Artist: Radiohead
Album: The Bends
Song Title: Fake Plastic Trees
概要
1995年発表の2ndアルバム『The Bends』を代表する名曲であり、Radioheadがオルタナティヴ・ロックの枠組みを超え、真の叙情性と社会批評性を獲得した金字塔的バラードである。ロンドンの新興開発地区カナリー・ワーフの人工的な風景に触発されたトム・ヨークは、大量消費社会における「本物(リアル)」の喪失と、プラスチックのように加工された現代人の空虚な精神状態を見事に描き出した。ジェフ・バックリィのライブに感銘を受けた直後に録音され、トムが泣き崩れたという伝説的なボーカルテイクは、偽物に囲まれた世界で「他者の望む自分」を演じ続けることの圧倒的な疲労感(It wears me out)を生々しく伝えている。
和訳
[Verse 1]
Her green plastic watering can
彼女の緑色のプラスチック製ジョウロは
For her fake Chinese rubber plant
偽物の中国製ゴムの木に水をやるためのものだ
※徹底した「偽物(Fake, Plastic, Rubber)」の反復。人工物を人工物で世話するという不条理を通じて、現代社会における自然と人間の乖離を皮肉っている。
In a fake plastic Earth
この偽物のプラスチックの地球で
That she bought from a rubber man
彼女はそれをゴムでできた男から買い取った
※「ゴムの男」とは、魂のないセールスマンや、資本主義のシステムそのものを擬人化したもの。大量生産・大量消費のサイクルが地球全体を覆い尽くしているディストピア的な情景である。
In a town full of rubber plans
ゴムのように伸縮自在な計画に満ちたこの街で
To get rid of itself
街そのものを消し去ろうとしている
※ロンドンのカナリー・ワーフ再開発地区にインスパイアされた一節。古い歴史を壊し、無機質な高層ビル群(rubber plans)へと置き換えていく都市開発(自己破壊)への強烈な違和感が込められている。
[Chorus]
It wears her out
それが彼女をすり減らしていく
※「wear out」は物理的な摩耗と精神的な疲労のダブルミーニング。偽物の世界に適応しようとする行為そのものが、彼女の人間性を徐々に奪い、疲弊させている。
It wears her out
それが彼女をすり減らしていく
It wears her out
それが彼女をすり減らしていく
It wears her out
彼女をひどくすり減らしていく
[Verse 2]
She lives with a broken man
彼女は壊れた男と暮らしている
A cracked polystyrene man
ひび割れた発泡スチロールの男と
※「ポリスチレン(発泡スチロール)」は、安価で使い捨てられるが自然界では分解されない物質。人工的な人間関係の脆さと、朽ちることも許されない現代人の停滞を象徴している。
Who just crumbles and burns
そいつはただボロボロに崩れ、燃え尽きていく
He used to do surgery
彼はかつて外科手術を施していた
For girls in the eighties
80年代の少女たちに
※80年代に流行した美容整形手術(Plastic surgery)への言及。物理的な肉体すらも「偽物」へと加工して富を得ていた男の成れの果てを描写している。
But gravity always wins
だが、いつだって重力が勝つのだ
※本楽曲屈指の文学的フレーズ。どれほど整形で抗おうとも、時間と老い(重力)という自然の摂理には決して勝てない。人工物(Plastic)に対する自然(Gravity)の絶対的な勝利を冷徹に宣告している。
[Chorus]
And it wears him out
そしてそれが、彼をすり減らしていく
It wears him out
彼をすり減らしていく
It wears him out
彼をすり減らしていく
It wears
すり減らしていく
[Verse 3]
She looks like the real thing
彼女は本物のように見える
She tastes like the real thing
彼女は本物のような味がする
My fake plastic love
僕の、偽物のプラスチックの恋人
※語り手(僕)自身もまた、偽物の世界の一部であり、人工的な愛に依存しているという自己批判。ジャン・ボードリヤールの「シミュラークル(オリジナルなきコピー)」の概念を思わせる、真実と虚構の境界線が完全に喪失した状態である。
But I can't help the feeling
だけど、こんな予感を抑えきれない
I could blow through the ceiling
天井を突き破って飛んでいけるんじゃないかって
If I just turn and run
もし今すぐ振り返り、ここから逃げ出したなら
※窒息しそうなプラスチックの世界からの逃避願望(Flight)。すべてを捨てて逃げ出せば自由になれるという直感と、結局は逃げられないという学習性無力感が交錯している。
[Chorus]
And it wears me out
そしてそれが、僕をすり減らしていく
※主語が「彼女」「彼」から、遂に「僕(Me)」へと反転する。他者の空虚さを観察していた語り手自身も、この耐え難いシステムの中で魂をすり減らしている当事者であるという残酷な真実の吐露。
It wears me out
僕をすり減らしていく
It wears me out
僕をすり減らしていく
It wears me out
僕をひどくすり減らしていく
[Outro]
And if I could be who you wanted
君が望むような僕になれたなら
※ジェフ・バックリィの圧倒的なライブを観た直後に録音され、トム・ヨークが泣き崩れたという伝説的なテイク。音楽業界や大衆、あるいは愛する人間から求められる「理想のペルソナ(偽物の自分)」を演じきれないことへの強烈な挫折感と悲哀が込められている。
If I could be who you wanted
君が望むような僕になれたなら
All the time
いついかなる時でも
All the time
どんな時でも
※カタルシスも救済もないまま、ファルセットの悲鳴のような余韻と共に楽曲は終わる。「本物」になれないまま「偽物」の世界で生き延びなければならないという、90年代オルタナティヴ・ロックが到達した一つの深い絶望の形である。
