Artist: Madvillain
Album: Madvillainy
Song Title: The Illest Villains
概要
2004年にリリースされたアンダーグラウンド・ヒップホップ史に残る金字塔、MF DOOMとMadlibによるコラボアルバム『Madvillainy』のオープニングを飾るトラックである。全編が1930〜40年代の古いラジオドラマ、B級ホラー映画、そしてポップカルチャーにおける悪役(ヴィラン)の歴史を語るドキュメンタリー音源のサンプリングのみで構成されている。DOOMのアイデンティティである「鉄仮面を被った悲しき悪党」というペルソナと、Madlibの天才的かつ狂気的なサンプリング・センスが融合する過程を、まるで映画の予告編のように演出している。当時のメインストリームで主流だった煌びやかなヒップホップに対する強烈なアンチテーゼとして、彼らは自らを「シーンのダークサイド」と位置づけた。このイントロは単なるスキットではなく、二人の異端児がいかにしてアンチヒーローとしてシーンの頂点に君臨するかを宣言する、極めて重要なマニフェストである。
和訳
[Skit: Samples]
"As luck would have it, one of America's two most powerful villains of the next decade— has turned loose to strike terror into the hearts of men"
運命のいたずらか、これからの10年におけるアメリカで最も強大な力を持つ二人の悪党のうちの一人が、人々の心に恐怖を打ち込むために解き放たれた。
※「二人の悪党」とは当然MF DOOMとMadlibを指す。古いドキュメンタリーのナレーションを巧妙にエディットし、これから始まる伝説的なアルバム、そしてMadvillainというユニットの誕生を高らかに宣言している。
*Grunting*
"...To shock women into uncontrolled hysteria"
…そして女たちにショックを与え、抑えきれないヒステリー状態へと陥れるために。
※ホラー映画のトレイラーやパルプ・フィクションの決まり文句からの引用。彼らの異次元の音楽が、既存のヒップホップシーンやリスナーの耳に与える「衝撃」を暗示している。
*Woman shrieking*
"Don't touch that!"
それに触るな!
※DJやサンプラーの機材、あるいはDOOMの神聖な鉄仮面への言及とも取れるダブルミーニング。リスナーに対する「これから始まる危険な代物に安易に触れるな」という警告として機能している。
"The villains themselves were ultimately responsible for much of the popularity, audiences loved to hate
悪役そのものが、最終的にはその人気の大部分を担っていた。観客は彼らを憎むことを愛していたのだ。
※「完璧なヒーローよりも、欠落を抱えた悪役の方が魅力的である」というポップカルチャーの真理を突いたフレーズ。ヒップホップシーンにおける究極の「アンチヒーロー」としてのDOOMの立ち位置を完璧に代弁している。
The importance of the villain was not overlooked, of course one of the worst of all was Madvillain
悪役の重要性が見過ごされることはなかった。もちろん、その中でも最悪の一人がマッドヴィランだった。
※元の音源にあった特定のヴィランの名前をカットし、スクラッチと編集によって「Madvillain」という名前に置き換えている。Madlibのサンプリング・マジックと自己言及的なユーモアが光る瞬間である。
They had no code of ethics"
彼らに倫理観など存在しなかった。
※メインストリームの商業的なヒップホップのルールやトレンドを一切無視し、サンプリングのクリアランスすら気にせず自分たちの美学だけを貫く無法者としての姿勢のメタファー。
"What's the matter? I was only tryin' to have fun—"
どうしたんだ?俺はただ楽しもうとしていただけなのに。
※極悪なヴィランでありながらも、根底ではビートメイクとライミングを子供のように純粋に楽しんでいるDOOMとMadlibの飄々としたキャラクター性を表している。
"Get to work on these boys, anybody bring a gun for me?"
こいつらを片付けろ、誰か俺に銃を持ってきてないか?
