『After Hours (Deluxe)』は、The Weekndが孤独、名声、薬物、失恋を、ラスベガスのネオンと深夜映画の暴力性へ変換した作品である。「Heartless」の重いトラップから「Blinding Lights」の高速シンセポップへ移っても、主人公は同じ夜から抜け出せない。標準版の結末「Until I Bleed Out」が感情を身体ごと消し去ろうとする場面なら、追加された「Nothing Compares」「Missed You」「Final Lullaby」は、意識が途切れた後にも残る未練と、関係を静かに眠らせるまでの後日談として機能する。華やかなポップと初期The Weekndの閉塞感を一本の転落劇へまとめ、デラックス版ではその夜に、より静かな終止符を加えている。
目次
アルバム解説
概要
カナダ・トロント出身のThe WeekndことAbel Tesfayeは、2011年の『House of Balloons』『Thursday』『Echoes of Silence』によって広く知られるようになった。深い残響、暗いサンプリング、鋭いファルセットを用い、ドラッグ、欲望、孤独、感情的な支配を描いた初期作品は、2010年代前半のオルタナティブR&Bを語る際の基準のひとつとなった。その後、『Beauty Behind the Madness』と『Starboy』では、危険な人物像をシンセポップ、ファンク、トラップへ広げ、世界規模のポップスターへ移行している。
標準版『After Hours』は2020年3月20日にXOとRepublic Recordsから発表された、The Weekndの4作目のスタジオ・アルバムである。The Weeknd自身に加え、DaHeala、Illangelo、Max Martin、Oscar Holter、Metro Boomin、Oneohtrix Point Never、Kevin Parker、Frank Dukesらが制作に参加した。標準版には客演歌手を置かず、物語の視点をThe Weekndの声と、赤いジャケットを着た主人公へ集中させている。
『After Hours (Deluxe)』は2020年3月30日に発表され、標準版の14曲へ「Nothing Compares」「Missed You」「Final Lullaby」を追加した全17曲版である。追加曲は単なる別バージョンではなく、すべて新たな楽曲として本編の後へ配置されている。「Until I Bleed Out」が激しい自己消去で終わるのに対し、デラックス版は比較、未練、別離の受容という、より静かな感情の推移を加えている。
サウンドはオルタナティブR&B、トラップ、シンセポップ、ニューウェイヴ、ドリームポップを横断する。「Alone Again」「Too Late」の暗い電子音から、「Blinding Lights」「In Your Eyes」「Save Your Tears」の明快な1980年代的ポップへ進み、表題曲と「Until I Bleed Out」で再び閉鎖的な空間へ沈む。デラックス曲では音の密度が下がり、「Final Lullaby」の静かな反復によって、夜の暴走が眠りへ近づいていく。
『Starboy』が成功後のThe Weekndに可能な音楽性を18曲で広く示した作品なら、『After Hours』はその選択肢を一本の物語へ絞り込んだ作品である。アルバムと関連映像では、赤いジャケット、負傷した顔、ラスベガス、暴走する夜という視覚的な連続性が用いられた。The Weeknd自身も、関連映像やテレビ出演を含め、ある人物のひどい一夜を描く物語として説明している。
発売時期は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、各地の外出や興行が急速に制限された時期と重なった。ただし、この作品はパンデミックを題材に制作されたものではない。それでも、無人の都市を走り続けるような「Blinding Lights」や、一人でいることを告白する「Alone Again」は、偶然にも当時の社会的な隔離感と強く共鳴した。
コアテーマと考察
1. 孤独から逃げるための人格が、孤独を深めていく
「Alone Again」で主人公は、自分を隠してきた仮面と孤独を認める。ところが「Heartless」へ進むと、富、快楽、女性関係を誇示する冷酷な人格が再び現れる。この強気な姿は回復ではなく、傷ついた自分を見せないための防衛として機能している。
「Snowchild」ではトロントでの過去から現在の成功までを振り返るが、望んでいた地位へ到達しても安住はできない。「Escape From LA」では、成功の中心であるロサンゼルスそのものが、誘惑と倦怠を生む場所として描かれる。地理的にも経済的にも自由になったのに、主人公の行動は以前より狭い循環へ閉じ込められている。
