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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

Figaro - Madvillain 【和訳・解説】

Artist: Madvillain

Album: Madvillainy

Song Title: Figaro

概要

2004年にリリースされたアンダーグラウンド・ヒップホップの最高峰『Madvillainy』に収録された、MF DOOMのリリシズムとライミング・スキルが極限まで発揮された名曲である。タイトルの「Figaro(フィガロ)」はオペラ『セビリアの理髪師』などに登場する神出鬼没なキャラクターから取られており、トラックの後半で「Figaro, Figaro」と口ずさむ一幕がある。プロデューサーのMadlibは、Dr. Lonnie Smithの「In the Beginning」からアコースティックギターとハンドクラップのループをサンプリングし、泥臭くもジャジーなビートを構築した。このビートの上で、DOOMは息継ぎの隙間すら与えないほどの凄まじい密度で多重脚韻(マルチライム)と内部韻(インターナルライム)を連打する。メインストリームのBling-Bling(物質主義)を冷笑し、スタートレックから子供の遊び歌、R&Bシンガーの権利問題までを自由自在に引用するその姿は、まさに「チェーンをつけない最高のMC(オタク)」であり、ヒップホップ・ヘッズがDOOMを神格化する決定的な理由がこの1曲に詰まっている。

和訳

[Verse: MF DOOM]

The rest is empty with no brain, but the clever nerd
他の奴らは脳みそが空っぽだが、この賢いオタクは別だ
※「clever nerd(賢いオタク)」はDOOM自身のこと。ギャングスタを気取るだけのラッパーたちを「脳がない」と切り捨て、自らの知性を誇示している。

The best MC with no chain ya ever heard
お前がこれまで聴いた中で最高の、チェーンを付けていないMCさ
※ヒップホップの象徴である極太のゴールドチェーン(Bling-Bling)を身につけないことを誇りにしている。外見の装飾ではなく、純粋なラップのスキルとリリックの深さだけで頂点に立つというアンダーグラウンドの王としての矜持。

Take it from the TEC-9 holder
TEC-9の持ち主から言わせてもらえば
※「TEC-9」はストリートでよく使われる安価なサブマシンガン。オタク(nerd)でありながら、武装した危険なヴィラン(悪党)でもあるという二面性。

They've bit, but don't know they neck shine from Shinola
奴らは俺のスタイルをパクったが、自分の首回りの輝きがシャイノラだとは気付いていない
※「bit」は他人のスタイルを盗む(バイトする)こと。「Shinola」は靴墨のブランド。「know shit from Shinola(クソと靴墨の違いも分からない=何も分かっていない)」という慣用句と、偽物のチェーンのメッキの輝きを掛けている痛烈なディス。

Everything that glitter ain't fishscale
光るものすべてがフィッシュスケールとは限らない
※「All that glitters is not gold(光るものすべてが金とは限らない)」ということわざの捩り。「fishscale」は魚の鱗のようにきらきらと光る純度の高いコカインの隠語。

Lemme think, don't let her faint get Ishmael
考えさせてくれ、彼女を気絶させるな、イシュマエルを呼べ
※メルヴィルの小説『白鯨』の語り手「イシュマエル」へのネームドロップ。あるいは旧約聖書の人物。ドラッグの過剰摂取などで女性が倒れそうになっている緊迫したストリートの情景と推測される。

A shot of Jack got her back it's not a act stack
ジャックのショットで彼女は持ち直した、こいつは演技じゃないぜ
※「Jack」はジャックダニエル(ウイスキー)。

Forgot about the cackalack, holla back; clack-clack, blocka
キャカラックのことは忘れた、連絡しろ。カチャカチャ、ドカン
※「cackalack」はノースカロライナ州のスラング(FCackalacky)、あるいは銃の隠語。「ack」の音で連続して韻を踏み、最後に銃の装填音(clack-clack)と発砲音(blocka)で締める聴覚的快感。

Villainy, feel him in ya heart chakra, chart-toppa
ヴィラニー、奴をハートチャクラで感じろ、チャートのトップだ
※『Madvillainy』のアルバムタイトルから。ヨガや精神世界の「チャクラ」というスピリチュアルな言葉と、商業的な「チャートトップ」を並べるシュールさ。

Start-shit stoppa, be a smart shoppa
揉め事を止める奴、賢い買い物客になれ
※「chakra, toppa, stoppa, shoppa」という怒涛の脚韻。

Shot-a-Cop day around the way 'bout to stay
近所の「警官を撃つ日」は、このまま定着しそうだ
※ゲットーにおける警察と住民の激しい対立をブラックジョークとして描いている。

But who'd a know there's two mo' that wonder where the shooter go
だが、撃った奴がどこへ行ったか探してる警官がもう2人いるなんて、誰が知ってただろうな

