Artist: Pink Floyd
Album: The Wall
Song Title: Waiting for the Worms
概要
1979年の歴史的ロック・オペラ『ザ・ウォール(The Wall)』のクライマックスに位置する、主人公ピンクの狂気がファシズム的全体主義へと完全に変異した様を描く戦慄の楽曲である。外界から隔離された「壁」の内側(バンカー)で、ピンクは自らをナチスのような独裁者と思い込み、人種差別や暴力による「社会の浄化」を扇動する幻覚に囚われている。デヴィッド・ギルモアが歌う悲哀に満ちた内省的なメロディ(ピンクの僅かに残された理性)と、ロジャー・ウォーターズのメガホンを通した狂信的なアジテーションが交互に展開される構成が秀逸だ。ホロコーストを思わせる暗喩や、当時のイギリスに実在した極右政党への痛烈な批判が込められており、個人の過度な自己防衛がやがて他者への憎悪(ウジムシ)を育み、全体主義的な暴力へと直結していくというアルバム最大の社会的テーマが恐るべきスケールで音響化された傑作である。
和訳
[Intro: David Gilmour, Roger Waters]
"Eins, zwei, drei, alle!"
「アインス、ツヴァイ、ドライ、アレー!(一、二、三、全員で!)」
※ドイツ語のカウント。ナチス・ドイツの集会を想起させるファシズムのメタファーとして機能している。
Ooh-ooh, you cannot reach me now
オー、君たちはもう僕には届かない。
Ooh-ooh, no matter how you try
オー、どれだけ努力しようとも。
Goodbye, cruel world, it's over
さようなら、残酷な世界よ。すべては終わったんだ。
※第1部のラスト「Goodbye Cruel World」のメロディの反復。外界との完全なる断絶の再確認である。
Walk on by
ただ通り過ぎてくれ。
[Verse 1: David Gilmour & Roger Waters]
Sitting in a bunker here behind my wall
この壁の裏側、地下壕(バンカー)の中に座り込み。
※「バンカー」はアドルフ・ヒトラーが最期を迎えた地下壕を暗示しており、ピンクの独裁者的な妄想と破滅の予感を重ね合わせている。
Waiting for the worms to come (Worms to come)
僕はウジムシどもがやって来るのを待っている。(ウジムシどもを)
※「ウジムシ(worms)」は精神の腐敗、死、そして他者を排除しようとする憎悪や差別のイデオロギーそのものを象徴している。
In perfect isolation here behind my wall
この壁の裏側、完璧なる孤立の中で。
Waiting for the worms to come (Worms to come)
僕はウジムシどもがやって来るのを待っている。(ウジムシどもを)
[Bridge: Roger Waters]
Testing. One. Two. One. Two. The worms will convene at 1:15 outside Brixton Town Hall where we will be going in force!
テスト、ワン、ツー、ワン、ツー。ウジムシどもは1時15分、ブリクストン・タウンホールの外に結集し、そこから我々は武力を行使して進軍する!
※メガホンを通した独裁者のアジテーション。ブリクストンはロンドン南部の移民が多く住む地域であり、当時のイギリスで実際に起きていた人種暴動や極右団体(国民戦線など)の行進を痛烈に風刺している。
[Bridge: Roger Waters]
(Waiting) To cut out the deadwood
(待っている)枯れ木(役立たず)どもを切り捨てるのを。
※優生思想に基づく、社会的弱者や不要と見なされた人間の排除。
(Waiting) To clean up the city
(待っている)この街を浄化するのを。
(Waiting) To follow the worms
(待っている)ウジムシどもに従うのを。
(Waiting) To put on a black shirt
(待っている)黒シャツを身に纏うのを。
※「黒シャツ隊」はムッソリーニのファシスト党、あるいはオズワルド・モズリー率いるイギリスファシスト連合の象徴である。
(Waiting) To weed out the weaklings
(待っている)弱者どもを雑草のように引き抜くのを。
(Waiting) To smash in their windows and kick in their doors
(待っている)奴らの窓を粉砕し、ドアを蹴り破るのを。
※ナチス・ドイツにおける「水晶の夜(クリスタル・ナハト)」の暴動の再現。
(Waiting) For the final solution to strengthen the strain
(待っている)種の血統を強化するための、「最終的解決」を。
※「最終的解決(the final solution)」はナチスによるユダヤ人絶滅政策の公式名称。恐るべき歴史の狂気をそのまま引用している。
(Waiting) To follow the worms
(待っている)ウジムシどもに従うのを。
(Waiting) To turn on the showers and fire the ovens
(待っている)シャワーの栓をひねり、オーブン(焼却炉)に火を点けるのを。
※強制収容所における毒ガス室(シャワー室と偽装されていた)と死体焼却炉への直接的な描写。暴力のスケールが極限まで達している。
(Waiting) For the queers and the coons and the reds and the Jews
(待っている)同性愛者、黒ん坊、アカ(共産主義者)、そしてユダヤ人どもを。
(Waiting) To follow the worms
(待っている)ウジムシどもに従うのを。
[Verse 2: David Gilmour & Roger Waters]
Would you like to see Britannia rule again
君たちは、大英帝国が再び支配するのを見たいか?