サウンドも、この移動と停滞を同時に表す。「Blinding Lights」のビートは高速で前進するが、主人公が求めているのは新しい目的地ではなく、失った相手への帰還である。『Starboy』で完成したスター人格を使って孤独から逃げようとするほど、その原因である自己欺瞞が強くなることが、このアルバムの出発点だ。
2. 反省している自分に酔うという矛盾
「Hardest To Love」と「Scared To Live」では、主人公は関係を壊した責任が自分にあると認める。「After Hours」でも謝罪と復縁への願いが前面に出るため、初期作品より自己批判的に聞こえる。しかし、その反省は相手を自由にするだけでなく、自分を悲劇の主人公として演出する方向にも働いている。
「Scared To Live」は柔らかなシンセと大きなコーラスを用い、相手へ前進するよう促す。一方、「Repeat After Me (Interlude)」では、相手が現在の恋人を本当は愛していないと思い込ませようとする。手放す姿勢と支配し直す欲望が同じアルバムにあり、理解したはずの過ちを別の言葉で繰り返してしまう。
「Missed You」でも、相手を忘れようとする行動が、かえって未練を確認する結果へ変わる。自分の感情を理解することと、それを他者へ押しつけないことは別問題である。告白の正直さを持ちながら、その正直さを復縁の説得材料にも使ってしまう点に、The Weekndの語り手が抱える矛盾がある。
3. ネオンの明るさで失恋を隠す
「Blinding Lights」「In Your Eyes」「Save Your Tears」は、アルバムで最も明るく踊りやすい区間を作る。しかし、歌詞で扱われるのは、孤独、裏切り、隠された痛み、再会した相手を傷つけた後悔である。暗い感情から脱出したのではなく、それを大勢が踊れる形式へ変換している。
「Blinding Lights」の脈打つシンセと速いドラムは、深夜の運転や焦燥を身体的な推進力へ変える。「In Your Eyes」のサックスは感情を解放するように響くが、主人公は相手の目に痛みを見ながら、それを認めない。「Save Your Tears」の軽いリズムも、涙を止める優しい言葉というより、過去に傷つけた相手と向き合えない人物の逃避を際立たせる。
1980年代風の音色は、単なる懐古趣味ではない。鮮やかなシンセ、硬いスネア、覚えやすいメロディーが、ラスベガスの広告やカジノの照明のように主人公の破綻を照らし出す。楽しさと苦痛を同じビートへ乗せたことが、R&Bとポップの双方で活動してきたThe Weekndの方法を鮮明にしている。
4. 都市、薬物、恋愛を同じ依存回路へつなぐ
「Escape From LA」では都市が誘惑の発生源となり、「Heartless」では富と快楽が無感覚を維持する手段になる。「Faith」に進むと、薬物的な高揚、宗教的な救いへの希求、死への接近が混ざり合う。さらに「Blinding Lights」では、相手の存在が夜の都市を生き延びるための薬のように扱われる。
Metro Boominが関わった「Escape From LA」「Heartless」「Faith」では、低い808、乾いたドラム、暗いシンセが連続し、主人公の転落に重力を与える。「Faith」の終盤で音響が遠ざかる場面は、快楽の頂点が救済ではなく、路上や緊急事態へつながる感覚を作る。
初期The Weekndにおいても、恋愛と薬物は互いの比喩として使われてきた。『After Hours』ではそこへ都市と名声が加わり、逃げ場所のすべてが依存の入口になる。主人公はロサンゼルスから逃げたいと願うが、問題の中心が自分自身であるため、都市を離れるだけでは循環を断てない。
5. 感情を殺すことと、関係を眠らせることの違い
標準版の「Until I Bleed Out」では、主人公は執着や記憶を身体から排出するように消そうとする。これは相手との関係を受け入れる行為ではなく、感情を感じる自分そのものを停止させたい衝動である。ところがデラックス曲では、「Nothing Compares」と「Missed You」を経て、消したつもりの感情がまだ残っていることが示される。
「Final Lullaby」は、別れを克服した勝利ではなく、これ以上相手を引き留められないという認識へたどり着く。穏やかな鍵盤と反復するコーラスが、血を流すような自己消去を、関係を眠らせる静かな儀式へ変える。The WeekndとDaHealaが制作したこの曲は、デラックス版の終幕として配置されている。
