだろ!見たことや、読んだこともあるはずだ!
It's in your papers, it's in your daily news! ("Get money!")
新聞にも載ってるし、毎日のニュースでもやってるぜ!("金を稼げ!")
New York chronicles, every day
ニューヨークの記録(クロニクル)さ、毎日がな
The crime rate, the murder rate
犯罪率、殺人率
The money rate, the paper chase (Aight?!)
金のレート、札束を追うゲームだ(そうだろ?!)
You know what I mean?
俺の言ってること分かるか?
New York state of mind, baby (Oh, yeah!)
ニューヨーク精神状態ってやつさ、ベイビー(ああ、そうさ!)
Check it out (Yeah!)
聴いてくれ(イェー!)
[Verse 2]
I'm at the gamblin' spot, my hands on a knot
俺はギャンブル場にいる、手には札束の塊(ノット)を握りしめてな
※「knot」は丸めて輪ゴムで留めた分厚い札束(ドラッグマネーの上がりなど)を指すストリート・スラング。
New York Yankee cap cover my eyes, stand in one spot
ヤンキースのキャップを目深に被り、一箇所にジッと立ってる
I take a nigga dough, send him home to his shoe box
あいつの金を巻き上げ、靴箱へと送り返してやる
※「shoe box」はゲットーで現金を隠すためによく使われる場所(銀行口座を持たないハスラーの隠し金庫)。相手の全財産をギャンブルで剥ぎ取り、すっからかんにして家に帰すという強者の余裕の表れ。
"You lost that, nigga, I'll put your dollar in the jukebox"
「お前の負けだぜ、お前のその1ドルはジュークボックスに入れてやるよ」
Hear my favorite song, all these niggas sing along
俺のお気に入りの曲が流れて、周りの奴らもみんな歌い出す
All the cigarette smoke's cloggin' my lungs, hoodrats flashin' they tongue
タバコの煙が肺を詰まらせ、フッドラット(尻軽女)どもが舌を絡ませてくる
Young thugs blastin' they gun, we got reputations
若いサグどもが銃をブッ放す、俺たちには悪名ってもんがあるからな
Bitches and niggas, both on parole or probation
ビッチも野郎も、どいつもこいつも仮釈放か保護観察中だ
Shit is sick, niggas got gats, army fatigues
狂ってるぜ、奴らはハジキを持って、軍の迷彩服を着込んでやがる
I got my eyes glued on whoever walk in or leave
俺は入ってくる奴、出ていく奴の全員から目を離さねえ
※常に襲撃や強盗のターゲットになるリスクがあるため、周囲への極度の警戒(パラノイア)を解けない様子を描写している。Part Iの名ライン「I never sleep, 'cause sleep is the cousin of death(俺は眠らない、睡眠は死の従兄弟だからな)」の精神状態を色濃く継承している。
'Cause I ain't playin', niggas'll run up in here and shoot up this shit
遊びじゃねえんだ、連中がここへ乗り込んできて銃を乱射することだってあるからな
Stick your ass up, niggas'll find the loot in your kicks
手を挙げろと脅されりゃ、お前のスニーカーの中に隠した金(ルート)まで見つけ出されるぜ
Bunch of triple-cross niggas, just New York niggas
3重スパイ(裏切り者)みたいな奴らばかりさ、まさにNYの連中だ
※「double-cross(二重の裏切り)」をさらに上回る「triple-cross」。裏切りの裏切りが横行し、誰が誰の味方か全く分からないNYのアンダーグラウンドの冷酷さを表現している。
Lift you off your feet when they was just talkin' with you
さっきまで親しげに話してた奴が、いきなりお前を宙に浮かせる(撃ち殺す)んだ
Some of these dudes, the Feds be on 'em, you knew 'em for years
中には、連邦捜査局(Feds)にマークされてる何年来の知り合いだっている
Be the type, when you walk in a pub, they offer you beers
お前が酒場に入れば、気前よくビールを奢ってくれるようなタイプの奴らさ
That ain't gangsta, niggas is up North with tatted tears
そんなのギャングスタじゃねえ、本物のギャングは北部(刑務所)で涙のタトゥーを入れてる連中だ
