Artist: Madvillain
Album: Madvillainy
Song Title: Meat Grinder
概要
2004年の歴史的名盤『Madvillainy』に収録された、アンダーグラウンド・ヒップホップにおける最高峰のライミングとビートメイクが堪能できる1曲である。タイトルの「Meat Grinder(肉挽き機)」は、既存の音楽を細かく切り刻んで再構築するMadlibのサンプリング手法と、複雑な内部韻(Internal Rhymes)を多用して言葉を切り刻むMF DOOMのフロウ、その両方を象徴している。ビートはHilario Camachoの楽曲のベースラインをサンプリングしており、不穏でサイケデリックなグルーヴが全編を支配する。そこにFrank Zappaのスポークンワードが挿入され、狂気とシュルレアリスムを加速させている。この曲でのDOOMのライミングはヒップホップ史上最も高度な言葉遊びの一つとしてファンコミュニティで語り継がれており、意味の連続性よりも、音の響きの連鎖とストリートのリアル、そしてポップカルチャーの引用をパッチワークのように縫い合わせる「ヴィランの狂気」が見事に表現されている。
和訳
[Intro: Frank Zappa]
Sleeping in a jar!
瓶の中で眠っている!
※アメリカの伝説的な前衛ロックミュージシャン、Frank Zappaが率いたThe Mothers of Inventionのアルバム『Uncle Meat』(1969年)に収録された「Sleeping in a Jar」からのサンプリング。「Meat(肉)」というキーワード繋がりであり、Madlibの変態的な音楽的ルーツの深さを示している。
Sleeping in a jar!
瓶の中で眠っている!
The jar is under the bed
瓶はベッドの下にある
Sleeping in a jar!
瓶の中で眠っている!
The jar is under the bed
瓶はベッドの下にある
※ベッドの下の瓶の中に何かが封印されているという不気味なイメージ。これから始まるDOOMの狂気に満ちたヴァースへの完璧な導入となっている。
[Verse: MF DOOM]
Tripping off the beat kinda, dripping off the meat grinder
ビートでキマっちまってる感じだ、ミートグラインダーから滴り落ちている
※Madlibの強烈なビートに対してDOOM自身がトリップしている状態。タイトルでもある「ミートグラインダー(肉挽き機)」は、ビートメイカーとMCが言葉と音を細切れにし、全く新しい極上の「肉(作品)」へと変える装置のメタファー。
Heat niner, pimping, stripping, soft sweet minor
9ミリを携え、ポン引きし、ストリップさせ、甘く柔らかいマイナー調
※「Heat niner(9ミリ拳銃)」やストリートの裏稼業といったハードコアな要素と、Madlibのビートが持つ「soft sweet minor(甘く柔らかいマイナーコード)」という音楽的性質を見事な脚韻で繋ぎ合わせている。
China was a neat signer, trouble with the script
チャイナは手際の良い署名人だったが、台本に問題があった
※ヒップホップファンの間では「China」はヘロイン(China White)などのドラッグ、あるいは特定の女性の暗喩とされる。「signer(署名)」と「script(処方箋/台本)」を絡め、ドラッグの処方を巡るトラブルや、人間関係の不和を匂わせている。
Digits double dipped, bubble lipped, subtle lisp midget
指を二度突っ込む、ぽってりした唇、かすかな舌足らずの小人
※意味よりも「d, b, p, l」といった子音と母音の音韻的快感を極限まで追求したDOOM特有の変態的なライミング。性的な隠喩とも、ドラッグによる幻覚的な光景とも解釈できる。
Borderline schizo, sort of fine tits though
境界性の統合失調症だ、だが胸の形はいい
※精神的に不安定で危険な女性を描写しつつ、それでも肉体的な魅力に惹かれてしまうストリートの生々しいユーモア。ヴィラン特有の不謹慎なジョーク。
Pour the wine, whore to grind, quarter to nine, let's go
ワインを注げ、ヤるための娼婦だ、9時15分前、さあ行くぞ
※「wine」「grind」「nine」という完璧な脚韻。ヴィランの夜の行動開始を映画のワンシーンのように描写している。
Ever since ten eleven, glad she made a brethren
10時11分からずっと、彼女が仲間を作ってくれて嬉しいぜ
