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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

It’s So Hard - John Lennon 【和訳・解説】

Artist: John Lennon

Album: Imagine

Song Title: It’s So Hard

概要

1971年に発表された名盤『Imagine』に収録された、重厚で泥臭いブルース・ロック・ナンバーである。アルバム全体が流麗なストリングスやピアノで彩られた美しいポップスに満ちている中で、本作は異質のヘヴィネスを放っている。歌詞のテーマは「生きることの過酷さ」と「社会的なプレッシャー」だ。生きて、愛して、競争社会を勝ち抜き、大衆の期待に応え続けなければならないという、ビートルズを経たトップスターとしてのジョンのリアルな疲弊と重圧が、愚痴をこぼすような率直な言葉で歌われている。サウンド面では、アレサ・フランクリンなどのバックで活躍した伝説的なR&Bサックス奏者、キング・カーティスを起用しており、彼のむせび泣くようなサックスが楽曲のブルージーな哀愁を極限まで引き出している。疲労感の中にブルース特有の性的なダブルミーニング(隠語)を忍ばせるジョンのユーモアとシニカルな人間臭さが詰まった、スワンプ・ロックの隠れた名曲である。

和訳

[Verse 1]

You gotta live
生きていかなきゃいけない
※「gotta (got to)」の連続によって、社会や他者から押し付けられる「〜しなければならない」という強迫観念と義務感の重さを表現している。

You gotta love
愛さなきゃいけない

You gotta be somebody
何者かにならなきゃいけない
※ただ生きるだけでなく、資本主義社会において「価値ある存在」や「成功者」になることを強要されるプレッシャー。また、世界中から思想的リーダーや偶像(アイドル)としての振る舞いを求められていたジョン自身の苦悩でもある。

You gotta shove
他人を押し退けて進まなきゃいけない
※「shove(乱暴に押す、押し退ける)」は、出世競争の中で他者を蹴落とさなければ生き残れないという、現代社会の残酷な競争原理を指している。

But it's so hard, it's really hard
でも、それはあまりにもハードだ、本当にきついんだ
※虚勢を張り続けることに疲れ果て、弱音を吐露するジョンの生々しい本音。

Sometimes I feel like going down
時々、そのまま崩れ落ちてしまいたくなる
※「going down」は、精神的に落ち込む、あるいは重圧に耐えかねて倒れ込む(ギブアップする)という意味。しかし、後のヴァースでこのフレーズが持つもう一つの意味(ダブルミーニング)が明らかになる。

[Verse 2]

You gotta eat
食べていかなきゃいけない
※人間の最も基本的な生存欲求すらも、継続的な労働と義務を伴う苦行として捉えられている。

You gotta drink
飲まなきゃいけない

You gotta feel something
何かを感じなきゃいけない
※前作『ジョンの魂』で自身の無感情やトラウマと向き合ったジョンにとって、感情を呼び起こし、物事に対して感受性を保ち続けることもまた、大きなエネルギーを要する「ハードな作業」であった。

You gotta worry
思い悩まなきゃいけない
※将来への不安や他者との関係性など、絶え間なく続く精神的ストレス。

But it's so hard, it's really hard
でも、それはあまりにもハードだ、本当にきついんだ

Sometimes I feel like going down
時々、そのまま崩れ落ちてしまいたくなる

[Bridge]

But when it's good
でも、調子がいい時は

It's really good
本当に最高なんだ

And when I hold you in my arms baby
そしてお前をこの腕に抱きしめるとき

Sometimes I feel like going down
時々、下へ降りていきたくなるのさ
※ファンの間や音楽的考察で高く評価される、ジョン流の秀逸なパンチラインである。ここまで「精神的な落ち込み(崩れ落ちる)」という意味で使われていた「going down」が、愛する人(ヨーコ)を腕に抱いた瞬間に、性的なメタファー(オーラルセックス)へと見事に反転する。黒人音楽(ブルース)が伝統的に用いてきた性的なダブルミーニングの手法を踏襲しており、重苦しいテーマを一瞬でエロティックなユーモアへと変えるジョンの機知が光る。

[Instrumental Break]

※伝説的プレイヤー、キング・カーティスによる生々しく力強いテナー・サックスのソロ。この録音のわずか数ヶ月後、カーティスはニューヨークの自宅前で暴漢に刺され不慮の死を遂げることになり、このプレイは彼の遺した最も素晴らしい客演の一つとして歴史に刻まれた。

[Verse 3]

You gotta run
走らなきゃいけない
※パパラッチや狂信的なファン、あるいはメディアの喧騒から逃れ続けるプレッシャー。

You gotta hide
隠れなきゃいけない

You gotta keep your woman satisfied
自分の女を満足させ続けなきゃいけない
※前段の性的なダブルミーニングを引き継ぎつつ、前衛芸術家として自立した強い女性であるヨーコとの関係を維持するための、夫としてのリアルな苦悩と重圧を自嘲気味に歌っている。「男らしさ」を強要されることへの皮肉とも受け取れる。

But it's so hard, it's really hard
でも、それはあまりにもハードだ、本当にきついんだ

Sometimes I feel like going down
時々、そのまま崩れ落ちてしまいたくなる
※重いブルースのビートに乗せて、最後まで愚痴をこぼすように歌いながらフェードアウトしていく。世界に平和を訴える「Imagine」という歴史的アンセムと同じアルバムの中で、一人の生身の男としての疲労感と性的な本音を泥臭く歌い上げる、この振り幅の大きさこそがジョン・レノンというアーティストの真髄である。