『My Dear Melancholy,』では、失恋の痛みから以前の自己破壊的な生活へ戻る気配が残っていた。『After Hours (Deluxe)』でも完全な回復は描かれないが、最後に相手の平穏を願う姿勢が現れる。感情を殺すことと、終わった関係を手放すことは違うという認識が、追加された3曲によって初めて形になる。
アルバム全体の流れ
前半は、孤独の告白から関係の失敗を認める段階へ進む。「Alone Again」は暗いシンセの霧から始まり、途中で低音とドラムが膨らむことで、仮面を外した主人公が再び夜へ飲み込まれる様子を示す。「Too Late」では関係を救うには遅すぎるという認識が現れ、「Hardest To Love」では自分が愛されにくい人物であることを認める。
「Scared To Live」は相手を解放しようとするため、前半だけなら主人公が成長しているように聞こえる。しかし「Snowchild」では過去と成功を振り返り、「Escape From LA」では現在の都市生活に疲れながら、再び誘惑へ流される。反省は持続せず、成功の記憶と快楽によって別の人格が呼び戻される。
中盤の「Heartless」は、アルバム内で最も露骨な反動として機能する。前半で弱さを認めた主人公が、富、女性、無感覚を誇る旧来のThe Weeknd像へ戻るためだ。続く「Faith」はその人格を限界まで進め、薬物、絶望、信仰、死のイメージを重ねながら、夜の底へ到達する。
「Blinding Lights」は「Faith」の後に置かれることで、単独で聴く場合とは意味が変わる。爽快なシンセポップではあるが、アルバム内では底まで落ちた主人公が、失った相手を求めて夜の街を走る場面として響く。「In Your Eyes」「Save Your Tears」と続く区間も、回復ではなく、傷を明るいポップで照らしながら直視できない状態を描いている。
後半の「Repeat After Me (Interlude)」は、ポップな表面を剥がし、主人公の支配欲を再び露出させる。Kevin ParkerとOneohtrix Point Neverが関わる霞んだ音響の中で、相手の現在の愛情を否定させようとする言葉が反復される。短いインタールードでありながら、「Scared To Live」で示された手放す姿勢が本物だったのかを疑わせる。
表題曲「After Hours」では、謝罪、自己嫌悪、復縁への願いが約6分の中で膨らみ、標準版の感情が集約される。「Until I Bleed Out」は、その執着を克服するのではなく、感情そのものを身体から排出したいという衝動へ変える。標準版だけなら、物語は回復ではなく意識の途切れとして終わる。
デラックス版の3曲は、その途切れた意識の後に残る感情を描く。「Nothing Compares」では、別の何かで空白を埋めても失った相手には代えられないと認め、「Missed You」では忘れようとした行為が未練を確認する結果へ変わる。「Final Lullaby」では相手を取り戻すのではなく、壊れた場所に引き留められないと受け入れ、二人の関係を眠らせる。
このため、17曲版では最終曲の役割が大きく変わる。「Until I Bleed Out」が感情を殺そうとする結末なら、「Final Lullaby」は感情が残ったまま関係を終わらせる結末である。デラックス版を通して聴くことで、自己破壊から受容までの距離が明確になり、夜明けは勝利ではなく、もう追いかけないという静かな判断として現れる。
サウンド面の特徴
『After Hours (Deluxe)』は、暗い電子R&Bと明るいシンセポップを、曲順によってひとつの夜へまとめている。「Alone Again」では広いシンセパッドと加工された声が霧のような空間を作り、後半で低音とドラムが巨大化する。「Too Late」は細かく跳ねる電子リズムと切断されたボーカルを使い、関係が修復不能になった不安を落ち着かない動きへ変える。
「Hardest To Love」はドラムンベースを思わせる速いブレイクビーツに、柔らかな歌声と切ないコードを重ねる。「Scared To Live」はテンポを落とし、広がるシンセと抑制されたドラムによって、相手を手放そうとする場面を大きく見せる。両曲にはMax MartinとOscar Holterが関わっているが、単純なラジオ向けポップではなく、速さと静けさを対比させて前半の感情を動かしている。
「Snowchild」ではIllangeloとDaHealaによる余白のあるビートが、The Weekndのラップに近い語りを前へ出す。「Escape From LA」「Heartless」「Faith」ではMetro Boominが制作に関わり、深い808、細かなハイハット、低く沈むシンセが中盤を暗いトラップの区間へ変える。特に「Faith」は後半でリズムと空間が大きく変わり、室内の高揚から路上の孤立へ場面が切り替わるように聞こえる。
