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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

BLOOD. - Kendrick Lamar 【和訳・解説】

Artist: Kendrick Lamar

Album: DAMN.

Song Title: BLOOD.

概要

本作『DAMN.』のオープニングを飾る「BLOOD.」は、アルバム全体の根幹を成す「Wickedness(邪悪)」と「Weakness(弱さ)」という究極の二元論を提示し、聴く者を逃れられない運命のループへと引きずり込む重要なプロローグである。正規順(BLOOD.から始まる本作のトラックリスト)においては、主人公ケンドリックは盲目の老婆を助けようとする「Weakness(弱さ=他者への同情心やキリスト教的な善意)」を見せた結果、その善意が仇となり無慈悲に命を落とすことになる。つまり、正規順の『DAMN.』は「どれほど善行を積もうとも、理不尽な死と悲劇からは逃れられない」という旧約聖書的な決定論、あるいはブラック・ヘブライ・イスラエライトの教義における「神に呪われたイスラエルの民」としての絶望的な宿命を描く物語として幕を開けるのだ。本楽曲で響く一発の銃声は、アメリカ社会における黒人の命の軽さ(警察の暴力)を象徴すると同時に、彼自身の精神的な死をも暗示している。アウトロで挿入されるFox Newsの悪意ある報道サンプリングは、社会全体が黒人に対して向ける「Wickedness(邪悪)」の具現化であり、この不条理で冷酷な世界の中で、彼がいかにして生きるか、あるいは死にゆくかを聴衆に突きつける圧倒的なイントロダクションとなっている。

和訳

[Intro: Bēkon]

Is it wickedness?
邪悪さか?
※アルバムの根幹を成す究極の問いである。「Wickedness」は、過酷なストリートや社会で生き残るために必要な冷酷さ、あるいは利己的な防衛本能や罪そのものを指す。

Is it weakness?
それとも、弱さか?
※「Weakness」とは、他者への思いやり、同情、またはキリスト教的な善意を意味する。しかし、この冷酷な世界においては、その善意こそが自身の命を奪う「弱点」となり得るという矛盾を提示している。

You decide
お前が決めろ
※ケンドリックは聴衆に対し、このアルバムを通してどちらの道を選ぶべきか、判断を委ねている。

Are we gonna live or die?
俺たちは生き残れるのか、それとも死ぬのか?
※プロデューサーでありボーカリストのBēkonによるこの歌い出しは、正規順『DAMN.』が「死」に向かう運命の物語であることを暗示している。また、ブラック・ヘブライ・イスラエライトの思想において、黒人が神の教えに背いたゆえに呪いを受け、生死の境を彷徨っている現状への問いかけでもある。

[Verse: Kendrick Lamar]

So I was takin' a walk the other day
こないだ、ちょっと歩いてたんだ
※ケンドリックによるスポークン・ワード(語り)。平穏な日常の描写から始まるが、これが直後の悲劇の不条理さをより際立たせる仕掛けとなっている。

And I seen a woman—a blind woman
そしたら一人の女を見かけてさ、目の見えない老婆だった
※この「盲目の老婆」は様々なメタファーとして解釈されている。一つは「Lady Justice(正義の女神)」。アメリカの司法制度が黒人に対して盲目(機能していない)であることを示唆する。もう一つは「旧約聖書の神」、あるいはケンドリック自身の「運命」そのものの擬人化である。

Pacin' up and down the sidewalk
歩道をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてて
※老婆の落ち着きのない様子。ケンドリックの運命がどう転がるか、不安定な状態を表している。

She seemed to be a bit frustrated
ひどく苛立ってるように見えた
※神(あるいは正義)が、罪にまみれた人間社会やケンドリック自身に対して苛立ちを覚えている状態を暗示している。

As if she had dropped somethin' and havin' a hard time findin' it
まるで何かを落としちまって、見つけるのに苦労してるみたいだったんだ
※老婆が失った「何か」とは、アメリカ社会における「モラル」や「正義」、あるいは国家が見失った「人間性」のメタファーであると考えられる。

