Artist: Earl Sweatshirt
Album: I Don’t Like Shit, I Don’t Go Outside: An Album by Earl Sweatshirt
Song Title: Faucet
概要
アール・スウェットシャツの2015年の傑作アルバム『I Don't Like Shit, I Don't Go Outside』の核となるトラックの一つ「Faucet」。アール自身が「randomblackdude」名義でプロデュースしたミニマルで不穏なビートに乗せ、彼が直面する深い孤独と人間関係の断絶が赤裸々に綴られている。タイトル「Faucet(蛇口)」は、とめどなく流れる水のように止められない負の感情や、ドラッグの抜け落ちる虚脱感、あるいは顔を洗って正気を保とうとするギリギリの精神状態を暗示しているとファンの間では解釈されている。本作では、名声に群がるフェイクな人々への嫌悪、Odd Futureとしてのブレイク直後に彼をサモアの更生施設へ送った母親(法学者のシェリル・ハリス)との根深い確執など、彼のパーソナルな痛みが曝け出されている。外部との関わりを絶ち、自室に塞ぎ込んでいく彼の「Sad Boy」としてのダークなペルソナが最も色濃く反映された、極めて内省的で痛切なドキュメンタリー的楽曲である。
和訳
[Intro]
*Sound of a faucet running, mumbling and coughing*
水が流れる音、呟き声、そして咳き込む音
※蛇口から流れる水(Faucet)は、彼が制御しきれない憂鬱な感情や、孤独の静けさを暗示するサウンドスケープ。
[Verse 1: Earl Sweatshirt]
Chef Sweaty braising your faculty (Yeah)
シェフ・スウェッティがお前らの頭脳を煮込んでいる (Yeah)
※「Chef Sweaty」はアールの別名。「braising(蒸し煮にする)」という料理の比喩を使い、彼のリリックがリスナーの頭(faculty)を圧倒し、溶かしてしまうほどのスキルであることを誇示している。
Face getting gray from the ash, but I'm laughing (Yeah)
灰で顔が灰色になってるけど、俺は笑ってる (Yeah)
※絶え間なくウィードを吸い続けている様子と、深刻なうつ状態の中で浮かべる虚無的な笑いを表現している。
That's the trace in me, nigga
それが俺の中に残された痕跡なんだ
※かつての活発だった自分の名残、あるいはドラッグが精神に残したダメージを指す。
Fuck out my face while I'm thinking
俺が考えてる間は顔の前から消え失せろ
※他者の干渉を極端に嫌う、アルバム全体を貫く閉鎖的なトーン。
Ain't step foot up in my momma place for a minute
もうしばらく母さんの家には足を踏み入れてねえな
※母親シェリル・ハリスとの確執。かつて不良だった彼をサモアの更生施設へ強制的に送った母親との間には、長らく複雑な距離感があった。
My days numbered (Yeah)
俺の寿命も残りわずかだ (Yeah)
※精神的・肉体的な限界を感じており、死を身近に意識している悲観的なマインドセット。
I'm focused heavy on making the most of 'em
残りの時間を最大限に生かすことに全力を注いでる
※自身の破滅を予感しながらも、残された時間で芸術的な高みを目指すという執念。
Feel like I'm the only one pressing to grow upwards
上に向かって成長しようと必死なのは、俺だけなんじゃないかって気がする
※周囲の人間やかつてのクルーのメンバーたちが停滞している中、自分だけが人間的・音楽的に進化しようともがいているという孤独感。
Still, "Fuck you and whoever you showed up with"
それでも、「お前も、お前が連れてきた奴らも全員クソ食らえ」だ
※成長を求めつつも、依然として他者を激しく拒絶するストリートの防御本能。
Tryna see an end and some steadier hands (Yup)
結末と、もっと確かな手腕を見極めようとしてる (Yup)
※音楽業界の混沌から抜け出す出口(end)と、ビジネスにおいて信頼できる確かなパートナー(steadier hands)を探している。
Who you calling your mans? (Huh?)
お前は誰を自分のダチって呼んでるんだ? (Huh?)