※9時15分前から時間が経過し、連れ込んだ女性が別の女性(仲間)を呼んでスリーサムの状況になったことを示唆するライン。
Then it's last down seven alligator seven
それから最後に7、アリゲーターの7だ
※「アリゲーター」はストリートのサイコロ賭博(クラップス)における出目や特定の賭け方を示す隠語。性的な行為からギャンブルへのシームレスな場面転換。
At the gates of heaven, knockin'—no answer
天国の門でノックしている、だが返事はない
※ボブ・ディランの「Knockin' on Heaven's Door」へのオマージュ。悪行を重ねるヴィランである彼に、天国からの応答があるはずもないという自嘲的なパンチライン。
Slow dancer, hopeless romancer, dopest flow stanzas
スローダンサーで、救いようのないロマンチスト、そして最高にドープなフロウの詩節だ
※冷酷な悪党でありながらも、女性とゆっくり踊るロマンチストな一面を持ち、なおかつシーンで最もヤバいリリシストであるという、DOOMの多面的で魅力的なペルソナの自己紹介。
Yes, no? Villain, Metal Face to Destro
イエスかノーか?ヴィラン、メタルフェイスからデストロまで
※「Destro(デストロ)」は人気玩具/アニメ『G.I.ジョー』に登場する、銀色の鉄仮面を被った悪の武器商人。自身の「Metal Face(鉄仮面)」とこの有名なヴィランを重ね合わせている。
Guess so, still incredible in escrow
そうだな、エスクローに入っていても相変わらず信じられないほど素晴らしい
※「escrow(エスクロー)」は取引の際に資金や物品を第三者に預ける制度。表舞台から身を潜めている期間や、アルバムのリリースが保留されている状態でも、自分のスキルは圧倒的だという自信の表れ。
Just say, "Ho!" I'll test the yayo
ただ「ホー!」と言え、俺がコカインの純度を試してやる
※「yayo」はコカインのストリートスラング。ヒップホップのライブにおける定番のコール&レスポンス(Say Ho!)と、ドラッグの密売人が品質をテストするハスラーの日常を交差させている。
Wild West style fest, y'all best to lay low
ワイルド・ウェストの祭典だ、お前らは大人しく身を隠しておくのがベストだぜ
※銃撃戦が絶えない無法地帯(あるいは西海岸のLAという制作環境)を西部劇に例え、ワックなラッパーたちに警告を発している。
Hey bro, DayGlo, set the bet, pay dough
おい兄弟、デイグローだ、賭けを成立させて金を払え
※「DayGlo(デイグロー)」は蛍光塗料のブランド。サイケデリックでギラギラしたアンダーグラウンドの賭博場で、掛け金をむしり取る情景。
Before the cheddar get away, best to get Maaco
チーズが逃げちまう前に、マイコに頼むのが一番だ
※「cheddar」は金を意味するスラング。「Maaco」はアメリカの格安自動車塗装・修理チェーン。車に銃弾の穴が空く(=金が逃げる、自分が殺される)前に、さっさと修理して身を隠せという忠告。
The worst hated God who perpetrated odd favors
奇妙な恩恵を施した、最も憎まれた神だ
※自らをシーンにおける「嫌われ者の神」と定義。音楽業界のルールを無視し、サンプリングの著作権を侵害するという「悪行」を働きながらも、結果的にヒップホップ史に残るクラシック(恩恵)をもたらしている矛盾を突いている。
Demonstrated in the perforated Rod Lavers
穴だらけのロッド・レーバーを履いて実演してみせた
※「Rod Lavers」はアディダスの定番スニーカー。perforatedは靴のメッシュ素材(パンチング穴)を指す言葉だが、同時にストリートの銃撃戦で「穴だらけ」になった状態とのダブルミーニング。
… In all quad flavors, Lord save us
全て4つのフレーバーでだ、主よ我らをお救いください
※「quad flavors」は4種類の最高級のウィード(マリファナ)のブレンド、あるいは自身の持つ多様なフロウを指す。神をも恐れぬヴィランが形式的に「主よ救い給え」と祈るシニカルなジョーク。
Still back in the game like Jack LaLanne
ジャック・ラランのように、未だにゲームへ戻ってくる
