Artist: Doechii
Album: Oh The Places You’ll Go
Song Title: Oh The Places You’ll Go
概要
フロリダ発の気鋭アーティストDoechiiによる本作は、ドクター・スースの有名な絵本『Oh, the Places You'll Go!(きみの行く道)』の希望に満ちたタイトルを皮肉に引用し、幼少期の過酷な家庭環境とトラウマのフラッシュバックを描き出したダークでポエトリー・リーディング的な一曲だ。隣の部屋から聞こえる家庭内暴力(DV)や両親の争いの声から逃れるため、少女がテレビの音量を上げ、人形遊びで疑似的な狂気を演じ、空想の世界へと逃避していく凄惨な現実が解像度高く綴られている。彼女特有の「魔女」や「オルターエゴ」といった多面的なアイデンティティが、いかにして幼少期の抑圧された「ほうき用クローゼット(逃避場所)」で形成されたのかを紐解く、極めてパーソナルで心理学的な深みを持つ重要作である。
和訳
[Verse]
Seven years old, going on seventeen centuries
7歳にして、もう17世紀も生きているような気分だった
※「going on seventeen(もうすぐ17歳)」という一般的な表現を「seventeen centuries(17世紀=1700年)」へと飛躍させることで、7歳の少女が抱えるにはあまりにも重すぎる精神的な疲労と、年齢に見合わない早熟さ(老成)を表現している。家庭内の過酷な現実が、彼女の子供らしさを強制的に奪い取ってしまったことの暗示である。
I overheard things, observed things and learned things
色んな話を盗み聞きして、観察して、学んできたの
Fear factor was like my comedy; I sat way too close to the TV screen
『フィアー・ファクター』なんてウチにとってはコメディ番組みたいなもん、テレビの画面に齧り付くように見てたわ
※『Fear Factor(フィアー・ファクター)』は、参加者がゲテモノを食べたり危険なスタントに挑んだりする米国の過激なリアリティ番組。一般人にとっては「恐怖(Fear)」であるはずの映像が、現実の家庭環境が地獄すぎた彼女にとっては「コメディ(笑い事)」でしかなかったという異常な感覚麻痺を示している。また、物理的に「テレビに近すぎる」という描写は、親の監視やケアが行き届いていないネグレクト状態を示唆している。
Now I can't unsee the scenes mama tried to hide from me
ママが隠そうとした数々の惨状、もう脳裏に焼き付いて消えないの
I'd turn the volume all the way up
テレビの音量を限界まで上げて
Make my teddy bears fight and my Barbie dolls fuck
テディベア同士を殺し合いさせて、バービー人形にはヤらせるの
※子供の純真無垢な象徴である「テディベア」や「バービー人形」に、暴力(fight)や性行為(fuck)といった大人たちの汚れた行為を投影している。トラウマを抱えた子供が、自身の処理しきれない感情や現実を遊びの中で再現・再構築する「遊戯療法(プレイセラピー)」的な防衛機制の生々しい描写であり、家庭内で彼女が日常的に何を目撃していたかを残酷なまでに物語っている。
To drown out screams I hear when I press my ear to this wall between us
ウチらの間を隔てるこの壁に耳を当てた時、聞こえてくるあの悲鳴をかき消すためにね
※隣の部屋で起こっているであろう母親に対するドメスティック・バイオレンス(DV)や激しい口論の叫び声(screams)を指す。「テレビの音量を上げる」のも「人形を激しく遊ばせる」のも、すべてはこの現実の恐怖の音から耳を塞ぐための悲しい自己防衛であったことがここで明かされる。
And while my mama's only a wall away, I'm like worlds away of wading hot lava
ママとは壁一枚しか隔ててないのに、ウチは煮えたぎる溶岩の中を歩くくらい、別世界にいるような気分なの
※物理的な距離(壁一枚=a wall away)と心理的な距離(別世界=worlds away)の対比。子供の定番の遊びである「The floor is lava(床が溶岩だと思って落ちないように歩くゲーム)」を比喩に用いながら、安全なはずの家の中が常に火傷しそうな危険とストレス(hot lava)に満ちていた極限状態を描いている。
Daydreaming in sagas, coloring the sky pink like
壮大なサーガの中で白昼夢を見て、空をピンク色に塗りつぶすの
Suckеd into oblivion, idolizing my future feminine
忘却の彼方へ吸い込まれながら、未来の「女としての自分」を神格化する
※「oblivion(忘却)」は辛い現実からの完全な逃避・解離状態を指す。力のない無力な少女である今の自分を捨て去り、将来絶対に誰も自分を傷つけられない強く美しい女性(future feminine)へと成長することを強く渇望し、その想像上の未来の姿を心の支え(アイドル)としている。
Worshipping thе woman I have to be
ならなきゃいけない「理想の女」を崇拝してるの
Fully imagining things more real than everything they have to be
現実の何よりもリアルな光景を、頭の奥底で完全に思い描いてる
More real than anything I'll ever be, like
ウチがこれからなるであろうどんな姿よりも、ずっとリアルな光景をね
Welcome to my room of doom, my blasphemy, my second womb
ウチの破滅の部屋へようこそ、神への冒涜、そして二度目の子宮へ
※「room of doom(破滅の部屋)」は彼女が逃げ込んでいたクローゼットや自室のこと。「second womb(二度目の子宮)」という表現が秀逸であり、現実の母親の子宮(一度目の誕生)から生まれた世界が地獄だったため、自分自身の力でもう一度「Doechii」という強靭で異端な存在(冒涜=blasphemy)として生まれ直すためのインキュベーター(培養器)としてこの孤独な空間を定義している。
This broom closet is only half of me, but
このほうき用クローゼットなんて、ウチの半分でしかないけど
※「broom closet」は欧米の家屋にある掃除用具などを入れる狭い物置。映画『ハリー・ポッター』における階段下の物置のように、虐待された子供が追いやられる、あるいは自ら身を隠す狭く暗い場所のメタファー。彼女の計り知れない潜在能力や想像力からすれば、この狭い空間は彼女の存在の「半分(ほんの一部)」に過ぎない。
All of it belongs to you
そのすべてがアンタのモノなの
I've made too room enough for few
限られた連中のために、ちょっとスペースを作りすぎちゃったみたいね
Y'know, monsters, demons, and skeletons, too
ほら、モンスターとか、悪魔とか、骨格標本(隠し事)たちのためにね
※「skeletons」は英語のイディオム「skeleton in the closet(クローゼットの中の骸骨=外には出せない家庭内の秘密やスキャンダル)」に由来する。DVやネグレクトといった家庭の暗部(skeletons)と、彼女自身が防衛機制として生み出した心の闇や狂気(monsters, demons)が、この逃避場所であるクローゼットにひしめき合っているサイコホラー的な描写。
I just hope you find your fucking truth, you fucking fool
アンタが自分のクソみたいな真実を見つけられるといいわね、この大馬鹿野郎が
※曲の最後に吐き捨てられる強烈な呪詛。「you」が誰を指しているのかについては、トラウマの元凶である親や加害者に対する怒りの言葉とも、トラウマを覗き見ようとする無責任なリスナーへの牽制とも、あるいは過去の怯えていた自分自身に対する決別の言葉(もう目を覚ませという自己叱咤)とも解釈できる。深い余韻を残す、痛切なエンディングである。
