Artist: Radiohead
Album: The Bends
Song Title: Black Star
概要
1995年発表の2ndアルバム『The Bends』に収録された本作は、のちに第6のメンバーとも呼ばれるナイジェル・ゴドリッチが、本格的にプロデュース(録音)に関与した最初期の重要なトラックである。表面的には崩壊していく男女の関係を描いたラブソングの体裁をとっているが、根底にあるのは深刻なうつ病(臨床的ディプレッション)と、どうにもならない事態を宇宙的なスケールの事象のせいにしようとする人間の無力感だ。重力崩壊を起こした「黒い星(Black Star)」や「落ちてくる空」といったスケールの大きな天体物理学的なメタファーが、極めて私的で閉鎖的な寝室の絶望と鮮やかなコントラストをなし、90年代特有の焦燥感を見事に描き出している。
和訳
[Verse 1]
I get home from work
仕事から家に帰ると、
And you're still standing in your dressing gown
君はまだガウン姿のまま立ち尽くしている。
Well, what am I to do?
なぁ、僕はどうすればいいんだろう?
※昼夜逆転や極度の無気力といった、重度のうつ病における典型的な症状の描写。パートナーの深刻な精神的崩壊を前にして、愛だけではどうにもならない無力感と疲労感が滲み出ている。
I know all the things around your head
君の頭の周りを飛び交うすべてのものや、
And what they do to you
それらが君に何をしているのか、僕には分かっている。
※幻聴や強迫観念、あるいはネガティブな思考のループ(Black dog)がパートナーの精神を蝕んでいる状態への理解。同時に、理解しているからこそ物理的に干渉できないもどかしさが描かれている。
[Pre-Chorus 1]
What are we coming to?
僕らはどこへ行き着くのだろう?
What are we gonna do?
僕らはどうなってしまうのだろう?
[Chorus]
Blame it on the black star
黒い星のせいにしてしまえ。
※「Black Star(黒い星)」は重力崩壊を起こし光さえも逃げ出せない状態(ブラックホール)の暗喩であり、どうにもならない絶望や抗えない運命、うつ病の隠喩として機能している。自らの人間関係の崩壊を、宇宙の圧倒的な力のせいにすることで自我を保とうとする悲痛な責任転嫁である。
Blame it on the falling sky
落ちてくる空のせいにしてしまえ。
※ケルト神話や童話『チキン・リトル』に見られる「空が落ちてくる(世界の終わり)」という妄想的なパラノイア。世界そのものが崩壊しつつあるという終末論的な不安を、個人の失恋や病理と重ね合わせている。
Blame it on the satellite
人工衛星のせいにしてしまえ。
That beams me home
僕を家へと転送する、その冷たい光の。
※「beam」は光や電波を送信すること、あるいはSF的な転送(ビーム)を指す。冷酷に軌道を回る無機質なテクノロジー(人工衛星)によって、強制的にこの地獄のような「家(Home)」へ引き戻されるような、自由意志の喪失と高度情報化社会におけるディストピア的疎外感を描写している。
[Verse 2]
The troubled words of a troubled mind
病んだ精神から零れ落ちる、病んだ言葉たち。
I try to understand what is eating you
何が君を食い殺そうとしているのか、僕は理解しようと努めている。
※「what is eating you(何が君を悩ませているのか)」という慣用句だが、「eat(食い殺す、侵食する)」という本来の語義が生々しく響く。ブラックホール(Black Star)のように対象の精神を吸い込み、内部から食い破る病魔の恐ろしさを表現している。
I try to stay awake, but it's fifty-eight hours
起きていようと必死に耐えているが、もう58時間が過ぎてしまった。
Since that I last slept with you
最後に君と眠りについてから。
※58時間(丸2日半以上)の不眠。看病による極限の疲労、あるいは関係の破綻からくる不眠症。肉体的な限界が精神的な崩壊を加速させる、痛ましいほどのリアルな生活の描写である。
[Pre-Chorus 2]
What are we coming to?
僕らはどこへ行き着くのだろう?
I just don't know anymore
もう、何も分からないんだ。
[Chorus]
Blame it on the black star
黒い星のせいにしてしまえ。
Blame it on the falling sky
落ちてくる空のせいにしてしまえ。
Blame it on the satellite
人工衛星のせいにしてしまえ。
That beams me home
僕を家へと転送する、その冷たい光の。
[Verse 3]
I get on the train and I just stand about
僕は電車に乗り込み、ただぼんやりと立ち尽くす。
Now that I don't think of you
もう君のことなど、考えもしないのに。
※最終的にパートナーと別離した(あるいは相手が死に至った)後の虚無状態。意識の表面上では相手を忘れようと(あるいは忘れたと)しているが、トラウマは完全に身体に刻み込まれている。
I keep falling over, I keep passing out
僕は何度もつまずき、何度も気を失いそうになる。
When I see a face like you
君に似た顔を見るたびに。
※トラウマ体験によるフラッシュバック(PTSD的症状)。日常の風景(電車の中)に突然現れるトリガーによって、保っていた精神の均衡が容易く破壊されてしまう。うつ病(Black Star)の呪力がいかに深く自己を侵食していたかを証明する一節である。
[Pre-Chorus 3]
What am I coming to?
僕はどこへ行き着くのだろう?
※これまで「僕ら(we)」だった主語が、ここでは明確に「僕(I)」へと変化している。完全に一人取り残され、自らもまた病理の淵へと沈んでいく恐怖の表れである。
I'm gonna melt down
僕はもう、溶け落ちてしまいそうだ。
※「melt down(メルトダウン)」。精神の完全な崩壊を、原子力発電所の炉心溶融という破滅的でコントロール不可能な事象に例えている。「Black Star」や「Satellite」といった科学的・宇宙的なモチーフが、ここで一気に個人の内面における致命的なカタストロフィへと直結する。
[Chorus]
Blame it on the black star
黒い星のせいにしてしまえ。
Blame it on the falling sky
落ちてくる空のせいにしてしまえ。
Blame it on the satellite
人工衛星のせいにしてしまえ。
That beams me home
僕を家へと転送する、その冷たい光の。
[Outro]
Cruel, this is killing me
残酷だ、これに僕は殺されていく。
Cruel, this is killing me
あまりにも残酷だ、僕は死んでいく。
※エモーショナルなギターのフェードアウトとともに繰り返される最期の叫び。相手を蝕んでいた「Black Star」の重力が、最終的に語り手自身をも飲み込み、文字通り「殺して(killing)」いくという救いのない結末である。
