Artist: Radiohead
Album: The Bends (Collector’s Edition)
Song Title: The Trickster
概要
1994年のEP『My Iron Lung』や『The Bends』期のB面曲として発表された本作は、Radioheadが内包していたヘヴィ・メタルやグランジへの音楽的アプローチが最も攻撃的な形で表出したトラックである。タイトルの「トリックスター」とは、神話学における詐欺師や秩序の破壊者を意味する。本作では、大衆を欺く政治家やメディア、あるいは彼らを搾取しようとする音楽産業のメタファーとして機能している。ジョニー・グリーンウッドの凶暴なリフに乗せて、情報操作によって世界が崩壊していく様と、それに抗おうとする無力な個人の絶望が冷徹に暴き出されており、次作『OK Computer』へと直結するディストピア的テーマの重要な萌芽である。
和訳
[Verse 1]
Rust in the mountains, rust in the brain
山々は錆びつき、脳髄までもが錆びついていく。
※自然環境の物理的な荒廃(山の錆)と、現代人の精神的な停滞や腐敗(脳の錆)をリンクさせた表現。資本主義社会における全体的な衰退を描写している。
The air is sacred here in spite of your claim
お前が何と主張しようとも、ここの空気は神聖なままだ。
※「お前(トリックスター)」の虚偽の言葉やプロパガンダによって世界が汚染されても、自分自身の内なる聖域(神聖な空気)だけは決して侵させないという個人的な抵抗の意志。
Up on the the rooftops, out of reach
屋根の上へ逃げ込み、手の届かない場所へ。
※外界の喧騒や支配から物理的・精神的に隔離された高みへの逃避行動。「The Bends」期における孤立感の表れである。
Trickster is meaningless, trickster is weak
ペテン師の言葉など無意味だ、ペテン師など無力にすぎない。
※「Trickster(トリックスター)」は神話における秩序の撹乱者。ここでは政治家、メディアのスピンドクター、あるいは悪意ある権力者を指す。彼らの権威を剥ぎ取り、その本質が空虚で弱いものであると看破している。
[Pre-Chorus]
He's talking out the world
奴は世界を口八丁で操ろうとしている。
※「talk out」は言葉巧みに騙す、議論をすり替えるといった意味合い。政治的プロパガンダやメディアの情報操作によって、現実の世界そのものが言葉によって歪められ、虚無へと解体されていく恐怖を描写している。
Talking out the world
言葉で世界を解体していくんだ。
[Chorus]
Hey, hey
なぁ。
Hey, this is only halfway
なぁ、こんなものはまだ道半ばにすぎない。
※「only halfway(まだ半分)」。現在直面している社会の腐敗や精神的な苦痛はまだ序の口であり、これからさらに最悪な事態(破滅)が待ち受けているという、トム・ヨーク特有のパラノイア的な終末観の提示である。
Hey, hey
なぁ。
Hey, this is only halfway
なぁ、こんなものはまだ道半ばにすぎないんだ。
[Verse 2]
I wanted you so bad, that I couldn't say
君を激しく求めていたのに、言葉にすることすらできなかった。
All things fall apart
すべてのものは、バラバラに崩れ去っていく。
※W・B・イェイツの詩『再臨(The Second Coming)』の一節「Things fall apart; the centre cannot hold(物事は崩壊し、中心は持ちこたえられない)」からの文学的引用。個人的な人間関係の破綻と、世界全体の秩序(マクロ)の崩壊を重ね合わせている。チヌア・アチェベの小説のタイトルとしても知られる、既存の価値観の終焉を告げる暗喩だ。
We wanted out so bad, that we couldn't say
僕らはここから抜け出したくてたまらなかったのに、言い出せなかった。
These things fall apart
これらのものは、バラバラに崩れ去っていく。
[Pre-Chorus]
We're talking out the world
僕ら自身も、言葉で世界を解体している。
※主語が「He(ペテン師)」から「We(僕ら)」へと変化している。被害者だと思っていた自分たち自身もまた、無自覚に自己欺瞞や言葉の暴力によって世界を壊している共犯者であるという痛烈な実存的アイロニー。
Talking out the world
言葉で世界を解体しているんだ。
[Chorus]
Hey, hey
なぁ。
Hey, this is only halfway
なぁ、こんなものはまだ道半ばにすぎない。
Hey, hey
なぁ。
Hey, this is only halfway
なぁ、こんなものはまだ道半ばにすぎないんだ。
[Verse 3]
Truant kids, a can of brick dust worms
学校をサボった子供たち、レンガの粉とミミズが詰まった缶詰。
※「Truant kids(無断欠席する子供)」は、社会の規範(システム)からドロップアウトした者たちのメタファー。レンガの粉とミミズというグロテスクでシュールなイメージは、無垢な子供の遊びと、死や退廃のイメージを不気味に同居させている。
Who do not want to climb down from their chestnut tree
彼らは自分たちの栗の木から、決して降りようとはしない。
※「chestnut tree(栗の木)」はジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する「栗の木カフェ(裏切りと洗脳の象徴)」を連想させる。あるいは単純に、腐敗した大人の世界へ降り立つことを拒否し、木の上に引きこもるピーターパン・シンドローム的なモラトリアムの防衛機制である。
Long white gloves, police check carefully
長い白手袋をはめ、警察が念入りに検査をしている。
※真っ白な手袋による臨床的で無機質な監視。権力(警察)が個人の内面や子供の無垢さすらも法的に管理・抑圧しようとする、パノプティコン的な管理社会の冷酷な描写だ。
Escaped from the zoo, the perfect child facsimile is
動物園から逃げ出した、完璧な子供の複製(ファクシミリ)は。
※「facsimile(複製、コピー)」。動物園(管理された社会)から逃げ出したのは本物の人間ではなく、システムによって都合よく規格化された「完璧な子供のコピー」に過ぎないという絶望。ジャン・ボードリヤールのシミュラークル理論にも通じる、「本物の人間性(Authenticity)」が失われたディストピアを描いている。
[Pre-Chorus]
Talking out the world
言葉で世界を解体していく。
Talking out the world
言葉で世界を解体していくんだ。
[Chorus]
Hey, hey
なぁ。
Hey, hey
なぁ。
Hey, hey
なぁ。
※解決の糸口も救済の言葉も持たないまま、ただ警告のように呼びかける声とギターの轟音だけが取り残され、楽曲は暴力的に幕を閉じる。
