Artist: Radiohead
Album: The Bends (Collector’s Edition)
Song Title: Bishop’s Robes
概要
1996年のシングル『Street Spirit (Fade Out)』のB面曲であり、後に『The Bends』コレクターズ・エディションに収録された。本作は、レディオヘッドのメンバーたちが出会った全寮制の名門男子校「アビンドン・スクール」における抑圧的な教育体制と、校長の専制的な権力に対するトム・ヨークの個人的なトラウマが直接的に綴られた楽曲である。「司教のローブ」とは、宗教的な権威や道徳の皮を被った理不尽な暴力のメタファーであり、英国パブリックスクール特有の軍国主義的なスポーツ文化(playing fields)が、いかにして少年たちの精神を破壊し、競争と闘争(kill)を植え付けていたかを告発している。アコースティックギターとストリングスが交錯する荘厳なサウンドが、癒えることのない恐怖と拒絶の意志を浮き彫りにする隠れた名曲だ。
和訳
[Verse 1]
Dressed in bishop's robes
司教のローブに身を包んだ姿が
※「bishop(司教)」はキリスト教における高位の聖職者。ここでは、レディオヘッドのメンバーたちが通っていた名門男子校「アビンドン・スクール」の権威主義的な校長を指す。絶対的な道徳的・宗教的権威の象徴である「ローブ」を身に纏いながら、その内実は冷酷な独裁者であったという偽善を告発している。
Terrifies me still
今でも僕を震え上がらせる。
※卒業から何年も経ち、世界的ロックスターとなった現在においても、権力者に対する根源的な恐怖(PTSD的なトラウマ)が消え去っていないという実存的な告白である。
In bishop's robes
司教のローブに身を包んだ、
Bastard headmaster
ろくでなしの校長め。
※「headmaster(校長)」に対する直接的な罵倒。トム・ヨークは学生時代、生来の反骨精神と左眼の障害(麻痺)から生じる繊細さゆえに、この理不尽な管理教育システムと激しく衝突していた。学校という閉鎖空間における絶対君主への憎悪が、一切の比喩を排して叩きつけられている。
[Chorus]
I am not going back
僕はもう、二度と戻らない。
※虐待的な環境(物理的な学校、あるいはそのような権力が支配するあらゆる社会的システム)との決別の宣言。呪縛を振り払うかのように、自己暗示的に繰り返されている。
I am not going back
僕はもう、二度と戻らない。
I am not going back
絶対に、あの場所へは戻らない。
[Verse 2]
Children taught to kill
子供たちは殺し合いを教え込まれる。
※英国のパブリックスクール(私立エリート校)に根付く、軍国主義的で有害なマスキュリニティ(男らしさ)の批判。エリート階級の生徒たちは、将来の帝国主義的リーダーとなるべく、徹底した競争主義と攻撃性を刷り込まれる。
To tear themselves to bits
自らの心身を、粉々に引き裂くために。
※「tear themselves to bits(自分自身を細切れに引き裂く)」。過酷な競争や同調圧力の中で、少年たちが本来持っていた無垢な人間性や精神性を自己破壊(セルフ・サボタージュ)させられていくプロセスを描写している。
On playing fields
運動場という名の戦場で。
※「playing fields(競技場、運動場)」。ワーテルローの戦いの勝利は「イートン校の運動場(playing fields)で決定づけられた」という有名なウェリントン公爵の格言に対する痛烈なアンチテーゼ。ラグビーやクリケットといったスポーツの場が、実際には生徒たちに暴力と階級的闘争を教え込むイデオロギー装置として機能していることを暴き出している。
Dressed in bishop's robes
司教のローブに身を包んだ者たちによって。
※そのすべての精神的虐待が、聖職者としての「ローブ」という神聖な皮を被った大人たち(教育者)によって、正当な教育という名目で実行されていることへの戦慄と怒りである。
[Chorus]
I am not going back
僕はもう、二度と戻らない。
I am not going back
僕はもう、二度と戻らない。
I am not going back
絶対に、あの場所へは戻らない。
[Instrumental Outro]
