Artist: MF DOOM (feat. Kurious)
Album: Operation: Doomsday
Song Title: ?
概要
1999年にリリースされたMF DOOMの伝説的デビューアルバム『Operation: Doomsday』の終幕を飾る、極めてエモーショナルなマスターピースである。Isaac Hayesの1979年のメロウなR&B「A Few More Kisses to Go」を大胆にサンプリングしたビート上で、DOOMは旧友であるKurious Jorgeとマイクを交わす。本作の最大の特徴であり、ヒップホップ史においても最も涙を誘うハイライトと言えるのが、Verse 3である。それまでアメコミの「スーパーヴィラン」としてのペルソナを頑なに守ってきたDOOMが、この最終ヴァースにおいてのみ仮面を脱ぎ捨て、1993年に不慮の事故で亡くなった最愛の実弟でありKMDのパートナーだったDJ Subrocへの深い愛情と喪失感を、一人の兄(Daniel Dumile)として生々しく吐露しているのだ。「双子のようにすべてを共にした」と亡き弟に語りかけ、「計画通りに進んでいるぜ」と誓う結末は、絶望から這い上がった男の悲劇と再生のドキュメントとして、聴く者の心を強く打ち据える。
和訳
[Intro: Dr. Doom]
My servants began to forge what was to become
従者たちは鍛造し始めた、後にこうなるものを
The most dreaded costume on the face of the earth
地球上で最も恐れられるコスチュームにな
The last thing to fit was the mask
最後に合わせたのはマスクだった
Would it conform to my twisted features in comfort?
この歪んだ顔に、快適にフィットするだろうか?
※1967年のアニメ『ファンタスティック・フォー』からのサンプリング。ドクター・ドゥームが鉄仮面を被り、悪の道へ進む決意の独白。KMD時代の挫折と弟の死という悲劇によって心が歪んでしまったダニエル・ドゥーミレイが、「MF DOOM」というヴィランのペルソナを装着する心理と完全に重なり合っている。
[Verse 1: MF DOOM]
He cleans his metal mask with gasoline, they after him
ヤツはガソリンでメタルマスクを磨く、連中がヤツを追ってるからな
※「彼(He)」と三人称で自身のことを語る。ガソリンでマスクを磨くというのは、引火性の高い危険な生き方(Gas Drawls)の比喩であり、常に警察や敵から追われる立場であるヴィランの日常を示している。
Last seen pullin' chicks like a fiend pull a fast one
最後に目撃された時、ヤツはヤク中が人を騙すように、女たちを引っかけてたぜ
※「pull a fast one」は騙す、欺くこと。「fiend」は麻薬中毒者。巧妙な手口で女性(あるいは業界)を手玉に取る悪党の姿。
Can't put shit past him
ヤツの目を盗んでコトを起こすなんて無理だ
Got niggas on his own team mad enough to blast him
自分のチームのヤツらでさえ、ヤツをブチ殺したくなるほど怒らせてる
※ヴィラン特有の傍若無人なエゴイズムにより、味方のクルー(Monsta Island Czarsなど)からすら反感を買うというリアルな描写。
Retarded in real life, on the mic Rain Man
現実世界じゃイカれてるが、マイクを握りゃ「レインマン」さ
※ダスティン・ホフマン主演の映画『レインマン(1988年)』の引用。重度の自閉症だが天才的な記憶力と計算能力を持つ主人公レイモンドのように、日常では社会不適合者(retarded)であっても、ラップにおいては常人離れした天才的スキルを発揮するという自己評価。
Stand close to his main man like a chain gang
チェーンギャングみたいに、自分のダチのすぐそばに立つんだ
※「chain gang」は鎖で互いに繋がれた囚人服役囚。仲間との強い絆、あるいは逃れられないストリートの過酷な運命の共有。
Who give a fuck about who or their fancy crew
どこの誰だろうが、そいつらのイケてるクルーだろうが、知ったこっちゃねえ
That's no mystery, like Hardy Boys do with Nancy Drew
謎(ミステリー)なんてねえよ、「ハーディ・ボーイズ」と「ナンシー・ドリュー」がヤるのと同じさ
※『The Hardy Boys』と『Nancy Drew』は共にアメリカの有名な少年少女向けの推理小説シリーズで、両者がクロスオーバーした作品もある。探偵(mystery)に関連するワードプレイに、露骨な性的なメタファーを交えている。
