Artist: Doechii
Album: Coven Music Session, Vol. 1
Song Title: 60 Seconds
概要
フロリダ州タンパ出身の気鋭ラッパー/シンガー、Doechii(ドーチ)によるスキルフルなワードプレイの真骨頂。「Coven Music Session, Vol. 1」に収録された本作は、わずか1分強という短いランタイムの中で、彼女のルーツであるフロリダの泥臭さ(スワンプ・プリンセスとしてのアイデンティティ)と、研ぎ澄まされたライミングが炸裂する。TDE(Top Dawg Entertainment)と契約しスターダムにのし上がる前の、ハングリーでありながらすでに完成されていた彼女の恐るべきポテンシャルを証明する楽曲だ。映画『ATL』や『モータルコンバット』といったポップカルチャーからのサンプリングを交えつつ、フェイクなメインストリームを嘲笑い、次世代のクイーンとしての絶対的な自信をアグレッシブにスピットしている。
和訳
[Verse]
Ever since I got to ATL, I've been livin' like Nu Nu
アトランタに来てからずっと、Nu Nuみたいな生活をしてるんだわ
※「ATL」はジョージア州アトランタのこと。また、2006年のT.I.主演の青春ヒップホップ映画『ATL』のダブルミーニングでもある。「Nu Nu」は故ニプシー・ハッスルのパートナーでもあった女優ローレン・ロンドンが同映画で演じたヒロインの名前。彼女は裕福な家庭で育ちながらも、親に隠れてゲットーのスケートリンクに通い、ストリートの若者たちと遊ぶという二重生活を送っていた。アトランタという土地の空気感と、自身の持つ二面性やミステリアスなライフスタイルを、映画のアイコニックなキャラクターに重ね合わせている秀逸なラインだ。
I ain't Hollywood, I'm Honolulu
ウチはハリウッドみたいに気取ってない、ホノルルスタイルよ
※「Hollywood」は単なる地名ではなく、ヒップホップシーンでよく見られる「フェイクで気取った態度」や「セルアウト(魂を売る行為)」を意味するスラング。対して「Honolulu(ハワイの首都)」を引き合いに出すことで、誰に媚びることもなくチルで我が道を行く独自の世界観を提示している。「H」と「L」の音韻をリズミカルに踏む心地よいライミングも彼女の持ち味である。
Probably sittin' at the bar binge watchin' Hulu
たぶんバーに座ってHuluをイッキ見してるくらいがオチね
Bartender send a bloody mary, I said, "Suwoop"
バーテンがブラッディ・マリーを出してきたから、「Suwoop」って返してやったわ
※「ブラッディ・マリー」はウォッカとトマトジュースを使った真っ赤なカクテル。この「赤色」から、ロサンゼルス発祥のストリートギャング「Bloods(ブラッズ)」のシンボルカラーを連想し、彼らのシグネチャーである呼びかけのチャント「Suwoop(スウープ)」を放っている。赤い飲み物に対してギャングの鳴き声で応じるという、ブラックユーモアとストリートの文脈が交差するドープなジョークだ。
Took a lil' time for me to recoup, now I'm back and on my voodoo
体勢を立て直すのに少し時間がかかったけど、ブードゥーの魔力と共に復活よ
※Doechiiは自身を「Swamp Princess(沼地の王女)」と称し、地元フロリダの湿地帯のミステリアスな雰囲気や、南部特有の土着信仰、スピリチュアルな要素をしばしばビジュアルやリリックに取り入れる。「voodoo(ブードゥー教)」は彼女の魔術的な魅力や、シーンを席巻する圧倒的なカリスマ性のメタファーとして機能しており、黒人文化のルーツへの回帰も暗示している。
I've been writin' verses like the Hebrew
ヘブライ語の聖書みたいに神聖なヴァースを書き殴ってきたの
※ヘブライ語(Hebrew)はユダヤ教の聖典(旧約聖書など)が記された古代言語。自身の書くリリックが、古代の預言者のように神聖で深遠であり、解読が必要なほど複雑で高次元であることを示している。また、ヘブライ語が右から左へ書かれる特殊な言語であることから、「他のラッパーとは全く異なる視点・アプローチで曲を作っている」という天才肌のアピールとも読み取れる。
Rappin' in the ring with the queen, you'll be askin' for a redo
このクイーンと同じリングでラップするなんて、やり直しを泣きつくハメになるわよ
Have you walkin' 'round your city sayin', "Wee-woo"
アンタを街中で「ウィーウー」って泣き叫ばせてやる
※「Wee-woo」は救急車のサイレンの擬音語(ビーポー)。Doechiiとのラップバトルで完膚なきまでに叩きのめされ、救急車を呼ぶほどの致命傷を負うという暴力的なメタファー。同時に、アニメ『スポンジ・ボブ』のキャラクターであるパトリックが怯えた時に発する「Wee-woo, wee-woo!」という有名なミームのサンプリングでもあり、強烈なディスの中にZ世代らしいネットミームのユーモアを混ぜ込んでいる。
Fuck around and send you runnin' back to your people
ナメた真似したら、ダサい仲間のもとへ泣いて逃げ帰らせてやるから
