Artist: Michael Jackson
Album: Music & Me
Song Title: Happy (Love Theme From ”Lady Sings The Blues”)
概要
1973年発表のサード・ソロ・アルバム『Music & Me』に収録された本作は、敬愛するダイアナ・ロスが伝説のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイを演じた1972年の伝記映画『ビリー・ホリデイ物語(Lady Sings the Blues)』の愛のテーマ曲のカバーである。フランスの巨匠ミシェル・ルグランが作曲し、モータウンの重鎮スモーキー・ロビンソンが作詞を手掛けたこの流麗なバラードを、当時14歳のマイケルは見事な感情移入で歌い上げている。「幸福(Happy)」と「悲しみ(Sadness)」を擬人化し、孤独な魂が救済される様を描いたポエティックな詞世界は、母や姉のように慕っていたダイアナへの純粋な敬愛と、過酷なショービジネスの中で彼が渇望した無条件の安らぎを投影しており、変声期の儚くも美しいボーカルが楽曲の神聖さを極限まで高めている歴史的名演である。
和訳
[Verse 1]
Sadness had been
悲しみはまるで
Close as my next of kin
僕の一番の肉親のように、いつもそばにいた
※スモーキー・ロビンソンによる「悲しみ(Sadness)」の秀逸な擬人化。「next of kin(最も血の繋がりの深い親族)」という表現は、幼少期から過酷な労働を強いられ、父親からの体罰やプレッシャーに晒されていたマイケルの実生活における「歪んだ家族関係」や「逃れられない孤独」の暗喩として、痛切なリアリティを帯びて響く。
Then happy came one day
でも、ある日「幸福」がやってきて
Chased my blues away
僕の憂鬱をすっかり追い払ってくれたんだ
[Chorus]
My life began when Happy smiled
「幸福」が微笑みかけてくれたとき、僕の本当の人生が始まった
Sweet like candy to a child
それは子供にとってのキャンディのように、甘く優しくて
※「子供にとってのキャンディ」という無垢な表現。後に「失われた子供時代」を取り戻そうとネバーランドを築き、子供たちとの純粋な交流に心の平穏を見出したマイケルにとって、無条件の愛や幸福は、まさにこの「キャンディ」が象徴する純真さの中に存在していた。
Stay here and love me just a while
ここにいて、もう少しだけ僕を愛してよ
Let sadness see what happy does
「幸福」がどれほど素晴らしいものか、「悲しみ」に見せつけてやるんだ
Let happy be where sadness was
「悲しみ」が居座っていた場所を、「幸福」で満たしてしまおう
[Verse 2]
Happy, that's you
「幸福」、それは君のことさ
You made my life brand new
君が僕の人生を全く新しいものにしてくれた
Lost as a little lamb was I
君が現れるまで
'Til you came in
僕は迷子になった子羊のようだったんだ
※「迷える子羊(lost lamb)」という聖書由来のモチーフ。神の導きを待つ無力な存在としての自己投影であるが、同時に、大人たちの巨大なビジネス・マシーンの中で自我を見失いかけていた14歳の天才少年の切実なSOSのようにも聴こえる。この曲が、絶対的な庇護者でありミューズであったダイアナ・ロス主演映画のテーマ曲であることを踏まえると、この「君(幸福)」はダイアナそのものを暗示しているとも解釈できる。
[Chorus]
My life began when Happy smiled
「幸福」が微笑みかけてくれたとき、僕の本当の人生が始まった
Sweet like candy to a child
それは子供にとってのキャンディのように、甘く優しくて
Stay here and love me just a while
ここにいて、もう少しだけ僕を愛してよ
Let sadness see what happy does
「幸福」がどれほど素晴らしいものか、「悲しみ」に見せつけてやるんだ
Let happy be where sadness was
「悲しみ」が居座っていた場所を、「幸福」で満たしてしまおう
('Til now)
(今の今までね)
[Verse 3]
Where have I been?
僕は今までどこにいたんだろう?
What lifetime was I in?
どんな人生を生きてきたんだろう?
※幸福を知ったことで、過去の闇の深さに愕然とする表現。スーパースターとしての輝かしい栄光の裏で、「自分が本当は誰のために、何のために生きているのか」というアイデンティティの喪失に苦しんでいたマイケルの内省的な問いかけと見事にシンクロしている。
Suspended between time and space
時間と空間の狭間で宙吊りにされたまま
Lonely until
ずっと孤独だったんだ、あの時までは
[Chorus]
Happy came smiling up at me
「幸福」が僕を見上げて微笑んでくれたから
Sadness had no choice but to flee
「悲しみ」は逃げ出すしかなかったんだ
I said a prayer so silently
僕は静かに祈りを捧げたよ
※マイケルのボーカルが最も感情的になるハイライト。単なるラブソングの域を超え、「祈り(prayer)」という言葉を通して、世界から悲しみを駆逐し、幸福(平和)で満たしたいという彼自身のメサイア(救世主)的コンプレックスや、後の『We Are The World』などに繋がる博愛主義的な精神の萌芽を確信させる。
Let sadness see what happy does
「幸福」がどれほど素晴らしいものか、「悲しみ」に見せつけてやるんだって
Let happy be where sadness was
「悲しみ」が居座っていた場所を、「幸福」で満たしてしまおう
'Til now
今の今までね
[Outro]
Happy
幸せさ
Yeah, yeah, happy
あぁ、本当に幸せなんだ
La-la-la la, la la la la
ラ・ラ・ラ…
Yeah, happy
そう、幸せさ
Ooh, happy
あぁ、幸せなんだ
La-la-la la, la la la la
ラ・ラ・ラ…
Happy
幸せさ
Oh, yeah, happy
あぁ、本当に幸せなんだ
La-la-la la, la la la la
ラ・ラ・ラ…
Happy
幸せさ
Ooh, happy
あぁ、幸せなんだ
La-la-la la, la la la la
ラ・ラ・ラ…
※ミシェル・ルグランの流麗なストリングスに溶け込むような、マイケルの美しいスキャットとハミング。言葉を超えた純粋な「幸福感」の表現であるが、どこか脆く、いつか壊れてしまうのではないかという儚さを帯びているのがマイケルのボーカルの真骨頂である。彼が生涯追い求めた「幻の幸福」の美しさが、このアウトロに永遠に封じ込められている。