Saw her with her drawers down — caught her
あの女がパンツ(ドロワーズ)を下ろしてるのを見た — 捕まえたぜ
The extorter brings slaughter like, "Well, I oughta"
恐喝者(エクストーター)は、「まぁ、やらなきゃな」って感じで大虐殺(スローター)を引き起こすんだ
I suggest you hand over the formula, 'dullah
その方程式(フォーミュラ)を大人しく渡すことだな、アブドゥラよ
※「formula」はドラッグのレシピ、または完璧なラップの秘訣。「'dullah」はアラビア語系の名前(Abdullahなど)の略称であり、5% Nation的な文脈での黒人同胞への呼びかけ。
A villain in your land, in his land, a ruler
お前らの国じゃ悪党(ヴィラン)だが、ヤツの国じゃ支配者(ルーラー)なのさ
※メインストリームのヒップホップ業界では忌み嫌われる厄介な悪役であっても、アンダーグラウンド(あるいは彼自身の構築した音楽的宇宙)においては絶対的な王であるという強烈な自負。
Hard hittin' like puffin' a woolah with Lieutenant Uhura
ウフーラ大尉と一緒に「ウーラ」を吸うくらい、強烈にキマるぜ
※「woolah(ウーラ)」はマリファナとクラックを混ぜた極悪なジョイント(または極太のブラント)を指すスラング。「Lieutenant Uhura」はSFドラマ『スタートレック』の黒人女性通信士ウフーラ。強烈なドラッグ体験とSF的な妄想をブレンドしたDOOM節。
Every day feel like it's an off day with Ferris Bueller
毎日が「フェリス・ビューラー」の休日みたいに感じるぜ
※1986年の大ヒットコメディ映画『フェリスはある朝突然に(Ferris Bueller's Day Off)』の主人公フェリスの引用。学校のルールを無視して遊び回る彼のように、社会の枠組みから完全に逸脱して自由に(悪党として)生きていることの比喩。
Brother pull heat to prove they not sweet
ブラザーたちは自分が甘くない(弱くない)って証明するために、チャカ(heat)を抜く
No matter how you spell it, we still got beats
お前らがどう綴ろうが、俺たちにはまだビートがある
※ストリートの連中が暴力(銃)で強さを証明しようとするのに対し、俺たちは純粋なヒップホップの要素である「音楽(beats)」で圧倒するという宣言。
So check the...
だから、チェックしな…
[Verse 2: Kurious & MF DOOM]
Don't question how we live, question what we give
俺たちの生き方に疑問を持つな、俺たちが何を与えるかを問え
※ここからKMD時代からの盟友であり、ラテン系ヒップホップのパイオニアであるKurious Jorgeのヴァース。
Take it to the next, leave 'em where they can't see me
次の次元へ連れて行く、連中の見えない所に置き去りにしてな
Still they judge, but they be butt ass
それでも連中はジャッジしてくるが、あいつらはクソ(バット・アス)だ
Twist that wig like a Muppet, keep it simple, can't trust it
マペットみたいにカツラをねじり(頭をカチ割り)、シンプルにやるんだ。誰も信用できねえ
※「Twist that wig(カツラをねじる)」は頭をかち割る、殺すという強盗系のストリートスラング(同アルバムの「Red and Gold」でも多用されている)。
Light's the fuel, mic is the tool
光が燃料で、マイクが道具だ
Drink Jack, kick back, drop jewel
ジャックダニエルを飲み、リラックスして、宝石(真理)を落とす
Finish what I start, mastered the art
始めたことは最後までやり遂げ、アートを極めた
Livin' hell, can't explain it, inhale, confuse it more
生き地獄さ、説明できねえ。煙を吸い込んで、さらに混乱させる
Cop the .44, contemplate, meditate, dictate
44口径を手に入れ、熟考し、瞑想し、命令を下す
I direct my direct fate, comin' of late
俺自身のダイレクトな運命を俺が導く、最近になってな
Kurious.. can I say, "Shit?"
