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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

Mulberry - John Lennon & Yoko Ono 【和訳・解説】

Artist: John Lennon & Yoko Ono

Album: Unfinished Music No. 2: Life with the Lions

Song Title: Mulberry

概要

本作は、1969年発表の前衛音楽アルバム『Unfinished Music No. 2: Life with the Lions』の1997年CD再発時にボーナストラックとして追加収録された、約8分半に及ぶ長編のアヴァンギャルド作品である。録音は1968年後半、ヨーコ・オノが切迫流産で入院していたロンドンのクイーン・シャーロット病院の病室で行われたと推測されている。楽曲の前半でヨーコは、第二次世界大戦下の日本における凄惨かつ孤独な疎開先での幼少期の記憶を英語で静かに語り下ろす。そして後半からは、ジョン・レノンによるアコースティック・ギターの不協和音やフリー・ジャズ的なノイズ演奏をバックに、ヨーコが「Mulberry(桑の実)」という単語を呪術的かつ絶叫するように繰り返し続ける構成となっている。戦争という逃れられない恐怖を原体験として抱えるヨーコの深いトラウマと、病室という閉鎖空間で死(流産の危機)と直面している二人の極限の精神状態が激しく共鳴し合った、極めて私的でサイケデリックなドキュメンタリーである。

和訳

[Yoko Ono]

During the war I was evacuated to the country and I used to go and get Mulberries from the Mulberry bush so that I could feed my younger brother and sister and myself
戦争中、私は田舎に疎開していて、弟や妹、そして私自身が生きていくために、よく桑の茂みへ行って桑の実を摘んでいたの
※第二次世界大戦中、東京の大空襲を逃れて日本の田舎(軽井沢など)へ疎開していたヨーコの実際の幼少期の記憶である。裕福な銀行家の娘として生まれた彼女が、戦争という異常事態の中で幼い弟妹を養うために必死に食べ物を探していたという過酷なサバイバル体験が語られている。この戦争によるトラウマと飢餓の記憶は、彼女の生涯にわたる平和運動と芸術活動の揺るぎない原点となっている。

And I just remember that feeling of reaching the sky and the fields and the bush, the Mulberry bush
空や、野原や、その茂み、あの桑の実の茂みに手を伸ばしたときの感覚を、今でもはっきりと覚えているわ
※極限の飢餓状態の中で、自然の恵みである桑の実(Mulberry)に手を伸ばす行為が、生きるための必死の執着として脳裏に焼き付いていることを示している。

I was alone and just picking
私はただ一人で、実を摘み続けていた
※周囲に頼る大人がおらず、長女としての責任を一人で背負い込んでいた孤独感とプレッシャーが表現されている。

It is getting a bit cold, though the sky is still blue because the sun is going down behind the mountains
少し寒くなってきているのに、太陽が山の向こうに沈んでいくから、空はまだ青かった
※日本の田舎特有の、夕暮れ時の冷え込みと美しい自然の風景の描写。この視覚的・体感的な美しい情景と、彼女が置かれている凄惨な状況とのコントラストが、絶望感をより一層引き立てている。

And I was feeling a bit frightened because they said there were many ghosts in the field and I was a little girl and had to go back home all by myself
野原にはたくさんのお化けがいると大人たちから聞かされていたから、私は少し怖かった。だって私はまだほんの小さな女の子で、たった一人で家まで帰らなければならなかったから
※戦争という現実の恐怖に加えて、子供らしい土着の幽霊譚への恐怖が入り混じる生々しい告白。ファンの間では、当時の幼いヨーコが抱えていた孤独と恐怖が、現在(1968年録音当時)の病院のベッドで流産の危機と闘いメディアのバッシングに晒されている状況と、時代を超えてフラッシュバックのようにリンクしていると解釈されている。

It's getting dark...
だんだん暗くなってきて…
※視覚的な暗闇だけでなく、絶望感や死の影が忍び寄る感覚を暗示している。

So this is how I did the Mulberry song...
これが、私が「マルベリー」の歌を作った背景よ…
※ここから曲は後半の狂騒的なノイズ・セッションへと突入する。静かな語り部から、トラウマを解放する前衛芸術家へとスイッチを切り替える宣言である。

[Repeats “Mulberry” until the song ends]

Mulberry...
桑の実…
※後半はジョンが奏でる不協和音のギターノイズに乗せて、ヨーコが「Mulberry」という単語を泣き叫ぶように、あるいは呻くように何度も繰り返す。言葉の意味は完全に剥奪され、トラウマからくる根源的な恐怖と生命への執着の「叫び(プライマル・スクリーム)」へと変貌していく。大衆音楽のフォーマットを完全に破壊し、人間の深層心理を音響として直接ぶつけようとする彼らのフルクサス的・前衛的なアプローチの到達点の一つである。