※「up North」はNY北部にある重警備の刑務所(アッティカ刑務所やクリントン刑務所など)を指すスラング。「tatted tears(涙のタトゥー)」は、ギャング文化において「人を殺した数」や「長期間の服役」、あるいは「亡くした仲間の数」を意味する顔面のタトゥーのこと。いい顔をしてビールを奢ってくるような奴に限って裏では警察の犬(スニッチ)であるという強烈な皮肉。
Your name's on the affidavit — you ratted, kid
宣誓供述書にお前の名前が載ってやがる――チクったな、小僧
※「affidavit」は裁判で証拠となる宣誓供述書。法廷文書に名前が記載されたことで、その人物が警察に仲間を売り渡した裏切り者(rat)であることが確定した瞬間を描いている。
Faggot-ass niggas that be scared to do they bids
自分がムショに入る(刑期を務める)ことにビビってる、オカマ野郎どもめ
Fuck you! We run you outta N.Y., you can't live
クソ喰らえだ!俺らがお前をNYから追い出してやる、ここで生きていくことなんてできねえぞ
Got your quiet niggas that relocated down South
南部へ引っ越して大人しくしてる奴らもいれば
Comin' back to floss, then you got the jealous loudmouths
見せびらかすためにNYに戻ってくる奴もいる、そして嫉妬に狂った口の軽い連中もいる
All of a sudden, we got Crips and Bloods
気がつきゃ突然、CripsやBloodsまで入り込んできやがった
※ヒップホップの歴史的な転換点を示す極めて重要なライン。本来、CripsとBloodsはLA(西海岸)発祥の巨大カラーギャングであり、90年代前半までのNY(東海岸)には独自のクルーやマフィアは存在しても、この2大ギャングの概念はほとんどなかった。しかし90年代後半(1993年頃にライカーズ島刑務所で結成されたUnited Blood Nationなど)からNYにも西海岸式のギャング文化が急速に流入・拡大した。Nasは「ストリートのルールが変わってしまった」ことへの困惑と時代の変化を嘆いている。
D.T.'s runnin' 'round, quick to split your mug
デカ(D.T.)が走り回り、あっという間にお前の顔面をカチ割るぜ
※「D.T.」はDetective(刑事)。ジュリアーニ市長の「割れ窓理論(ブロークン・ウィンドウズ)」に基づく過剰な取り締まり強化により、警察の暴力がストリートに蔓延していた状況を指す。
It's easy to score, but it's hard to get the shit off
ブツを手に入れるのは簡単だが、それを売り捌くのは難しい
※ドラッグの仕入れ(score)は容易になったが、縄張り争いや警察の監視網の強化により、末端で安全に売り捌く(get the shit off)ことは困難になっているというハスラーのリアルな経済事情。
Niggas fightin' over hundred sales, jump in the car and drive off
たかだか100ドルの売り上げのために殺し合い、車に飛び乗って逃げ去るんだ
When the fiend come around the block, happy as hell
ジャンキーがこのブロックにやってくると、最高に幸せそうなツラをしてやがる
※「fiend」は重度の麻薬中毒者。彼らにとってはドラッグを買えるゲットーが「天国」だが、売る側の住人にとっては地獄(死と隣り合わせ)であるという皮肉なコントラスト。
Niggas mad 'cause they ain't get a piece of that sale
周りの連中は、その売り上げのおこぼれを貰えなくてブチギレてる
Cutthroat connivers, universal ghetto survivors
喉笛を掻き切るような陰謀家たち、普遍的なゲットーの生存者たちよ
※「Cutthroat connivers」は、生き残るためなら手段を選ばない無慈悲なハスラーたちを指す。これが世界中(universal)の貧困層に共通する「サバイバル術」であるとマクロな視点で総括している。
Go to any hood that's live and make it liver
活気のあるフッドに行き、さらにそこを熱狂させるんだ
A lot of niggas schemin' — some real, some niggas frontin'
大勢の奴らが企んでる――リアルな奴もいれば、虚勢を張ってる(フロンティン)奴もいる
But I'm a big dreamer, so watch me come up with somethin'
だが俺はビッグな夢を見る男(ビッグ・ドリーマー)だ、俺が何かデカいことを成し遂げるのを見とけよ
※徹底して悲観的で過酷な現実(パラノイア、裏切り、死、警察の暴力)を描写してきたトラックの最後を、「Big Dreamer」という希望に満ちた宣言で締めくくる。この鮮やかなコントラストこそがNasのリリシストとしての真骨頂であり、彼がゲットーの泥沼から言葉の力だけで這い上がり、ヒップホップの王座に君臨した理由を証明する完璧なパンチラインである。
[Outro]
New York, New York...
ニューヨーク、ニューヨーク……
New York, New York...
ニューヨーク、ニューヨーク……