「Blinding Lights」は高速の電子ドラム、反復するシンセリフ、上昇するコードによって、夜の焦燥をポップの推進力へ変える。「In Your Eyes」はベースとシンセの間へサックスを差し込み、相手の痛みを認識する瞬間へ生々しい息遣いを加える。「Save Your Tears」は軽いドラムと滑らかなギター、明快なコーラスを使い、後悔を口ずさみやすい形へ整えている。
「Repeat After Me (Interlude)」ではKevin ParkerとOneohtrix Point Neverが関わり、ぼやけた鍵盤、反復する声、夢の中のような奥行きを作る。「After Hours」はミニマルな電子音から始まり、脈打つキック、変形するシンセ、重い低音を段階的に加える。「Until I Bleed Out」はリズムの輪郭を再び溶かし、声とシンセが一緒に崩れていくことで、標準版の物語を停止させる。
追加曲は、本編の爆発的な展開よりも余韻を重視している。「Nothing Compares」は暗いシンセと低音の脈動を保ち、失った相手の不在を広い空間へ響かせる。「Missed You」は短い尺と簡潔なドラムによって、忘れようとするほど未練が鮮明になる感覚を、言葉の近さで伝える。
「Final Lullaby」はDaHealaとThe Weekndが制作し、穏やかな鍵盤、柔らかな低音、反復するコーラスによって子守唄のような静けさを作る。「Alone Again」の冒頭にあった霧のようなシンセと呼応しながら、今度は不安を膨らませず、声と音をゆっくり遠ざける。本編の終幕が崩壊なら、デラックス版の終幕は消灯である。
The Weekndのボーカル処理も曲ごとの心理を動かしている。「Snowchild」では音節を詰めた低いフロウを使い、「Heartless」では短いフレーズと強い反復で虚勢を作る。「Alone Again」「After Hours」「Until I Bleed Out」では声が多重化されて残響の奥へ溶けるが、「Final Lullaby」では歌唱を穏やかに保ち、感情の決着を大声で演出しない。
歌詞世界の特徴
語り手は一人称で自分の過ちを告白するが、告白と責任の引き受けは必ずしも一致しない。「Hardest To Love」では自分が関係を壊したと認め、「Scared To Live」では相手に前へ進むよう促す。しかし「Repeat After Me (Interlude)」では、相手の現在の愛情を否定し、自分への未練を認めさせようとする。反省した人物と支配的な人物が、同じ夜の中で交互に現れる。
「Snowchild」では、トロントでの困窮から現在の成功までを振り返る。豪邸、宝飾品、仕事上の成功は到達点として語られる一方、それらが生活の実感を与えなかったことも示唆される。「Escape From LA」では、成功が集中する都市から逃げたいという願いが現れ、名声は自由よりも誘惑と監視の環境として描かれる。
「Heartless」は、自慢と自己嫌悪が最も近づく曲である。主人公は冷酷な人物へ戻ったと宣言するが、前後の曲を踏まえると、その強さは「Alone Again」で認めた孤独を隠すための演技に聞こえる。「Faith」では演技を維持するための快楽が限界へ達し、宗教的な言葉さえ救いではなく、救われない自分を強調するために使われる。
恋愛は、光、失明、涙、血、呼吸、睡眠といった身体的な比喩で描かれる。「Blinding Lights」では相手を求める感情が視界を奪う光となり、「Save Your Tears」では後悔が涙として現れる。「Until I Bleed Out」では執着を消す行為が失血へ置き換えられ、「Final Lullaby」では関係を終わらせる行為が眠りへ変わる。
この比喩の変化は重要である。血を流し尽くすイメージは、自分の苦痛を中心にした激しい自己破壊である。一方、最後の子守唄では、相手を壊れた場所へ引き留めず、安らぎを願う方向へ視点が動く。「Final Lullaby」を完全な成熟と断定することはできないが、少なくとも「Repeat After Me (Interlude)」の催眠的な支配とは反対の意味を持つ眠りとして解釈できる。
デラックス曲では、忘却に失敗する過程が補われる。「Nothing Compares」は他の快楽や関係では埋まらない不在を認め、「Missed You」は忘れようとした行動そのものが未練の証明になる。標準版の主人公は感情を消そうとしたが、追加曲では消せないことを認めたうえで、抱え方を変えようとする。
