Artist: Michael Jackson
Album: Thriller
Song Title: Beat It
概要
1982年発表のアルバム『Thriller』から第3弾シングルとしてカットされ、マイケル・ジャクソンのキャリアにおいてロック・ミュージックとの歴史的融合を果たした金字塔的楽曲である。クインシー・ジョーンズから「ザ・ナックの『マイ・シャローナ』のようなロック曲を書いてほしい」と依頼されたマイケルが単独で作詞作曲を手掛けた。エディ・ヴァン・ヘイレンによる伝説的なギター・ソロがフィーチャーされ、白人のロック市場と黒人のR&B市場の壁を見事に打ち破った。歌詞のテーマは、当時のギャング文化における「マッチョイズム(男らしさの呪縛)」の否定と、無意味な暴力から「逃げる(Beat it)ことの勇気」である。ボブ・ジラルディ監督によるショートフィルムには、ロサンゼルスの本物の敵対ギャング(クリップスとブラッズ)が起用され、暴力ではなくダンスと音楽による融和というマイケルの平和主義的メッセージが強烈な視覚的インパクトとともに提示された。
和訳
[Verse 1]
They told him, "Don't you ever come around here
奴らは彼に言った、「二度とこの辺りに顔を出すな
※楽曲の冒頭から、危険なストリートの縄張り争い(ギャング抗争)のただ中へと聴き手を放り込む。三人称視点(him)で物語が始まることで、これはマイケル自身の個人的な体験ではなく、都市部で生きるあらゆる若者たちに向けた普遍的な寓話(ストリート・テイル)として機能している。
Don't wanna see your face, you better disappear"
お前のツラなんて見たくない、消え失せた方が身のためだぜ」
The fire's in their eyes and their words are really clear
奴らの瞳には火が灯り、その言葉は誰の耳にも明らかだ
So beat it, just beat it
だから逃げるんだ、ただ逃げ出せ
※タイトルでもある「Beat it」は、本来「失せろ」「とっとと消えろ」という相手を威嚇するスラングである。しかしマイケルはこれを「無意味な暴力から立ち去れ(逃げろ)」という平和主義的なメッセージへと見事に転化させている。「逃げること=臆病」ではなく「生き残るための勇気」であるという価値観の逆転である。
You better run, you better do what you can
走った方がいい、お前にできることをやるんだ
Don't wanna see no blood, don't be a macho man (Ooh)
血が流れるのなんて見たくない、マッチョな男を気取るな(Ooh)
※「マッチョマン(macho man)」。暴力で優位性を示そうとする有害な男らしさ(トキシック・マスカリニティ)に対する明確な否定。ストリートの掟に縛られた若者たちに対し、虚勢を張ることの愚かさを説いている。
You wanna be tough, better do what you can
タフでありたいなら、お前にできることをやるんだ
So beat it, but you wanna be bad
だから逃げるんだ、でもお前は「悪く(クールに)」ありたいんだよな
[Chorus]
Just beat it (Beat it), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated
誰だって打ち負かされたくはないさ
Showin' how funky and strong is your fight
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ
※「funky and strong」。暴力による強さではなく、リズム(音楽)や自制心を通じた精神的な強さを示すことへの昇華。ショートフィルムにおいて、ナイフでの決闘が最終的に集団でのダンス・バトルへと変貌する展開をまさに言語化している。
It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない
※イデオロギーや縄張り争いにおける「正義」の無意味さを突く一節。命を落とせば勝者も敗者も等しく無に帰すという、冷徹な現実を提示している。
[Post-Chorus]
Just beat it (Beat it), just beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、ただ逃げるんだ(逃げろ)
Just beat it (Beat it), just beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、ただ逃げるんだ(逃げろ)
Ooh
Ooh
[Verse 2]
They're out to get you, better leave while you can
奴らはお前を狙っている、動けるうちに立ち去った方がいい
Don't wanna be a boy, you wanna be a man
ただの「坊や」ではいたくない、お前は「一人前の男」になりたいんだろ
※不良グループやギャング社会における「男の証明(イニシエーション)」への同調圧力。無謀な暴力に飛び込むことで大人になろうとする若者の危うい心理を的確に捉えている。
You wanna stay alive, better do what you can
生きていたいなら、お前にできることをやるんだ
So beat it, just beat it (Ooh)
だから逃げるんだ、ただ逃げ出せ(Ooh)
You have to show them that you're really not scared (Ooh)
本当は怖がってなんかいないってことを、奴らに見せつけなきゃならない(Ooh)
You're playin' with your life, this ain't no truth or dare (Ooh)
お前は自分の命を弄んでいるんだ、これは「真実か挑戦か」なんてゲームじゃないんだぞ(Ooh)
※「truth or dare(真実か挑戦か)」。若者たちが度胸試しで行うパーティー・ゲーム。ストリートの抗争を単なるゲーム感覚で捉えている若者に対して、それが取り返しのつかない死の遊戯であることを警告している。
They'll kick you, then they'll beat you, then they'll tell you it's fair