So after watchin' her struggle for a while
だから、しばらくそのもがいてる姿を見た後
※ここでケンドリックは単なる観察者から介入者へと変わる決断を下す。

I decide to go over and lend a helping hand, you know?
近寄って、手を貸してやることにしたんだ
※この「手を貸す」という行為こそが、イントロで提示された「Weakness(弱さ=他者への同情心)」の選択である。正規順のストーリーでは、この善意の選択が悲劇の引き金となる。

"Hello, ma'am, can I be of any assistance?
「こんにちは、おばあさん。何か手伝いましょうか?
※ケンドリックの礼儀正しく平和的なアプローチ。彼の内面にある善性、コミュニティに貢献しようとする姿勢を表している。

It seems to me that you have lost something
何か落とし物をされたみたいですが
※社会が失ったものを、彼自身が見つけ出す手助けをしたいという純粋な申し出。

I would like to help you find it"
一緒に探しましょう」
※彼が社会の「失われた正義」を取り戻すための助けになりたい(=音楽を通じた啓蒙活動)という、アーティストとしてのスタンスも重なっているラインである。

She replied, "Oh, yes, you have lost something
すると彼女はこう答えた。「ええ、そうね。あなたが何かを失ったのよ
※突然、立場が逆転する。老婆(神・運命)は助けを求めていたのではなく、彼を裁くために待ち構えていたのだ。

You've lost your life"
あなたは、自分の命を失ったの」
※圧倒的な不条理。善意(Weakness)を示したケンドリックに対し、無慈悲な死の宣告が下される。旧約聖書「申命記28章」の呪い(どれだけ正しいことをしようとしても神の罰から逃れられない)を体現する決定的なパンチラインである。

Gunshot
(銃声)
※この銃声によって、正規順の『DAMN.』におけるケンドリックは命を落とす。これ以降のアルバム全体が、死の直前に彼が見た走馬灯、あるいは死後の煉獄での魂の彷徨であることを示している。同時に、丸腰で善意を見せた黒人が理不尽に撃ち殺される、アメリカの警察による蛮行(Police Brutality)の暗喩でもある。

[Bridge: Bēkon]

Is it wickedness?
邪悪さか?
※善意で近づいた彼を撃ち殺した老婆の行為は「Wickedness」なのか?それとも、善行が死を招くこの不条理な世界そのものが「Wickedness」なのか、聴衆に再び鋭く問いかけられる。

[Outro: Eric Bolling & Kimberly Guilfoyle]

Uh, Lamar state his views—
あー、ラマーは自身の見解を—
※アメリカの右派メディア「Fox News」の番組『The Five』からの実際の音声サンプリング。前作『To Pimp A Butterfly』の楽曲「Alright」のBETアワードでのパフォーマンスに対する批判報道をそのまま使用している。

Uh, Lamar state his views on police brutality with that line in the song, quote
あー、ラマーは警察の暴力に関する自身の見解を、曲のこのフレーズで表明しています。引用します
※メディアがいかにヒップホップの文脈やストリートの現実を切り取り、黒人コミュニティの痛みを理解せずに消費・批判しているかを示す。

"And we hate the po-po, wanna kill us in the street fo' sho'"
「俺たちはサツが嫌いだ、ストリートで俺らを確実に殺そうとしてる」
※「Alright」のプレコーラスからの引用。直前の「銃声」は、まさにこの歌詞が現実であることを裏付けているが、白人至上主義的な構造を持つメディアはそれを単なる「警察へのヘイトスピーチ」としてしか捉えようとしない。

Oh, please, ugh, I don't like it
あぁ、勘弁してちょうだい、ウエッ、こういうのは不愉快だわ
※保守派キャスターのKimberly Guilfoyleによる発言。黒人の切実な叫びや命の喪失に対する、特権階級の白人社会の決定的な「無関心」と「嫌悪」を象徴する一言である。この徹底的な無理解という巨大な「Wickedness」を提示したまま、怒涛のハードバンガーである次曲「DNA.」へとアルバムは暴力的になだれ込んでいく。