I am not your fuckin' equal, I'm Kitana, this is lethal
ウチはアンタらと同格じゃない、キタナみたいに殺傷能力抜群なの
※「Kitana(キタナ)」は残酷な描写で知られる格闘ゲーム『Mortal Kombat(モータルコンバット)』に登場する、鉄扇を武器とする人気女性キャラクター。「lethal(致死的)」というワードは、同ゲームの代名詞である残虐なトドメの演出「Fatality(究極神拳)」を連想させる。自身のラップスキルが文字通り「相手の息の根を止める」レベルであることを、ゲームカルチャーを通して的確に表現している。
Welcome to another sequel, Iamdoechii, you poquito
新たな続編へようこそ、ウチはIamdoechii、アンタはちっぽけな存在よ
※「Iamdoechii」は彼女がブレイクする前に使用していた初期のアーティスト名義およびSNSのハンドルネーム。「poquito」はスペイン語で「少し」「ちっぽけな」を意味する。自らの名前(巨大な存在)と相手(極小の存在)を対比させることで、格の違いを見せつけている。
Make it supersized in my motherfuckin' mojito
モヒートは特大サイズで持ってきな
We ain't rollin' blunts, my nigga, we roll burritos
ウチらが巻くのはただのブラントじゃない、ブリトーサイズなんだわ
※「ブラント」は葉巻の葉でマリファナを巻いたもの。ストリートではどれだけ太いジョイントやブラントを巻けるかが一種のステータス(富と余裕の象徴)とされる。それをメキシコ料理の極太の「ブリトー」に例えることで、常識外れの量のウィードを消費していることを誇張してフレックス(自慢)している、ヒップホップにおけるクラシックな表現技法の一つ。
Me, mysеlf and I, te amo the three amigos
アタシ、アタシ自身、そしてアタシ。自分という名の3人の親友を愛してる
※De La Soulのクラシック曲「Me Myself and I」の引用でありつつ、スペイン語の「te amo(愛している)」とコメディ映画『サボテン・ブラザース』の原題でもある「Three Amigos(3人の友人)」を組み合わせている。他人に依存せず、自身の持つ多面的な人格(Doechiiの音楽は声色やフロウが多重人格的に変化する)こそが最高のチームであるという、強烈な自己愛とインディペンデント精神の表明。
That is not a flex, lil' nigga, thе lil' flames with the Cheetos
そんなの自慢にならないわ、チートスみたいなチープな炎じゃね
※他の有象無象のラッパーたちが「俺のラップは火を噴くぜ(Fire)」と自慢するのを、スナック菓子の「Flamin' Hot Cheetos(激辛チートス)」のパッケージに描かれた小さな炎に例えて嘲笑している。ストリートの主食とも言えるチートスを引き合いに出すことで、「お前らの才能はコンビニで買える程度の安っぽいジャンクフードだ」という痛烈なディスとなっている。
Past tense, we already seen those, we know
そんなの過去形よ、もう見飽きてるし、みんな分かってる
And he know, and she know, ah
アイツも、あの娘も、みんなお見通しよ
Told me hit 'em up, I ain't got the data
連絡しろって言われても、ギガが残ってないのよね
※2Pacの伝説的ディストラック「Hit 'Em Up」を匂わせつつ、現代的な「スマホの通信量(data)がない」という言い訳にすり替える秀逸な言葉遊び。実際には通信量がないのではなく、「お前らのような雑魚にかまう(連絡を返す)ためのエネルギーも時間も無駄」という完璧な「あしらい」であり、Z世代特有のデジタル・スラングを用いた冷酷なディスである。
This year the 'Gram, next year gon' be the Fader
今年はインスタグラム、来年にはThe FADERの表紙を飾るわ
※「the 'Gram」はInstagramのこと。「The FADER」は気鋭のアーティストをピックアップすることで権威のある米国の音楽カルチャー誌。今はSNSでバズっているだけの存在かもしれないが、来年には一流の音楽誌で表紙を飾るアーティストへと成り上がるという野心の宣言。事実、彼女はこの数年後にTDEと契約し、XXL Freshman Classに選出され、見事にメインストリームの頂点へと駆け上がることになる。
Doechii gon' shit and y'all gon' eat
Doechiiがヤバいもんを落として、アンタらがそれに群がるの
※直訳すると「Doechiiがクソをして、お前らがそれを食う」という非常に下品で過激な表現だが、ヒップホップのスラングにおいて「shit」は「ヤバい作品・楽曲」を意味し、「eat」は「(音楽などを)消費する、享受する」ことを意味する。つまり「私が最高のアートを生み出し続け、お前らはそれを貪り食うだけのファン・消費者になる」という絶対的なクリエイターとしての優位性を暴力的に宣言したパンチライン。
Been a long week, motherfucker, don't speak
長い一週間だったんだわ、クソ野郎、もう黙ってな
