Artist: Radiohead
Album: Pablo Honey
Song Title: Lurgee
概要
1993年発表のデビューアルバム『Pablo Honey』に収録。タイトルの「Lurgee(またはLurgy)」は、1950年代のイギリスのコメディ番組『ザ・グーン・ショウ』に由来する架空の伝染病(子供がふざけて使う「エンガチョ」や「ばい菌」のようなもの)を指すスラングである。トム・ヨークはこれを、自己を蝕む有毒な人間関係(トキシック・リレーションシップ)や重い抑鬱状態のメタファーとして用いている。アルバムの中でも特異なほど静謐で美しいギターアルペジオが支配するこの楽曲は、当時の主流だったグランジ的な怒りから距離を置き、のちの『The Bends』や『OK Computer』へと繋がるRadiohead特有の空間的でメランコリックなサウンドスケープの萌芽を明確に感じさせる。反復される「良くなった」という言葉は、回復の宣言であると同時に、自己暗示をかけなければならないほどの深い傷が存在することを逆照射している。
和訳
[Verse 1]
I feel better
気分は良くなった。
※タイトルの「Lurgee(伝染病)」から回復したという宣言。しかし、同じ言葉を呪文のように反復する構成は、本当に癒えているのか、それとも必死に自己暗示をかけているだけなのかという疑念を聴き手に抱かせる。
I feel better now you've gone
君が去った今、気分はずっと良い。
※「君(You)」は特定の元恋人とも、あるいは自分を抑圧していたトラウマや鬱病(Black Dog)そのものの擬人化とも解釈できる。有害な依存対象からの物理的・精神的な離脱を示している。
I got better
僕は回復した。
I got better, I got strong
良くなったし、強くもなった。
※痛々しいほどのポジティブな言葉の羅列。初期Radioheadの楽曲群の中でこれほど肯定的な言葉が並ぶのは異例だが、その裏には、かつての自分がどれほど「病んで(Sick)」「弱かった(Weak)」かという暗黙の前提が存在している。
I feel better
気分は良くなった。
I feel better, now there's nothing wrong
気分は良い、今はもう何ひとつ間違っていない。
※「nothing wrong(何も間違っていない)」という極端な全肯定は、かえって認知の歪みや危うさを感じさせる。過去の悲劇や喪失の痛みを完全に否認(Denial)することでしか自己を保てない、防衛機制の表れである。
I got better
僕は回復した。
I got better, I got strong
良くなったし、強くもなった。
[Verse 2]
Tell me something
何か話してくれ。
Tell me something I don't know
僕の知らないことを、何か教えてくれ。
※「回復」を宣言し、他者を拒絶して自己完結したはずの語り手が、突如として外界とのつながりや新しい情報を渇望し始める。隔離された無菌室から外の世界を見つめるような、拭い去れない虚無感と孤独感が漂う。
Tell me one thing
ひとつだけ教えてくれ。
Tell me one thing and let it go
ひとつだけ教えて、そして手放してくれ。
※「let it go(手放す)」は、執着からの解放を意味する。相手との関わりを最小限(one thing)に留め、再び「Lurgee(伝染病=依存)」に感染することを恐れつつも、完全な孤独には耐えられないという矛盾した心理状態である。
I got something
僕は何かを手に入れた。
I got something, heaven knows
何かを手に入れたんだ、神のみぞ知るけれど。
※「heaven knows(神のみぞ知る/誰も知らない)」という慣用句を用いることで、自分が手に入れたはずの「回復」や「強さ」が、実は得体の知れない空虚なものであることを暗示している。
I got something
僕は何かを手に入れた。
I got something I don't know
僕自身にも分からない、何かを。
※かつての有毒な関係(You)を切り捨て、代わりに「健康」を手に入れたはずが、残ったのは正体不明の虚無感(something I don't know)だけであったという結末。Radioheadらしい、明確なカタルシスのないメランコリーへと回帰していく美しいエンディングである。
[Instrumental Outro]