曲名にある「After Hours」は、営業時間後や深夜を指すと同時に、快楽が終わった後に責任だけが残る時間として機能する。日中のスター像や公的な成功が消えた後、主人公は傷つけた相手と、自分自身の空虚さに直面する。デラックス版ではその時間が夜明け直前まで延長され、最後に残るのは復縁の成功ではなく、別れを眠らせるための静けさである。
初めて聴く人へのおすすめの聴き方
最初の入口には「Blinding Lights」が適している。1回目は反復するシンセ、速いドラム、サビの推進力を楽しみ、2回目は「Faith」から続けて聴きたい。単独では疾走感のあるラブソングに聞こえるが、前曲の転落を踏まえると、孤独に耐えられず相手を探して走る場面へ意味が変わる。
サウンドに注目するなら、「Alone Again」「Hardest To Love」「Heartless」「After Hours」「Final Lullaby」を比較するとよい。広いアンビエント空間、速いブレイクビーツ、重いトラップ、段階的に膨らむ電子音、穏やかに消える鍵盤という異なる方法で、同じ主人公の不安と疲労が表現されている。1980年代風ポップだけでは説明できない、電子音楽とR&Bの幅が見えてくる。
歌詞を確認しながら聴きたいのは、「Scared To Live」と「Repeat After Me (Interlude)」である。前者では相手を自由にしようとし、後者では自分への未練を認めさせようとする。二つを並べることで、語り手の反省が安定した成長ではなく、手放す意思と所有欲の間を揺れていることが分かる。
「Repeat After Me (Interlude)」は短いが、飛ばさずに聴く意味が大きい。「Save Your Tears」までの明るいポップ区間を終わらせ、主人公の支配欲を再び露出させるからだ。その後に表題曲「After Hours」が置かれることで、謝罪が純粋な愛情だけではなく、相手を取り戻したい執着からも生まれていると分かる。
初回は14曲目の「Until I Bleed Out」で一度止め、標準版の結末を味わう聴き方がおすすめだ。次に17曲を通して再生すると、追加曲が別の終幕を作っていることが分かる。「Until I Bleed Out」は感情を殺そうとし、「Nothing Compares」と「Missed You」はその失敗を認め、「Final Lullaby」は感情を残したまま関係を眠らせる。
1回目は、暗いR&B、トラップ、明るいシンセポップが切り替わる速度を追うとよい。2回目は、主人公が相手を手放そうとする場面と、再び所有しようとする場面を確認したい。その揺れを意識して全トラック解説へ進むと、17曲が失恋の段階だけでなく、同じ過ちを繰り返す人格の変化として見えてくる。
総評
『After Hours (Deluxe)』最大の魅力は、The Weekndの暗いR&Bと巨大なポップを、ひとつの転落劇へまとめた点にある。「Heartless」の重いトラップは初期から続く冷酷な主人公を呼び戻し、「Blinding Lights」「In Your Eyes」「Save Your Tears」は、その主人公の孤独を大勢が共有できるコーラスへ変換する。暗い曲と明るい曲が別方向へ散らばらず、同じ夜の感情的な高低差として機能している。
『Starboy』では18曲を使い、成功後のThe Weekndに可能なジャンルを広く提示していた。『After Hours』では客演を排し、赤いジャケットの主人公へ歌詞、サウンド、映像を集中させた。その後の『Dawn FM』では、死後や移行状態を思わせるラジオ形式へ物語が発展し、『Hurry Up Tomorrow』までの三部作を構成する起点となった。
デラックス版の追加曲は、標準版の結末を必ずしも強化するだけではない。「Until I Bleed Out」の急激で不穏な終わり方を好む場合、その後に未練を説明する3曲が続くことで、余韻が薄まったと感じる可能性がある。「Nothing Compares」と「Missed You」はアルバム内ですでに扱われた喪失を補足するため、主題の重複も否定できない。
一方、「Final Lullaby」まで含めることで、物語の倫理的な着地点は変わる。標準版では主人公が自分の痛みを消すことに終始するが、デラックス版では、相手を壊れた関係へ引き留めないという結論が加わる。激しい自己破壊を静かな別離へ変えるための3曲として聴けば、追加部分には明確な役割がある。