'Bout to jet, get him, not a bet, dead 'em
逃げるところだ、奴を捕まえろ、賭けじゃない、殺せ
※「jet」はその場から急いで立ち去ること。

Let 'em spit the venom said 'em got a lot of shit with 'em
奴らに毒を吐かせておけ、奴らは色々持ち歩いてると言ってただろ

Let the rhythm hit 'em, it's stronger in the other voice
リズムにぶち当てろ、他の声でやった方が強力だ
※Eric B. & Rakimのヒップホップ・クラシック「Let the Rhythm Hit 'Em」の引用。「他の声(the other voice)」はDOOMの別名義(Viktor Vaughnなど)や、Madlibの別名義(Quasimoto)へのメタ的な言及。

We makes the joints that make 'em spread 'em butta moist
俺たちは、女たちが脚を開いてバターのように濡れるような曲を作るんだ
※Madvillainのビートとライムが、女性を性的にも魅了してしまうという過激なボースト。

Man, please, the stage is made of panties
頼むぜ、ステージはパンティーでできてるんだ
※ライブ中に女性ファンから下着が投げ込まれ、ステージがパンティーで埋め尽くされているというロックスターのような妄想。

From the age of baby hoochies on to the grannies
若いビッチから、お婆ちゃん世代までな
※「hoochies」は尻軽な女性。DOOMのファン層が異常に幅広い(ゆりかごから墓場まで)ことを誇張している。

Ban me the dough rake, daddy
金をかき集めるのを禁止してみろよ、ダディ
※「dough rake」は熊手で札束(dough)をかき集めること。俺が稼ぐのを止められるものなら止めてみろという挑発。

The flow make her fatty shake, patty cake, patty cake
このフロウが彼女のデカいケツを揺らす、パティ・ケイク、パティ・ケイク
※「fatty」は大きなお尻。「patty cake」は英語圏の有名な子供の手遊び歌(アルプス一万尺のようなもの)。エロティックな情景と童謡をミックスする不気味な言葉遊び。

For fake, if he was Anita Baker's man
マジな話、もし奴がアニタ・ベイカーの旦那だったとしたら
※ここからDOOMの冷酷なヴィランっぷりを示すパンチライン。Anita Bakerは80〜90年代に活躍した著名なR&Bシンガーで、長年レーベルと自身のマスター音源(原盤権)を巡って争っていたことで知られる。

He'd take her for her masters, hit it once an' shake her hand
奴は彼女のマスター音源を奪い取って、一発ヤッてから握手して別れるだろうよ
※もし自分が彼女の夫なら、愛ではなく彼女の持つ巨額のマスター音源の権利を奪うために結婚し、セックスを一度だけしてビジネスライクに握手をして去っていくという、徹底した悪党のシナリオ。

On some ol' thank ya ma'am an' ghost her
「ありがとう、お嬢さん」ってな具合で姿を消すのさ
※「ghost」は突然連絡を絶って消える(ゴースティングする)こと。

She could mind the toaster if she sign the poster
ポスターにサインしてくれるなら、トースターの番くらいは任せてもいいぜ
※「toaster」は銃を意味するスラング。俺のファンとしてポスターにサインするくらい従順なら、隠し持っている銃の番(あるいは愛人としての役割)をさせてやってもいい。

A whole host of roller coaster riders
ジェットコースターに乗る奴らが大勢いる
※「roller coaster riders」は、ヒップホップの流行の波に乗ったり降りたりするだけの、芯のないラッパーやリスナーたちを指す。

Not enough tracks (Is it?), hot enough black (For ya)
トラックが足りない(そうだろ?)、十分にホットだぜブラザー(お前にとってな)

It's too hot to handle, you got blue sandals
扱いには熱すぎる、お前は青いサンダルを履いてる
※青いサンダル(blue sandals)はストリートには不釣り合いなマヌケな格好の象徴。ハードコアな現場にはお前は場違いだというディス。

Who shot ya? Ooh, got you new spots to vandal?
誰がお前を撃った?おぉ、新しいヴァンダリズムの場所を見つけたのか?
※The Notorious B.I.G.の名曲「Who Shot Ya?」へのネームドロップ。「vandal」はグラフィティなどで公共物を破壊・汚損すること。

Do not stand still, boast yo' skills
立ち止まるな、お前のスキルを見せつけろ

Close but no krills, toast for po' nils, post no bills
惜しいがクリルは無い、貧しい無名奴らに乾杯、ビラ貼り禁止
※「krills」はクラック・コカインの隠語。「po' nils」は貧しい(poor)何者でもない(nil)奴ら。「post no bills」は街の壁によく書かれている「張り紙禁止」の警告。これらを繋げて「ills, krills, nils, bills」と完璧な韻を踏んでいる。