キュリアス…「クソ」って言ってもいいか?
※Kurious自身の名乗りと、DOOMへの語りかけ。
Do it for Kadi Rock, do it for K.Nit
カディ・ロックのためにやる、K.Nitのためにやるんだ
※Kadi RockやK.Nitは、亡くなった仲間やストリートの近しい人物へのシャウトアウト。
(R.I.P.) K-N-I-T, Sub-R-O-C
(安らかに眠れ)K-N-I-T、そしてサブ・R-O-C
※ここでDOOMの弟でありKMDのメンバーだったDJ Subrocの名前が呼ばれる。曲は徐々に核心へと迫っていく。
(Eternally for M-I-C) Only we save we
(M-I-Cに永遠の愛を)俺たちを救えるのは俺たちだけだ
※「M-I-C」はDOOMらが結成した「Monsta Island Czars」。外部の人間や神にすがるのではなく、自分たちの力で生き抜くという強い絆の宣言。
[Interlude: MF DOOM]
Yeah, this ain’t that rage in public (word up)
あぁ、これは公衆の面前でのブチギレ(レイジ)なんかじゃねえ(間違いない)
Or ya put motherfuckers get schooled, slammed on sight
それとも、クソ野郎どもが教育(スクール)され、見つけ次第叩きつけられるってことか
[Verse 3: MF DOOM]
By candlelight, my hand'll write these rhymes 'til I'm burnt out
蝋燭の明かりの下、俺の手は燃え尽きるまでこのライムを書き続ける
※ここからヒップホップ史に残る伝説のVerse 3。KMD解散後、ホームレス同然の極貧生活の中、電気も通っていない場所で蝋燭の光を頼りにリリックを書き続けていたDOOMのリアルで悲痛な情景。
Mostly from experience, shit that I learned about
ほとんどは俺の経験、俺が学んできたクソみたいな現実からさ
Topics and views generally concerned about
トピックや視点は、だいたい皆が気にしてることと同じだ
With different ways to come up and earn clout
なり上がって、影響力(クラウト)を稼ぐための色々な方法ってやつな
I take a look at my life and pace the trails
俺は自分の人生を見つめ直し、これまでの足跡をたどってみる
From Tablik and savage females with fake nails to face veils
「タブリク」や、付け爪をした野蛮な女たちから、顔を覆うヴェールに至るまでな
※「Tablik(Tablighi Jamaat)」はイスラム教の宣教運動のこと。野蛮で派手なストリートの女たちから、イスラム教に帰依してニカブ(ヴェール)で顔を隠す女性まで、ゲットーの多様な人々の生き様と自身の宗教的探求を振り返っている。
You out your frame for still bagging 'em, too
お前は今でもあいつら(女たち)をモノにしてるなんて、常軌を逸してるぜ
※ここから突然、リリックの宛先が「亡き弟・Subroc」への直接の語りかけへとシフトする。天国にいる弟に「お前はあっちでも女をナンパしてるのか」と冗談めかして語りかける愛情深いライン。
You know I know, these hoes be asking me if I'm you
俺も知ってるってお前は分かってるだろ、ビッチどもが俺に向かって「あなたは彼(弟)?」って聞いてくることをさ
※ダニエル(DOOM)とディンギルズ(Subroc)は実の兄弟であり、顔も背格好も非常に似ていた。弟の死後、昔の知り合いやストリートの女性たちが、DOOMの顔を見て思わずSubrocと間違えるという、残酷で切ないエピソード。
Like my twin brother, we did everything together
まるで双子の兄弟みたいに、俺たちは何をするにも一緒だったな
※正確にはSubrocが2歳年下だが、2人は双子のように強い絆で結ばれていた。このラインから、ヴィランの仮面の奥にあるダニエルの生々しい感情が痛いほど伝わってくる。
From hundred raka'at salats to copping butter leathers
100回のラカート(礼拝)から、極上のレザー・ジャケットを手に入れることまでな
※「raka'at」はイスラム教の礼拝の動作の単位。「salat」は祈り。彼らがヌワウピアン(Nuwaubian Nation)やイスラム系の信仰を共有し、共にストリートのファッション(butter leathers)を楽しんでいた輝かしい青春時代。
Remember when you went and got the dark blue Ballys?