※イギリスの愛国歌「ルール・ブリタニア」の歪んだ引用。ナショナリズムの煽動。
(Would you like to see us rule again?)
(我々が再び支配するのを見たいか?)
My friend?
なあ、我が友よ?
All you have to do is follow the worms
君たちがすべきことはただ一つ、ウジムシどもに従うことだ。
Would you like to send our coloured cousins home again
有色人種の「従兄弟」どもを、奴らの故郷へ送り返してやりたいか?
※当時の極右政党が掲げていた「移民の強制送還」という差別的なスローガンへの痛烈な皮肉。
(Would you like to send them home again?)
(奴らを故郷へ送り返してやりたいか?)
My friend?
なあ、我が友よ?
All you need to do is follow the worms
君たちが必要なのはただ一つ、ウジムシどもに従うことだ。
[Outro: Roger Waters]
The Worms will convene outside Brixton Bus Station, where we'll be moving along at about 12 o'clock down Stockwell Road
ウジムシどもはブリクストン・バスステーションの外に結集する。そこから我々は12時頃にストックウェル・ロードを下って進軍する。
At that point, we'll be heading towards Lambeth Road, where we will walk calmly with resistance, leaving twelve minutes to three as we move along Lambeth Road towards Vauxhall Bridge
その時点で、我々はランベス・ロードへ向かい、抵抗を交えながらも整然と行進し、3時12分前にはランベス・ロードに沿ってヴォクソール橋へと向かう。
Now when we get to the other side of Vauxhall Bridge, we're in Westminster Borough area. It's quite possible that we may encounter some Jew boys all the way from 4, 5, and 6 on the way as we go
ヴォクソール橋の反対側へ渡れば、ウェストミンスター区だ。進軍の途上、4番、5番、6番ストリート辺りから来たユダヤ人のガキどもと出くわす可能性が十分にある。
Now is the time to clean up the city, for this is the beginning! We need to secure our people! We can't stand around and let ourselves be robbed, maimed, and killed!
今こそ街を浄化する時だ、これは始まりに過ぎない! 我々の同胞を守らねばならない! 突っ立って、ただ略奪され、傷つけられ、殺されるのを待っているわけにはいかないのだ!
※自らが加害者であるにもかかわらず「被害者」として振る舞い、暴力の正当化を図る全体主義者特有の演説手法。
And when we make it to the Highclock Corner, I want you to spread out and find them!
そしてハイクロック・コーナーに到着したら、散開して奴らを見つけ出せ!
Storm the halls, and then tear the walls and the doors! Break down the doors and hunt them where they are!
会館を急襲し、壁やドアを引き裂け! ドアを打ち破り、奴らがどこにいようと狩り立てるのだ!
(Hammer! Hammer! Hammer! Hammer!)
(ハンマー! ハンマー! ハンマー! ハンマー!)
※親衛隊による熱狂的なシュプレヒコール。ピンクの心の闇が産み出した狂信的ファシズムが、完全にコントロール不可能なレベルに達する。
Stop!
ストップ!(やめろ!)
※楽曲の最後に唐突に響くピンク自身の叫び声。狂気と暴力の暴走の果てに、自我の深淵で微かに残っていた理性がパニックを起こし、自らが築き上げた幻覚のショーを突如として中断させる決定的な瞬間である。