※Jack LaLanne(ジャック・ララン)はアメリカの有名なフィットネスのグルで、高齢になっても第一線で活躍した人物。DOOM自身も幾度もの挫折や名義変更を経て、ヒップホップゲームに常にカムバックしてくる不屈の存在であることを誇示している。
Think you know the name, don't rack your brain
名前を知っているつもりだろうが、頭を悩ませるな
※Zev Love XからMF DOOM、Viktor Vaughn、King Geedorahなど、無数のペルソナを使い分ける彼自身への言及。「俺が誰だか考えすぎて頭を狂わせるな」というリスナーへのメッセージ。
On a fast track to half insane
半ば狂気へと向かう急行列車に乗っている
※Madlibの作り出す常軌を逸したビートに乗り込むことは、正気を失うことと同義である。
Either in a slow beat or that the speed of "Wrath of Kane"
スローなビートだろうと、「Wrath of Kane」のスピードだろうとな
※Big Daddy Kaneが1988年にリリースした伝説的な高速ラップ曲「Wrath of Kane」のネームドロップ。BPMが極端に遅くても、超高速であっても、自らのライミングスキルは完璧に適応できるという技術的優位性の証明。
Laughter, pain
笑いと痛み
※DOOMの作品と人生の根底に流れるテーマ。弟の死という絶望的な「痛み」を経験し、それをヴィランとしての「笑い(ブラックユーモア)」でコーティングして生き抜いている。
Hackthoo'ing songs lit, in the booth, with the best host
最高のホストと一緒にブースの中で、ヤバい曲を吐き出している
※「Hackthoo」はツバを吐く擬音。「最高のホスト」とは、彼をロサンゼルスに招き入れ、共に歴史的傑作を作り上げているMadlibのこと。
Doing bong hits, on the roof in the west coast
西海岸の屋上でボングをキメている
※Madvillainyが録音されたLAのMadlibのスタジオ「Bomb Shelter(防空壕)」でのリラックスした制作風景。東海岸(NY)出身のDOOMが西海岸のバイブスと融合した瞬間。
He's at it again, Mad at the pen
奴がまたやりやがった、ペンを持ったマッドだ
※Madlibの狂気(Mad)と、DOOMのペン(リリックを書く能力)が融合した最強のタッグ「Madvillain」の威力を再確認している。
Glad that we win, a tad fat, in a bad hat for men
俺たちが勝って嬉しいぜ、少し太り気味で、イケてない男物の帽子を被っているがな
※メインストリームの華やかなラッパーたちとは正反対の、ぽっちゃり体型で鉄仮面(イケてない帽子)を被った自分たちのようなオタク気質の人間が、シーンの頂点(勝者)に立ったという痛快なパンチライン。
Grind the cinnamon, Manhattan warmongers
シナモンを挽け、マンハッタンの戦争狂たちよ
※「cinnamon(シナモン)」はドラッグをカットする隠語、あるいは火薬の比喩。常にビーフや縄張り争いを繰り広げている故郷ニューヨーク(マンハッタン)の血の気の多いラッパーたちを俯瞰して皮肉っている。
You can find the villain in satin … congas
ヴィランはサテンを着て、コンガのそばにいるのが見つかるだろう
※血生臭いストリートの争いから離れ、サテンの高級なローブを羽織ってエキゾチックなコンガのビート(Madlibの音楽)を楽しんでいる、優雅で余裕のある悪党の姿。
The van screeches, the old man preaches
バンが金切り声を上げ、老人が説教をする
※ストリートの日常風景の描写。逃走するバンのタイヤの音と、それに対して文句を言うフッドの老人。
About the gold sand beaches, the cold hand reaches
黄金の砂浜について語るが、冷たい手が伸びてくる
※「黄金の砂浜」は富や成功、平穏な人生の象徴。しかし、ストリートの現実においては、そこに到達する前に「冷たい手(死神の手、あるいは警察)」が忍び寄り、全てを奪い去っていくという残酷な真理。
For the old tan Ellesses …
古い褐色のエレッセへと…
※「Ellesse(エレッセ)」は80年代のB-Boyたちに愛されたイタリアのスポーツブランド。死神の冷たい手が、使い古されたスニーカー(=フッドで生きる若者や過去の自分)へと伸びてくるという、極めて詩的で哀愁漂うエンディング。
… Jesus
ジーザス
※どうしようもないストリートの現実や自らの業の深さに対する、深い溜息のような詠嘆。