※ギャング映画のワンシーンを思わせるカット。ヒップホップにおいて「銃」はしばしばマイクや強烈なパンチラインの比喩として用いられる。
"Yeah, here's one"
ああ、これを使え。
※MadlibがDOOMにビート(銃)を手渡す、あるいはDOOMがマイクを握る瞬間を想起させる劇的な掛け合い。
"Not one, but two!"— typical villain releases included...
一つじゃない、二つだ!典型的な悪党の作品に含まれていたのは…
※「二つ」という言葉で再びDOOMとMadlibのタッグであることを強調。「releases(解放/放つこと)」という単語が、レコードの「リリース」と掛かっている。
—"I know they wanna kiss me, but don't let anyone see me like that, please, doctor, help me!"—
彼らが私にキスしたがっているのは分かっているわ、でもこんな姿を誰にも見せないで、お願い、先生、助けて!
※カルト的なB級SFホラー映画からのサンプリングと推測される。顔に深い傷を負い、それを鉄仮面で隠すことになったDr. Doom(MF DOOMのインスピレーション源)の悲劇的なオリジンストーリーと見事にリンクする狂気の悲鳴である。
"And a sequel"
そして続編へと続く。
※後にヒップホップファンが長年待ち望み、そしてついに幻となった『Madvillainy 2』の存在を、まるで予言していたかのような今となっては非常に意味深なフレーズ。
"Master of all—"
すべてを支配するマスター…
※MPC(サンプラー)のマスターであるMadlib、そして言葉のマスターであるDOOMへの賛辞。
*Woman screaming*
"Both the villains were to meet in—"
その二人の悪党が対面することになる場所は…
※東海岸アンダーグラウンドの覇者(DOOM)と西海岸のビートメイカー(Madlib)が交差し、歴史的なコラボレーションが幕を開けることを示唆している。
"Your mother was the lightning!"
お前の母親は稲妻だったんだ!
※1931年の古典映画『フランケンシュタイン』に連なる怪物映画の文脈からの引用。常軌を逸した狂気の天才によって生み出されたモンスター(=Madvillainというプロジェクト)の劇的な誕生を表現している。
"Two historical figures, outlaws and desperadoes if that, the villainous pair of really nice boys who just happened to be on the wrong side of the law, three hundred and sixty degrees. In similar sequences, could not be defeated. Villains who possess supernatural abilities— villains who were the personification of carnage"
二人の歴史的人物は、アウトローであり、ならず者でもあった。たまたま法の網をくぐり抜けた、法とは真逆の側にいる悪党コンビ。360度、どの角度から見ても、同様の状況において彼らを打ち負かすことは不可能だった。超自然的な能力を持つ悪党たち…まさに大虐殺を具現化したかのような悪党たちであった。
※アルバムの核心となるパンチラインの連打。「法の網をくぐり抜けた」は著作権を意に介さずサンプリングを繰り返すビートメイカーの業を表す。「three hundred and sixty degrees(360度)」は、全方位に死角がなく、いかなるビートやフロウにも対応できる完璧なスキルを持つことの証明。「personification of carnage(大虐殺の具現化)」は、彼らがシーンのワックMCたちをトラック上で「虐殺」する圧倒的かつ暴力的な存在であることを意味している。
"Madvillain, more accurately, the dark side of our beings"
マッドヴィラン、より正確に言えば、我々の心の奥底にあるダークサイドである。
※ヒップホップが常に内包するストリートの暴力性や人間の暗部から目を背けず、それを最高純度のアートとして昇華させたのがこのユニットであると総括している。
"Perhaps it is due to this seminal connection that audiences can relate their experience in life with the villains and their dastardly doings"
おそらく、観客が自らの人生経験を悪党たちや彼らの卑劣な行いと重ね合わせることができるのは、この根源的なつながりがあるからだろう。
※なぜ我々はクリーンで完璧なヒーローではなく、傷つき、歪み、社会から逸脱した悪党(DOOM)の言葉に深く惹かれるのか。それは誰もが心の奥底に暗闇と矛盾を抱えているからだ、というアルバム全体の哲学を見事に締めくくる完璧なイントロダクションである。