1980年代を想起させるシンセや深夜映画的な演出が明確なため、その美学を作り込みすぎていると感じる人もいるはずだ。主人公の反省も、女性側の具体的な視点を十分に描かないまま、自分の苦痛を劇的に見せる方向へ傾く。「Save Your Tears」や「After Hours」の謝罪を、成長の証拠として無条件に受け入れることはできない。
それでも現在聴く価値は、ポップの快感と自己破壊の醜さを互いに打ち消さず、最後にはその騒音を眠りへ変えたところにある。「Blinding Lights」で速度を上げ、「Until I Bleed Out」で感情を破壊しても、未練は「Nothing Compares」と「Missed You」に残る。「Final Lullaby」を経て「Alone Again」へ戻ると、冒頭の孤独は同じ場所にありながら、今度は追いかけるべき相手ではなく、自分で引き受けるべき感情として聞こえてくる。
全トラック和訳・解説
1. Alone Again
仮面の下にある孤独と、自分を見失った感覚を告白する導入曲である。霞んだシンセから重い低音へ変化する構成が、主人公を『After Hours』の悪夢へ沈める。
2. Too Late
壊れた関係を救うには遅すぎると理解しながら、なお救済を求める。細かく跳ねる電子ビートと切断された声が、後悔に追い立てられる心理を表現する。
3. Hardest To Love
自分こそが愛されにくく、関係を壊した側だったと認める。速いブレイクビーツと柔らかな旋律の対比によって、冷静な自己分析の裏にある焦りを浮かび上がらせる。
4. Scared To Live
自分との関係に縛られず、再び愛することを恐れないでほしいと相手へ伝える。前半の謝罪を一度受容へ進めるが、後の曲によって、その手放す姿勢が安定していないことも分かる。
5. Snowchild
トロントでの困窮、成功への執念、現在の名声を振り返り、望んだ生活が安住を与えなかったことを語る。ラップに近いフロウが恋愛の物語を中断し、主人公の経歴と現在地を整理する。
6. Escape From LA
ロサンゼルスを成功の中心であると同時に、誘惑と倦怠が繰り返される場所として描く。長い尺と沈むトラップ・ビートによって、都市から逃げたい人物が再び都市の快楽へ負ける過程を映す。
7. Heartless
富、女性関係、無感覚を誇示し、反省していた主人公が冷酷なスター人格へ戻る。重い808と鋭いハイハットが、弱さを隠すための虚勢をアルバム中盤の反動として爆発させる。
8. Faith
薬物的な高揚、信仰への希求、自己破壊、死への接近をひとつの転落へまとめる。終盤で音響が遠ざかる構成が、快楽の頂点から路上の孤立へ場面を切り替える。
9. Blinding Lights
失った相手を求めて夜の街を走る焦燥を、高速のシンセポップへ変換する。「Faith」の直後に置かれることで、爽快な疾走感が逃避と孤独の症状として聞こえる。
10. In Your Eyes
相手の目に痛みを見ながら、互いに感情を隠している状況を描く。明るいシンセとサックスが感情を解放する一方、語り手がその痛みの原因でもある可能性を残す。
11. Save Your Tears
過去に傷つけた相手との再会を、軽快なドラムと滑らかなポップ・メロディーで描く。涙を止めようとする言葉が優しさと逃避の両方に聞こえ、明るい区間を後悔で締めくくる。
12. Repeat After Me (Interlude)
相手が現在の恋人を愛していないと反復させ、自分への未練を認めさせようとするインタールードである。霞んだ音響が催眠的な圧力を生み、「Scared To Live」で示した手放す姿勢を覆す。
13. After Hours
孤独、謝罪、自己嫌悪、復縁への願いを、約6分の段階的に膨らむ電子音へ集約する。アルバム内で繰り返された虚勢を崩し、主人公の執着を最もむき出しにする表題曲だ。
14. Until I Bleed Out
相手への依存と記憶を、自分の身体から完全に排出したいという衝動を描く。崩れていく声とシンセが回復ではなく意識の途切れを表し、標準版の物語を不穏な無感覚の中で閉じる。
15. Nothing Compares
ほかの快楽や関係では失った相手の不在を埋められないと認める。感情を消したはずの「Until I Bleed Out」の後に置かれ、その自己消去が失敗していたことを明らかにする。
16. Missed You
相手を忘れようとして別の方向へ進んでも、結局は未練が戻ってくることを告白する。短い尺と近いボーカルが、壮大な自己演出を離れ、単純な喪失感を前へ出す。
17. Final Lullaby
相手を壊れた関係へ引き留められないと受け入れ、二人の記憶を眠らせようとする最終曲である。穏やかな鍵盤と反復する歌声が、自己破壊で終わった本編へ静かな別離と夜明けの気配を加える。