※簡単に他人を「仲間」と呼ぶ軽薄なラッパーたちへの冷笑。
Bet you thought he was solid
そいつが固い絆で結ばれてると思ってたんだろ
When he really just sand, washing away with the water
蓋を開ければそいつはただの砂で、水に洗い流されちまったのにな
※「solid(固い・確実な)」と「sand(砂)」を対比させ、名声や金に群がってきた偽物の友人たちが、問題(水)が起きるとあっけなく崩れて消えてしまう様子を見事に描写している。
I'm a land mammal staying away from the altar
俺は祭壇から距離を置く陸生哺乳類さ
※水(流されていくフェイクな人間たちの世界)を避けて陸地に留まる自分を「陸生哺乳類」と表現。「altar(祭壇)」は結婚や宗教的な束縛、あるいは犠牲を意味し、他者と深く関わることを意図的に避けている。
Shit changed in the August, in the wake of that August
8月にすべてが変わっちまった、あの8月を境にな
※2014年の8月、アールは極度の疲労と健康悪化により予定されていたツアーを全てキャンセルした。この出来事が彼の精神状態とキャリアに決定的な暗い影を落としたターニングポイントとされる。
Last autumn, the leaves fell, and I raked in the profit
昨年の秋、落ち葉が舞い散る中で、俺は利益をかき集めた
※「leaves fell(葉が落ちる)」と「raked(熊手でかき集める)」を掛けたワードプレイ。どん底の精神状態の時期に、皮肉にも音楽の売上として莫大な大金を稼いでしまった虚無感。
Disobeying the doctor
医者の言うことにも逆らって
※健康状態が悪化しているにも関わらず、処方や忠告を無視する自己破壊的な行動。
The good God prescribed faith, never called 'em
善良な神様は信仰を処方してくれたが、一度も祈りを捧げたことはねえ
※「called 'em(電話をかける/呼びかける)」と神への「祈り」を掛けている。絶望の中にありながらも、宗教的な救いすら拒否する徹底したニヒリズム。
Chasing these rabbits, whole face in the faucet (Yeah)
ウサギどもを追いかけながら、蛇口に顔を突っ込んでる (Yeah)
※「Chasing rabbits」は『不思議の国のアリス』の白ウサギの比喩で、非現実的な妄想やドラッグのトリップを追い求めること。錯乱した頭を冷やそうと、蛇口から出る水に顔を押し当てている痛々しい姿。
[Chorus: Earl Sweatshirt]
And I don't know who house to call home lately
最近じゃ、誰の家を自分の家と呼べばいいのか分からないんだ
※母親との不和や終わらないツアー生活により、自分が心から安心できる帰るべき場所(ホーム)を完全に喪失している。
(I hope my phone break, let it ring, let it ring, let it ring)
(携帯なんて壊れちまえばいい、鳴らしたままにしておけ、鳴らし続けろ)
※外部との接触を一切断ちたいという、強迫観念に近い自己隔離の欲求。
Toe to toe with the foes, new and old
新旧の敵と真っ向からやり合ってる
※「Toe to toe」はボクシングなどで至近距離で打ち合うこと。かつての仲間が敵に変わったことや、業界の新たなプレッシャーと闘い続けている。
Basic hoes try to cage him like the po'
ありふれた女たちは、サツみたいに俺を檻に閉じ込めようとする
※「the po'」は警察(police)のスラング。恋愛関係において彼を縛り付けてこようとする女性たちを、自分を逮捕・拘束しようとする警察権力に重ね合わせている。
When I run, don't chase me
俺が逃げ出しても、追いかけてこないでくれ
※他者からの愛や関心を重荷に感じ、とにかく放っておいてほしいという切実な願い。
And I don't know who house to call home lately
最近じゃ、誰の家を自分の家と呼べばいいのか分からないんだ
(I hope my phone break, let it ring, let it ring, let it ring)
(携帯なんて壊れちまえばいい、鳴らしたままにしておけ、鳴らし続けろ)
Toe to toe with the foes, new and old
新旧の敵と真っ向からやり合ってる
Basic hoes try to cage him like the po'
ありふれた女たちは、サツみたいに俺を檻に閉じ込めようとする
When I run, don't chase me (Chase me, chase me)
俺が逃げ出しても、追いかけてこないでくれ(追いかけてくれ、追いかけてくれ)
[Verse 2: Earl Sweatshirt]
Solid, so the funds don't faze me (Yup)
盤石だぜ、だから金なんかに心を乱されたりはしねえ (Yup)
※経済的な成功は確固たるものになったが、大金が彼の抱える精神的苦痛を癒すことは決してないという事実。
On tour, wildin' 'bout a truck-stop racist (Ugh)
ツアー中、トラック乗り場にいたレイシストにブチギレてる (Ugh)
※アメリカ巡業中に直面する黒人としてのリアルな人種差別の経験と、そこから生じる多大なストレス。
Hard as finding me a, a common thread between us
俺とお前の間に共通点を見つけるのと同じくらい難しいな
※価値観の合わない人間(あるいは母親)との間に存在する、埋めようのない深い溝。
Raised different, my mama, she bore and bred the leader
育ちが違うんだ、俺の母さんはリーダーを産んで育て上げた
※確執を歌いながらも、自分を強靭な思考を持つ「リーダー」として育ててくれた母親への敬意が垣間見える複雑な愛憎。
Get, shit, popping, like the gun's off safety (Yup)
