Artist: Pink Floyd
Album: The Wall
Song Title: Run Like Hell
概要
1979年発表のロック・オペラ『ザ・ウォール(The Wall)』の終盤に配置された、狂気と暴力が頂点に達するスリリングな楽曲である。前曲「In The Flesh」でファシストの独裁者へと変貌を遂げた主人公ピンクが、自身の熱狂的な信者(親衛隊)を街へ解き放ち、マイノリティや社会の規範から外れた者たちを狩り立てる恐怖を描いている。デヴィッド・ギルモアによるディレイを効かせた鋭利なギターのカッティングと、強迫観念を煽るような執拗なディスコ・ビートが、迫り来る暴徒から逃げ惑う人々のパニックを見事に音響化している。個人の疎外感が全体主義的な狂気へと肥大化していく様を冷徹に描いた、プログレッシブ・ロック史に残る戦慄のディストピア・ソングだ。
和訳
[Segue: Crowd Chanting]
Pink Floyd! Pink Floyd!
ピンク・フロイド! ピンク・フロイド!
Pink Floyd! Pink Floyd!
ピンク・フロイド! ピンク・フロイド!
Pink Floyd! Pink Floyd!
ピンク・フロイド! ピンク・フロイド!
※前曲からのシームレスな繋がり。観客の熱狂はもはや音楽への称賛ではなく、独裁者への盲目的な服従(ファシズムの狂気)へとすり替わっている。
[Chorus: David Gilmour & Roger Waters]
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
※ピンクの親衛隊に狩られる側(マイノリティや弱者)に対する、冷酷な警告。
[Verse 1: Roger Waters]
You better make your face up with your favourite disguise
お気に入りの変装(仮面)で、しっかり顔を隠しておいた方がいいぞ。
※「disguise(変装)」は社会の抑圧から身を守るための偽りのペルソナ。体制に順応しているふりをしなければ生き残れない恐怖社会の到来である。
With your button-down lips and your roller-blind eyes
唇にはボタンを掛け、両目にはブラインドを下ろしてな。
※言論の自由の剥奪(ボタンを掛けられた唇)と、現実からの逃避(ブラインドを下ろした目)。見て見ぬ振りをしなければ自らが狩られる側になるという、全体主義の暗黙のルール。
With your empty smile and your hungry heart
空虚な作り笑いを浮かべながら、その飢えた心を隠して。
Feel the bile rising from your guilty past
罪深き過去から込み上げてくる、苦い胆汁(吐き気)を感じるがいい。
※人間が抱える原罪意識や後ろめたさを刺激し、精神的に追い詰める独裁者の洗脳手法。
With your nerves in tatters as the cockleshell shatters
貝殻が砕け散るように、お前の神経はズタズタに引き裂かれ。
And the hammers batter down your door
そして「ハンマー」どもが、お前の家のドアを打ち壊しにやって来る。
※「ハンマー(歩くハンマー)」はピンクの狂信者たち(ファシスト集団)のシンボル。ナチスの突撃隊が深夜にユダヤ人のドアを叩き壊した「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」を彷彿とさせる、歴史的暴力の暗喩である。
You better run!
地獄の底まで逃げた方がいいぞ!
[Chorus: David Gilmour & Roger Waters]
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
Run, run, run, run
逃げろ、逃げろ、走って逃げろ。
[Verse 2: Roger Waters]
You better run all day and run all night
昼も夜も、ひたすら逃げ走り続けるんだ。
And keep your dirty feelings deep inside
お前のその薄汚い感情は、心の奥底に隠し通しておくんだな。
※個人の自由な感情や性的な欲求すらも「汚いもの」として弾圧される、極端なピューリタニズムと監視社会の恐怖。
And if you're taking your girlfriend out tonight
もし今夜、恋人を連れ出すつもりなら。
You better park the car well out of sight
誰の目にもつかない場所に、車を停めておくことだ。
‘Cause if they catch you in the back seat trying to pick her locks
なぜなら、もし後部座席で彼女の「鍵(貞操)」を開けようとしているところを奴らに見つかれば。
They're gonna send you back to Mother in a cardboard box
奴らはお前を段ボール箱(棺桶)に詰めて、母親の元へ送り返すだろうからな。
※若者の自由な恋愛や性的衝動に対する、致死的な私刑(リンチ)の予告。ピンク自身が抱えていた妻の不倫に対する屈折したトラウマが、社会的な暴力と制裁への欲望へとすり替わっている。
You better run!
とにかく逃げるんだな!
[Synth Solo]
※狂気を帯びたシンセサイザーの旋律。背後では迫り来る足音やパニックが音響化され、逃げ場のない絶望感を煽り立てる。
[Instrumental Outro]
※逃げ惑う人々の悲鳴、車のスキール音、警察犬の吠え声、そして狂ったような笑い声が交錯し、暴力の宴がピークに達したまま不気味にフェードアウトしていく。