奴らはお前を蹴り上げ、打ちのめし、そしてそれが「公平なルールだ」と嘯(うそぶ)くんだ
※暴力の連鎖とストリートの理不尽さを表現する容赦ない一節。重厚なシンセベースに乗せて歌われることで、暴力社会の圧倒的な理不尽さが際立っている。
So beat it, but you wanna be bad
だから逃げるんだ、でもお前は「悪く」ありたいんだよな
[Chorus]
Just beat it (Beat it), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated
誰だって打ち負かされたくはないさ
Showin' how funky and strong is your fight
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ
It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない
Just beat it (Beat it), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated
誰だって打ち負かされたくはないさ
Showin' how funky and strong is your fight
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ
It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない
[Bridge]
Just beat it
ただ逃げるんだ
Beat it
逃げろ
Beat it
逃げるんだ
Beat it
逃げろ
Beat it
逃げるんだ
[Guitar Solo]
[Guitar Solo]
[ギター・ソロ]
※ハードロック・バンド「ヴァン・ヘイレン」のギタリスト、エディ・ヴァン・ヘイレンによるポップミュージック史に残る伝説のギター・ソロ。マイケルからの直接の電話依頼に無償で応じた彼は、既存のバッキング・トラックを切り貼りして独自にアレンジを加え、この爆発的なソロを録音した。スタジオのモニタースピーカーが火を吹いたという逸話が残るほど熱量に満ちたこのプレイは、R&Bとハードロックの人種的・ジャンル的境界線を完全に消し去った歴史的瞬間である。
[Chorus]
Beat it (Beat it), beat it (Beat it)
逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated
誰だって打ち負かされたくはないさ
Showin' how funky and strong is your fight
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ
It doesn't matter who's wrong or right (Who's wrong, who's right)
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない(誰が間違っていて、誰が正しいか)
Just beat it (Beat it; hoo-hoo), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ;hoo-hoo)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated (No, no)
誰だって打ち負かされたくはないさ(No, no)
Showin' how funky and strong is your fight (Hee-hee, hee-hee-hee)
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ(Hee-hee, hee-hee-hee)
※緊張感みなぎるハードなビートの上に、マイケル特有の無邪気な「Hee-hee」というシャウトが重なる。暴力的な世界観の中でも彼自身のイノセンスやグルーヴ感が失われていないことを示し、エンターテインメントとしての高みを維持している。
It doesn't matter who's wrong or right
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない
Just beat it (Beat it), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated (Oh, no)
誰だって打ち負かされたくはないさ(Oh, no)
Showin' how funky and strong is your fight (Hoo-hoo, hee-hee)
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ(Hoo-hoo, hee-hee)
It doesn't matter who's wrong or right (Hoo)
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない(Hoo)
Just beat it (Beat it), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be defeated
誰だって打ち負かされたくはないさ
Showin' how funky and strong is your fight
お前の戦いがどれだけファンキーで強いかを見せつけるんだ
It doesn't matter who's wrong or right (Who's wrong, who's right)
誰が間違っていて、誰が正しいかなんて関係ない(誰が間違っていて、誰が正しいか)
Just beat it (Beat it; hoo-hoo), beat it (Beat it)
ただ逃げるんだ(逃げろ;hoo-hoo)、逃げるんだ(逃げろ)
No one wants to be—
誰だって打ち負かされたくは—
※フェイドアウトで断ち切られるアウトロ。暴力の連鎖には決して明確な終わりがないことを暗示するかのように、楽曲は永遠に続くビートの途中で幕を閉じる。人種の壁を壊し、非暴力のメッセージをロックンロールのダイナミズムで世界に叩きつけた、ポピュラー音楽における絶対的なマスターピースの終演である。
