Artist: Ol’ Dirty Bastard
Album: The Return to the 36 Chambers: The Dirty Version
Song Title: Intro
概要
ウータン・クラン(Wu-Tang Clan)の中で最も破天荒で予測不能なメンバーであるOl' Dirty Bastard(以下ODB)の1995年のソロ・デビュー・アルバム『The Return to the 36 Chambers: The Dirty Version』の幕開けを飾るトラックである。本楽曲は通常のラップ曲ではなく、ODB自身の特異なペルソナをリスナーに叩き込むためのスポークン・ワードやスキットで構成されている。冒頭では司会者に扮して本名(ラッセル・ジョーンズ)を名乗りながら自身をジェームス・ブラウンの後継者として紹介し、続く独白では自身の銃撃事件からの生還や、性病に複数回感染したエピソードを語る。さらにはダーティ・ラップの始祖であるブロウフライの露骨なパロディ曲を歌い出すなど、狂気的なユーモアとストリートの生々しい現実を混在させている。アウトロではカンフー映画『少林寺三十六房』のセリフがサンプリングされ、ウータンの神話体系と彼自身の全く新しいスタイル(新たなチェンバー)の誕生を見事に宣言している。ヒップホップにおける「狂気」を芸術へと昇華させた彼のスタンスが凝縮された歴史的なイントロダクションである。
和訳
[Intro]
Ah-uh, I nev'-I never saw so many people tonight
あー、今夜はこんなにたくさんの人が集まるなんて見たことないぜ
※ODB自身が司会者のようなキャラクターを演じ、自らを第三者のように紹介するという奇抜な一人芝居を展開している。
I mean y'all all got it crowded up in here and that's good
つまり、ここが超満員になってるってことで、最高だよ
I'm glad that y'all givin' it up for, um, y'all givin' it up for him
お前らが彼のために、えーと、彼のために拍手喝采してくれて俺も嬉しいよ
That's good, y'all-y'all make me want to cry or somethin'
いいね、お前らのせいで泣きたくなってきたよ
Alright lad'-ladies and gentleman, tonight is a special night
よし、紳士淑女の皆さん、今夜は特別な夜だ
For one thing let me introduce myself, my name is Mr. Russell Jones
まず一つ、自己紹介させてくれ。俺の名前はラッセル・ジョーンズだ
※ラッセル・ジョーンズ(Russell Tyrone Jones)はODBの本名。自らの本名を明かすことで、虚実の境界を曖昧にする効果を生んでいる。
Excuse me for that one, I-I had to let that one loose, well now, ah-ahh
ちょっと失礼、どうしても出しておきたかったんだ。さてと、あー
※マイクの前でゲップか何かを放った後の謝罪。彼のコントロール不能で「ダーティ」なキャラクター性を強調する意図的な演出である。
And tonight, you're going to see something that you never seen before
そして今夜、皆さんはこれまで見たこともないものを見ることになる
Somethin' that, nobody in the history of rap ever set they self to do
ラップの歴史上、誰も成し遂げようとしなかったことをな
This fuckin' guy, that I speak to you about, is somethin' crazy
俺がこれから話すこのイカれた男は、ちょっとヤバいんだ
He's somethin' insane, he's the greatest performer ever since, uh
完全にイカれてる。彼はあいつ以来の最高のパフォーマーだぞ、ええと
What's the guys name? (Ol' Dirty)
なんて名前だったっけ?(オール・ダーティ)
Ah, ah, ah James Brown, he's bad, and he's a cool guy
あ、あ、ああ、ジェームス・ブラウンだ。彼はバッドで、クールな男さ
※ソウルのゴッドファーザーであるジェームス・ブラウンを「最大のパフォーマー」として引き合いに出し、ODB自身がその後継者であると宣言している。JBの野性的なシャウトやリズム感は、ODBの予測不可能なフロウに多大な影響を与えている。
And you'll really need, I mean need to really get to know him
そしてお前らは本当に、彼を本当に知る必要があるんだ
Ladies and gentleman, from all houses, to all towns
紳士淑女の皆さん、すべての家から、すべての町から
From the moons of Pluto, back down to earth
冥王星の月から、地球へと舞い戻ってきた
※ウータン・クランが好む宇宙的なメタファー。常人離れしたスケールや、異次元からやってきた超越的な存在であることを示唆している。
Ladies and gentleman, one more time, give it up for
紳士淑女の皆さん、もう一度、大きな拍手でお迎えください
The Old Dirty Doggy, I mean, the Ol' Dirty Bastard
オールド・ダーティ・ドギー、いや、オール・ダーティ・バスタードに
I love that guy
俺はあの男が大好きだぜ
(Ol' Dirty)
(オール・ダーティ)
[Interlude]
Yes, how y'all doin' out there?
イェー、外のみんな調子はどうだ?
I wanted y'all to know that tonight is a special night
みんなに知っておいてほしいんだ、今夜は特別な夜だってことを
'Cause I'm happy to be living, you know?
だって俺は生きてるのが嬉しいんだ、わかるか?
A nigga tried to shoot me down and shit
ある野郎が俺を撃ち殺そうとしやがってよ
※1994年、ブルックリンのベッドスタイ地区でODBは別のラッパーとトラブルになり腹部を銃撃された事件を指している。この生々しい体験を笑い話のように語ることで、ストリートの冷酷な現実を独自のユーモアへと変換している。
You know? And, I don't know man, it just feel good to be here man
な?それで、なんていうか、ここにいられるだけで気分がいいんだよ
You know what I'm sayin'?