Coast to coast Joe Shmoe's flows ill, go chill
コースト・トゥ・コースト、平凡な奴のフロウは病んでる、冷やしとけ
※「Joe Shmoe」は「名無しの権兵衛」や「どこにでもいる平凡な男」を意味する慣用句。全米中(Coast to coast)にいる量産型のラッパーたちのフロウは聴くに堪えないため、頭を冷やせと言っている。

Not supposed to overdose No-Doz pills
No-Dozの錠剤をオーバードーズするべきじゃないぜ
※「No-Doz」はアメリカで市販されているカフェインの眠気覚まし薬。平凡なラッパーが無理をして徹夜でリリックを書こうとしている様を皮肉っている。

Off pride tykes talk wide through scar meat
プライドだけのガキどもが、傷だらけの肉から大口を叩く
※「scar meat」は傷跡のある肉、つまりストリートの喧嘩で切られた唇や顔のこと。

Off sides like how Worf rides with Starfleet
スタートレックのウォーフが宇宙艦隊に乗るくらいオフサイドだぜ
※ヒップホップ史上最高レベルのナード(オタク)なパンチライン。「Worf(ウォーフ)」はSFドラマ『スタートレック』に登場する、好戦的なクリンゴン人でありながら唯一地球人の宇宙艦隊(Starfleet)に参加している異端のキャラクター。彼が艦隊にいることが本来あり得ない(オフサイド/場違い)ことと同様に、お前らがヒップホップを語るのも場違いだと一蹴している。

Told ya, on some get-rich shit
言っただろ、金持ちになるためのやり方さ

As he gets older he gets colder than a witch tit
奴は歳を取るにつれて、魔女の乳首よりも冷酷になるんだ
※「colder than a witch's tit」は英語の慣用句で「非常に冷たい/冷酷である」という意味。ヴィランとしてのDOOMは、年長者になればなるほど優しくなるどころか、さらに冷徹にシーンを支配していく。

This is it, make no mistakes where my nigga go?
これがそうだ、間違いはない、俺のダチはどこへ行った?

Figaro, Figaro
フィガロ、フィガロ
※モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』やロッシーニの『セビリアの理髪師』に登場するキャラクター。劇中で「フィガロ!フィガロ!」とあちこちから呼ばれることから、神出鬼没で捉えどころのない自分自身(あるいはMadlib)を投影している。

O's beats and my rhymes attack
Oのビートと俺のライムが攻撃する
※「O」はMadlibの本名であるOtis Jackson Jr.のこと。

A scary act, all black like Ms. Mary Mack
恐ろしいショーだ、ミス・メリー・マックみたいに全身黒ずくめさ
※「Ms. Mary Mack」はアメリカの黒人コミュニティで有名な女の子の手遊び歌(「メリー・マックさんは黒い服を着て、背中には銀のボタンが…」という歌詞)。童謡のキャラクターと、暗躍する黒装束のヴィランをかけている。

Wait 'til you see 'em live on the piano
奴らがピアノでライブするのを見るまで待ってな

DOOM sing soprano, like, "Una, duociano"
DOOMはソプラノで歌うんだ、「ウノ、ドゥオチャーノ」みたいにな
※オペラのテノール歌手のように高音(ソプラノ)で歌い上げるというジョーク。「Una, duociano」はイタリア語っぽく聞こえる適当な造語。

My momma told me
母さんは俺に言った

Blast 'em and pass her her glass of Ol' E
「奴らをぶっ飛ばして、私にオールド・イングリッシュのグラスを渡しな」ってな
※「Ol' E」はゲットーで愛飲される安価なモルトリカー「Olde English 800」のこと。母親からしてストリートのハードコアな気質を持っているというフッドのジョーク。

Not to be troublesome, but I could sure use
厄介者になりたいわけじゃないが、これだけは確かに言える

A quick shot of double rum, no stick of bubble gum
ダブルのラムのショットをサッと一杯やりたいところだ、風船ガムはいらねえ
※酒(本物の刺激)を求め、子供騙しの甘いガム(メインストリームのポップなラップ)は拒否する姿勢。

I like ice cream, we could skip the weddin'
アイスクリームは好きだぜ、結婚式はスキップしてもいい
※甘いものは好きだが、愛や責任(結婚)には縛られない。

Have a nice dream, she only let him stick the head in
良い夢を見な、彼女は奴に亀頭だけ入れさせてくれたのさ
※「stick the head in」は性行為において先だけを入れること。DOOMのリリックによく見られる、最後までやらせてもらえない(あるいは自分から深入りしない)という少々情けないがユーモラスな下ネタで曲を落としている。