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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

Accordion - Madvillain 【和訳・解説】

Artist: Madvillain

Album: Madvillainy

Song Title: Accordion

概要

2004年にリリースされたアンダーグラウンド・ヒップホップの歴史的金字塔、MF DOOMとMadlibによるコラボアルバム『Madvillainy』の序盤を飾る名曲である。ビートはLAの鬼才プロデューサーであるDaedelusの楽曲「Experience」をサンプリングしており、哀愁漂うアコーディオンのループが不穏かつ美しい空気感を生み出している。このビートの上でMF DOOMは、老獪なヴィラン(悪役)としてのペルソナを存分に見せつける。複雑に絡み合う脚韻、アニメやポップカルチャーからの引用、そしてストリートの生々しい比喩をシームレスに織り交ぜる彼特有のリリシズムは、本作で一つの頂点に達している。「ヒップホップの常識」を嘲笑い、自らのペースで言葉を紡ぐDOOMの姿は、シーンにおける彼らの圧倒的な異端性とカリスマ性を決定づけた。アコーディオンという哀愁ある楽器を「自滅(play oneself)」のメタファーに落とし込む手腕は、ヒップホップ史上屈指のパンチラインとして語り継がれている。

和訳

[Verse: MF DOOM]

Living off borrowed time, the clock ticks faster
借り物の時間で生きている、時計の針はより速く進む
※死と隣り合わせの状況、あるいは人生そのものを「借り物の時間」と表現。DOOM自身の過去の悲劇(弟Subrocの死)や、ヴィランとしての達観した死生観を示唆している。

That'd be the hour they knock the slick blaster
そいつは奴らがこのイケてるブラスターを叩き落とす時間だ
※「slick blaster」はDOOM自身が持つマイク、あるいはラジカセ(Ghetto Blaster)を指す。彼をシーンから引きずり下ろそうとする者たちがやって来る瞬間を描写している。

Dick Dastardly and Muttley with sick laughter
ディック・ダスタードリーとマットリーの病的な笑い声
※ハンナ・バーベラのアニメ『チキチキマシン猛レース』に登場する悪役コンビ(ブラック魔王とケンケン)へのネームドロップ。DOOMとMadlibをこの象徴的なヴィランコンビに見立て、彼らの企みと不敵な笑いを表現している。

A gunfight and they come to cut the mixmaster
銃撃戦になり、奴らはミックスマスターを切り裂きに来る
※激しい競争社会であるヒップホップシーンを銃撃戦に例え、DJ(Madlib)のミキサーや音楽そのものを止めようとする敵対者の存在を暗示している。

I-C-E cold, nice to be old
氷のように冷酷だ、年を取るのも悪くない
※「ICE」はIce-TやIce Cubeといったベテランへのオマージュでありつつ、ヴィランとしての冷酷無比な態度を示す。若さばかりがもてはやされるシーンにおいて、ベテラン(オールドスクール)であることの余裕と凄みを誇示している。

Y2G stee twice to threefold
Y2Gのスタイル、2倍から3倍に膨れ上がる
※「Y2G」はY2K(2000年問題)をもじった「Year 2000 Gangsta/God」のスラング。その影響力やスキルが圧倒的に倍増していることを示している。

He sold scrolls, lo and behold
奴は巻物を売り捌いた、驚くべきことにな
※「scrolls」は古代の知恵が記された巻物であり、ここではDOOMの書く高度なリリックノート(rhymebook)を神聖な教典に見立てている。

Know who's the illest ever like the greatest story told
史上最高の物語のように、誰が史上最高にヤバいか分かっているはずだ
※「the greatest story told」は聖書(キリストの生涯)を指す慣用句。自らのヒップホップにおける存在を神話レベルにまで引き上げている。

Keep your glory, gold and glitter
栄光も、金も、輝きも、お前らが持っておけ
※メインストリームのラッパーたちが固執する物質主義(Bling-Bling文化)に対する強烈な拒絶。ヴィランであるDOOMはそうした表面的なものに興味がない。

For half, half of his niggas'll take him out the picture
その半分の額で、奴の仲間の半分が奴を消し去るだろう
※金に群がる偽物の関係性を皮肉っている。ラッパーが自慢する富の「半分」でも積めば、彼らの取り巻きは簡単に裏切り、殺しにくるというストリートの冷酷な現実。