俺の言ってることわかるか?
And I wanna let all y'all know I love you man, I love all y'all
みんなに愛してるって伝えたいんだ、みんなを愛してるぜ
You know, but, what I really came here tonight
わかってると思うが、俺が今夜ここに来た本当の理由はな
For one reason, just 'cause I don't mean to cry, I don't usually cry
ただ一つのためだ、泣くつもりはなかったんだけどな、普段は泣かないんだ
Dub you can play that shit man, play it man
ダブ、あの曲を流してくれ、流してくれよ
※Dubは当時のスタジオのエンジニア、あるいはウータンの初期に関わっていた人物への呼びかけと推測されている。
'Cause I'm tired of this shit, remember the time I told y'all
こういうクソみたいなのにはもううんざりなんだ、前にお前らに話した時のことを覚えてるか
When I got burnt, gonorrhea, yeah
俺が病気をうつされた時のことさ、淋病にな、そうだよ
Well this bitch, there's a new bitch, goddamnit
で、この女なんだが、新しい女がいてよ、クソったれ
Oh, bitch burnt me again with gonorrhea
あぁ、その女がまた俺に淋病をうつしやがったんだ
So I didn't get burnt one time, I got burnt actually two times
だから一回だけじゃなくて、実際には二回うつされたってわけさ
If you really look at it
よくよく考えてみればな
Yeah, I love the girl but I had to cut the bitch off
ああ、その子は愛してたけど、縁を切るしかなかった
Yeah the bitch died, I killed the bitch
そう、その女は死んだよ、俺が殺したんだ
She suffered a long pain
あいつは長い間苦しんだぜ
But she had to go, bitch had to go
でも消えなきゃならなかった、あの女は消えなきゃならなかったんだ
※性病に感染したというラッパーにとっての恥部を堂々と暴露し、さらには「相手の女性を殺した」という極端なフィクション(ホラーコア的な誇張表現)を交えることで、コンプライアンス皆無のODBというキャラクターの異常性を意図的に増幅させている。
I-I knew the bitch for ten minutes of my life
俺はその女のことを人生のうちでたった10分間しか知らなかった
But the pussy was good, yeah the pussy was good, oh shit, the pussy's good
でもアソコは最高だった、ああ、最高だった、ああクソ、アソコは最高だ
I just want you to know, girl
ただお前に知っておいてほしいんだ、ガール
That I dedicated, this song, well this song really was written by Blowfly
俺がこの曲を捧げたってことを。まあ、本当はこの曲はブロウフライが書いたんだけどな
※Blowfly(クラレンス・リード)は、下品でコミカルな替え歌を歌うことで知られるマイアミのR&Bミュージシャンであり、ダーティ・ラップの始祖とも呼ばれる。ODBの芸風やネーミングに多大な影響を与えた人物への直接的なシャウトアウトである。
And I want all y'all to hear this shit
お前ら全員にこの曲を聴いてほしいんだ
It's just a poem that I writ for you, girl
これは俺がお前のために書いたただの詩だよ、ガール
Just let me get my shit together
ちょっと調子を整えさせてくれ
The first time, ever you sucked my dick, uh-ah
初めてお前が俺のチンコをしゃぶってくれた時、あぁ
※Blowflyの楽曲「The First Time Ever You Sucked My Dick」(ロバータ・フラックの不朽の名作「The First Time Ever I Saw Your Face」の強烈な下ネタパロディ)の一節を唐突に歌い出している。
Thank you, thank you
ありがとう、ありがとう
I felt, the earth tremble under my balls
金玉の下で大地が震えるのを感じたんだ
Somethin' shot out of me real fast
俺の中から何かがものすごいスピードで飛び出した
First time
初めての時はな
Nah I'm just kidding with y'all
いや、お前らをからかっただけだぜ
How y'all feelin'? Listen to the album 'cause it's bangin'
みんな気分はどうだ? アルバムを聴いてくれよ、最高にヤバい仕上がりだからな
[Outro]
We have only thirty-five chambers, there is no thirty-six
我々には三十五房しかない。三十六房などは存在しない
※1978年の香港のカンフー映画『少林寺三十六房(The 36th Chamber of Shaolin)』の英語吹き替え版からのサンプリング。少林寺の最高位の僧侶が主人公リュー・チアフィに告げるセリフである。
I know that, but, I want to create a new chamber
存じております。しかし、私は新たな房を創設したいのです
※主人公のサンダが、一般の民衆にも少林寺の武術を教えるための新しい「三十六番目の房」を作りたいと嘆願するシーン。ヒップホップファンの間では、ウータン・クランが既存のヒップホップのスタイル(35チェンバーズ)に加えて、彼ら独自の全く新しいスタイル(36チェンバー)を生み出したという強力な神話的アナロジーとして解釈されている。
Oh? And what would that be?
ほう? それはいったいどのようなものかな?
※この映画のセリフによって、ODBという唯一無二の個性が、シーンにおいてこれまでにない新たな「チェンバー」であることを示唆し、本編のトラックへと繋がっていく完璧なイントロダクションとして機能している。