銃の安全装置を外すように、物事をぶっ放すんだ (Yup)
※「Get shit popping(行動を起こす、盛り上げる)」を銃の発砲に例えた、攻撃的なストリート由来のライン。
Saying easy and doing harder when you get caught up
巻き込まれちまった時は、言うのは簡単でも実行するのは難しい
※トラブルや名声の渦中にいる際、外野は簡単に口出しするが、当事者として状況を打破するのは困難を極める。
Raised neck-and-neck with Nak, so I’m a fluent brawler (Yeah)
ナックと競い合いながら育ったからな、俺は流暢な喧嘩屋さ (Yeah)
※「Nak」はスケーター兼ラッパーでアールの親友のNa'kel Smith。彼と共に過酷な環境を生き抜いてきたため、喧嘩(物理的な争いやラップスキルでの闘い)には長けている。
Rain-checking on your plot if ever bread should pop up
もし金が湧いて出たとしても、お前の計画は延期させてもらうぜ
※「Rain-check」は誘いをまたの機会に断ること。「bread」はお金のスラング。どれだけ儲かる話を持ちかけられても、信用できない奴らの企みには乗らないという用心深さ。
Out the toaster, I gotta focus, my family problems
トースターから飛び出して、集中しなきゃならねえ、家族の問題にな
※「toaster」は熱く危険な場所(ストリートや厄介な業界)の比喩。そこから抜け出して、先述の母親との関係修復など、根本的な問題に向き合おうとしている。
Shrunk and widened with the bumps in my personal finance
俺の個人的な財政状況の波と共に、そいつは縮んだり広がったりした
※お金(名声)が入ったことで家族との問題が解決するどころか、浮き沈みに合わせて逆に複雑にこじれてしまった生々しい現実。
It hurt 'cause I can’t keep a date or put personal time in
予定も守れないし、自分の時間さえ割けないから辛いんだ
※キャリアの多忙さや自身の精神状態のせいで、大切な人との関係を維持するための努力すらできない無力感。
Or reverse to the times, when my face didn’t surprise you
俺の顔を見ても、あんたが驚かなかったあの頃に時間を巻き戻すこともできねえしな
※アールが有名になりメディアで顔が売れ、同時に風貌や雰囲気が暗く変わってしまったことで、母親(または親しい人)との間に取り返しのつかない変化が起きたことへの深い悲哀。
Before I did the shit that earned me my term on that island
俺があの島での刑期を食らう原因になった、あんな馬鹿な真似をする前にな
※ヒップホップファンの間で語り草となっている、アールの「サモア送り」のエピソード。Odd Futureとしてブレイクし始めた直後、不良行為を危惧した母親によってサモア(あの島)の更生施設へ強制的に送られ、数年間シーンから隔離された過去を指す。
Can’t put a smile on your face through your purse or your pocket
財布やポケットを膨らませたところで、あんたの顔を笑顔にはできねえ
※いくら音楽で稼いでお金(purseやpocket)を与えても、母親(あるいは愛する人)との感情的な溝は埋められず、本当の幸福はもたらさないという痛切な気付き。
Shit in a pile, never change, I’m stupid for trying
ウンザリするような問題の山、何も変わらねえ、努力するなんて俺が馬鹿だったんだ
Still just too busy wilding (Still, yeah-wilding)
未だにバカやってるのに忙しすぎる (Still, yeah-wilding)
※問題を根本から解決することを諦め、結局は破滅的な行動(wilding)に逃げ込んでしまう自身の弱さの肯定。
[Chorus: Earl Sweatshirt]
And I don't know who house to call home lately
最近じゃ、誰の家を自分の家と呼べばいいのか分からないんだ
(I hope my phone break, let it ring, let it ring, let it ring)
(携帯なんて壊れちまえばいい、鳴らしたままにしておけ、鳴らし続けろ)
Toe to toe with the foes, new and old
新旧の敵と真っ向からやり合ってる
Basic hoes try to cage him like the po'
ありふれた女たちは、サツみたいに俺を檻に閉じ込めようとする
When I run, don't chase me (Chase me)
俺が逃げ出しても、追いかけてこないでくれ(追いかけてくれ)
And I don't know who house to call home lately
最近じゃ、誰の家を自分の家と呼べばいいのか分からないんだ
(I hope my phone break, let it ring) (Let it ring, Let it ring)
(携帯なんて壊れちまえばいい、鳴らしたままにしておけ)(鳴らし続けろ、鳴らし続けろ)
Toe to toe with the foes, new and old
新旧の敵と真っ向からやり合ってる
Basic hoes try to cage him like the po'
ありふれた女たちは、サツみたいに俺を檻に閉じ込めようとする
When I run, don't chase me (Don't chase me)
俺が逃げ出しても、追いかけてこないでくれ(追いかけてこないでくれ)
[Outro: Earl Sweatshirt]
(Chase me)
(追いかけてくれ)
※曲を通して「追いかけてこないでくれ」と強い拒絶を示していたのに対し、アウトロの最後に微かに「追いかけてくれ」とこぼす。完全な孤独を望みながらも、心の底では誰かに見つけてほしい、愛してほしいというアンビバレント(相反する)な感情の吐露であり、彼のペルソナの脆さを象徴する完璧な幕切れとなっている。