The other half is rich and it don't mean shit-ta
残りの半分は金持ちだが、そんなものは無意味だ
※金があっても本質的な価値やスキルが伴わなければ意味がないという、シーンへの痛烈な批判。

Villain: a mixture between both with a twist of liquor
ヴィラン、それは両者の混合物に酒を一捻り加えたものだ
※DOOM自身(ヴィラン)の構成要素。ストリートの冷酷さと、富の無意味さを理解した俯瞰的な視点に、酒の酔い(狂気やインスピレーション)を混ぜ合わせた存在であると定義している。

Chase it with more beer, taste it like truth or dare
さらにビールで流し込み、真実か挑戦かのように味わう
※「Truth or Dare(真実か挑戦か)」という若者のゲームを比喩に使い、アルコールと共に彼のリリック(真実)やスタンス(挑戦)をリスナーに呑み込ませている。

When he have the mic, it's like the place get like, "Aw, yeah!"
奴がマイクを握ると、現場は「おぉ、最高だ!」って空気になる
※ヴィランでありながら、そのスキルゆえにクラウドを熱狂させてしまうというアンチヒーロー特有のカリスマ性。

It's like they know what's 'bout to happen
何が起こるか、皆分かっているかのようだ
※DOOMがマイクを握れば確実にクラシックが生まれるという、圧倒的なプロップス(信頼)の証明。

Just keep ya eye out like, "Aye, aye, captain"
しっかり目を開いて見張ってな、「アイ、アイ、キャプテン」ってな具合に
※「eye out」と「Aye, aye(アイ・アイ)」の音韻遊び。キャプテンに対する水兵のような服従と注目をリスナーに要求している。

Is he still a fly guy clapping if nobody ain't hear it?
誰も聞いていなくても、奴は銃を撃ち鳴らすイケてる男のままか?
※「森で木が倒れた時、誰も聞いていなければ音はしたと言えるか?」という有名な哲学の命題(ジョージ・バークリーの観念論)をヒップホップの文脈に落とし込んだパンチライン。「clapping」は銃を撃つ音であり、アンダーグラウンドでメインストリームの誰も聴いていなくても、彼のスキルと凄みは実在するのかという自己言及的な問い。

And can they testify from in the spirit? (Nah)
霊体の状態から証言なんかできるのか?(いや、無理だ)
※DOOMの「clapping(銃撃=パンチライン)」を食らって死んだ(圧倒された)ワックMCたちは、あの世から彼の凄さを証言することはできないというブラックジョーク。

In living, the true gods
生きながらにして、真の神々だ
※Five Percent Nation(5% Nation)の教義において黒人男性を「神(God)」と呼ぶ文化を踏襲しつつ、現行のシーンで生きている自分たちこそが真の神であると宣言している。

Giving y'all nothing but the lick like two broads
お前らには舐め回すことしか与えない、二人の女みたいにな
※「lick」は音楽のフレーズ(ギターリフやブレイク)を指す音楽用語であり、同時にレズビアンの性行為のダブルミーニング。最高のリフ(ビート)を提供するというMadlibとDOOMの音楽性を下ネタで包んでいる。

Got more lyrics than the church got "Ooh, Lords"
教会で「おお、主よ」と叫ばれる数よりも、多くのリリックを持っている
※黒人教会の礼拝で熱狂的に連呼されるフレーズを引き合いに出し、自らのリリックのストックが無限にあることを誇張するユーモラスなライン。

And he hold the mic and your attention like two swords
奴はマイクとお前らの注意を惹きつける、二本の剣のようにな
※二刀流の剣士のように、物理的なマイクとリスナーの精神(アテンション)の両方を完全に掌握している状態。

(Either that) Or either one with two blades on it
(あるいは)両刃の剣を一本持っているかのようにな
※前行の「二本の剣」を訂正し、「両刃の剣」とするメタ的な自己修正。彼のリリックが敵を切り裂く一方で、リスナーをも深くえぐる(あるいは自分自身も傷つく)危険性を孕んでいることを示唆する。