お前がダークブルーの「バリー」の靴を買いに行った時のことを覚えてるか?
I had all the different color Cazals and Gazelles
俺はあらゆる色の「カザール」のサングラスと「ガゼル」のスニーカーを持ってた
※Ballyの靴、Cazalのサングラス、adidasのGazelleは、80〜90年代のBボーイ・ファッションの象徴。兄弟でファッションを競い合っていた平和な記憶。
The "SUBROC" three-finger ring with the ruby in the "O", akh
"O"の文字にルビーが入った、「SUBROC」の3本指リング(スリーフィンガー・リング)だろ、兄弟(アク)
※「akh」はアラビア語の「兄弟」。Subrocが愛用していた特注の巨大なゴールドリングのデザインを、細部まで鮮明に記憶している。DOOMの消えることのない深い喪失感。
Truly the illest dynamic duo on the whole block
間違いなく、ブロック全体で最もヤバい(イルな)ダイナミック・デュオだったぜ
※バットマン&ロビンをも凌ぐ、KMDとしての最高で最強の兄弟コンビへの揺るぎない誇り。
I keep a flick of you with the machete sword in your hand
お前がマチェーテ(山刀)を握りしめてる写真(フリック)、俺はずっと持ってるよ
※KMDのプロモーション写真やプライベートショットのこと。若くして散った弟のタフな勇姿を、ヴィランになってもずっと懐に抱き続けている。
Everything is going according to plan, man
すべては計画通りに進んでるぜ、なぁ
※弟がいなくなった今でも、俺たち2人が描いた計画(世界を征服するというヴィランの野望、あるいはヒップホップでの真の成功)は、俺が一人で確実に遂行しているという、Subrocへの報告と誓い。アルバムのラストを飾るにふさわしい、ヒップホップ史屈指の号泣パンチラインである。
[Outro: Dr. Doom]
And now I seek revenge on the one who forced me to hide behind this mask
そして今、俺はこのマスクの後ろに隠れることを強いたヤツに復讐を果たすのだ
※エモーショナルなVerse 3から一転、再び『ファンタスティック・フォー』のサンプリングに戻り、ダニエル・ドゥーミレイの顔を隠し、スーパーヴィランのペルソナを再装着する。
Don't move, you fools!
動くな、愚か者ども!
Within my gauntlet is concealed a most effective weapon!
俺のガントレットの中には、最も効果的な武器が隠されている!
[Laugh Track]
[笑い声]
Why are you smiling?
なぜ笑っている?
[Sample]
You see!
ほら見ろ!
[Commissioner Robbins]
Now!
今だ!
[Explosion]
[爆発音]
[Commissioner Robbins]
That's the end of Doom
これでドゥームの終わりだ
[Reed]
I only wish we could be certain of that commissioner
そう確信できればいいのですが、長官
※リード・リチャーズ(ミスター・ファンタスティック)の懸念。ドゥームは決して死んでおらず、必ずまた復讐に戻ってくるという見事な余韻。
[Thing]
Oh, yeah? I bet you we won't see him again until Doomsday[Laughs]
おや、そうかい? ドゥームズデイ(最後の審判の日)まで、ヤツに会うことはないだろうぜ [笑い]
Get it? Doom-Doomsday!
分かるか? ドゥームとドゥームズデイだよ!
Yeah, we get it. Oh Brother!
ああ、分かってるよ。やれやれ!
[Laughs]
[笑い]
※ザ・シング(Thing)のつまらないダジャレで締めくくられる。この「Doomsday」という言葉が、アルバムタイトル『Operation: Doomsday』と掛かっており、MF DOOMという一人の男の壮大な復讐劇の幕引きを完璧に演出している。