Hey you, don't touch the mic like it's AIDS on it (Yuck)
おいお前、そのマイクにエイズ菌でも付いてるかのように触るな(オエッ)
※当時のワックMCたちがマイクを恐る恐る扱う(スキルがない)様子を痛烈にディスっている。同時に、彼らにとってDOOMのレベルに触れることは致命的(致死率が高い)であるという脅しでもある。

It's like the end to the means
それは目的のための手段の終わりみたいだ
※「The end justifies the means(嘘も方便/目的は手段を正当化する)」という格言の捩り。ヒップホップにおける「手段(スキル)」そのものが「目的」化してしまっている現状への嘆き、あるいはDOOMのラップがすべての終焉をもたらすことを意味する。

Fuck type of message that sends to the fiends?
中毒者たちにどんなふざけたメッセージを送っているんだ?
※「fiends」は薬物中毒者、転じて熱狂的なヒップホップファンのこと。中身のないラップばかりのシーンが、リスナーに対してどれほど悪影響を与えているかを批判している。

That's why he bring his own needles
だから奴は自分専用の針を持ち込むのさ
※ヒップホップ史に残る屈指のトリプルミーニング。①ドラッグ中毒者(fiends)が感染症予防のために自分の注射針(needles)を持参するストリートの現実、②DJ(Madlib)がクラブの機材に頼らず自前のレコード針を持参するプロ意識、③DOOMが他人のビートやスタイルに依存せず、自分の鋭い言葉(針)を突き刺すこと、これらを完璧に重ね合わせている。

And get more cheese than Doritos, Cheetos or Fritos
そしてドリトス、チートス、フリートスよりも多くのチーズを手に入れる
※「cheese」はスラングで金を意味する。「〜tos」で終わる3つの有名なチーズ味のスナック菓子を並べて脚韻を踏む、DOOM特有のユーモラスで遊び心に溢れたワードプレイ。

Slip like Freudian
フロイトの失言のように滑り落ちる
※「Freudian slip」とは、精神分析学者フロイトが提唱した「無意識の本音がつい口から出てしまう失言」のこと。ラッパーたちが無意識のうちにボロを出す様子や、DOOMのラップがリスナーの潜在意識に滑り込む様子を表現している。

Your first and last step to playing yourself like accordion
お前がアコーディオンのように自らを奏でるための、最初で最後のステップだ
※アルバムの象徴的なタイトル回収。「play yourself」には「楽器を演奏する」と「墓穴を掘る(自滅する/バカを見る)」という強烈なダブルミーニングがある。Daedelusのサンプリングによるアコーディオンのビートに乗せ、「お前らは自らアコーディオンを弾くように、自分自身で墓穴を掘って自滅しているだけだ」という、相手のスキル不足を残酷なまでに冷笑する究極のパンチラインである。

[Outro: MF DOOM]

When he at the mic, you don't go next
奴がマイクの前にいる時、お前が次に出る幕はない
※DOOMの圧倒的なパフォーマンスの後は、どんなラッパーも霞んでしまうためマイクを握ることは不可能であるという宣言。

Leaving pussy cats like why hoes need Kotex
ビッチたちがなぜコーテックスを必要とするのかってくらい、臆病者たちを血祭りに上げる
※「pussy cats」は臆病なラッパーたち。「Kotex」は有名な生理用品のブランド。ワックMCたちを血まみれ(完膚なきまでに打ちのめす)にするため、彼らには生理用品が必要だという過激でストリートライクなメタファー。

Exercise index, won't need BowFlex
人差し指を鍛えろ、ボウフレックスなんて必要ねえ
※「BowFlex」は家庭用の筋トレ器具。ラッパーやプロデューサーにとって必要な筋肉は体を鍛える器具ではなく、サンプラーのパッドを叩く、あるいは銃の引き金(言葉の弾丸)を引くための「人差し指(index finger)」の筋肉だけだという、クリエイターとしての矜持。

And won't take the one with no skinny legs like Joe Tex
ジョー・テックスが歌ったように、スキニーレッグなんて相手にしねえよ
※ソウルシンガーのJoe Texが1967年にリリースしたヒット曲「Skinny Legs and All」からのサンプリング引用。「細い脚の女はいらない」という曲のテーマを引いて、中身のない薄っぺらなラッパーや音楽には見向きもしないというヴィランの美学で曲を締めくくっている。