Artist: MF DOOM
Album: Operation: Doomsday
Song Title: Dead Bent
概要
MF DOOMの伝説的なデビューアルバム『Operation: Doomsday』に収録された本作は、ヒップホップ史における重要文化財である。なぜなら、1997年にインディーレーベル「Fondle 'Em Records」から12インチシングルとしてリリースされた、MF DOOM名義での記念すべき初楽曲(「Gas Drawls」「Hey!」と共に収録)だからだ。KMDのZev Love Xとしてシーンから追放され、弟の死と極貧生活を経験したDaniel Dumileが、数年の潜伏期間を経て「鉄仮面を被ったスーパーヴィラン」として復活を遂げた最初の雄叫びである。タイトルの「Dead Bent」は「完全に一文無し(Dead Broke)」と「何かに狂気的に執着・決意している(Bent/Dead Set)」状態を掛けたダブルミーニングだ。Isaac Hayesの「Walk On By」を彷彿とさせるストリングスや、Sunの1978年の楽曲「Sun Is Here」のボーカルを大胆にサンプリングしたローファイなビート上で、自身のどん底の経験を「世界征服のための実験」と位置づけ、最後の1セントまで音楽に注ぎ込んだヴィランの狂気とユーモアを、緻密なライミングとアメコミ的なストーリーテリングでスピットしている。
和訳
[Intro]
Goddamn it
クソッ
Super-motherfucking-villain, goddamn it
スーパー・マザーファッキン・ヴィランだぜ、クソッ
About to get these millions, stack this shit
この数百万ドル(ミリオンズ)を手に入れて、札束を積み上げてやる
Yo, his dip tried to tell him
ヨォ、ヤツの女(ディップ)がヤツに伝えようとしたんだ
"Ooh, you're like the sun, chasing all of the rain away
「あぁ、あなたは太陽みたい。すべての雨を追い払ってくれる
When you come around, you bring brighter days"
あなたがやって来ると、もっと明るい日々をもたらしてくれるの」
She told him, "You're the perfect one
彼女は彼に言った。「あなたは完璧な人
For me and you forever will be" (Microphone check, one, two, one two, one, two)
私にとって。そしてこれからもずっとそうよ」(マイクチェック、ワン、ツー、ワンツー、ワン、ツー)
※ファンクバンド「Sun」の1978年の楽曲「Sun Is Here」のボーカルをサンプリング。女性(あるいは擬人化されたヒップホップ/マイク)からの甘い愛の言葉に対し、DOOMはロマンチックに返すのではなく、無骨なマイクチェックで応じる。
He told her, "I will rock this microphone always"
彼は彼女に言った、「俺はいつだって、このマイクをロックし続けるぜ」
[Verse]
I hold the mic like niggas hold their girls tight
野郎どもが自分の女をキツく抱きしめるように、俺はマイクを強く握りしめる
But I ain't after her, probably your Acura, pearl white
だが俺が狙ってるのはお前の女じゃねえ、おそらくお前のアキュラのパールホワイトさ
※「Acura」はホンダの高級車ブランド。90年代のハスラーたちにとって成功の象徴の一つ。他人の女には興味がなく、お前の富(車)を強奪するというヴィラン的、あるいはゲットー・ハスラー的なメンタリティ。
The hooker? Nah, as many times as I done hit it
あの娼婦か? いや、俺が「ヤッた(ヒット・イット)」回数と同じくらいさ
To be specific, more times than dimes in a briznick
具体的に言えば、一つの「ブリズニック」に入ってる「ダイム」の数よりも多くな
※「briznick」は「brick(1キロのコカインの塊)」を指すスラング。「dimes」は10ドル分のドラッグの小袋(dime bag)、または「極上のイイ女(10点満点)」のこと。1キロのコカインから取れる無数の小袋の数以上に、女を抱いてきた(あるいはマイクを握ってヒット曲を生み出してきた)という強烈な比喩表現。
When you broke north, I crashed the barbecue like Riddick
お前が北へ逃げた時、俺はリディックみたいにバーベキュー(パーティ)をぶち壊したぜ
At the Garden, true
マディソン・スクエア・ガーデンでな。マジな話さ
※1996年7月にマディソン・スクエア・ガーデンで行われたプロボクシングのヘビー級マッチ「リディック・ボウ対アンドリュー・ゴロタ戦」の引用。ゴロタの反則(ローブロー)により、両陣営や観客を巻き込む大暴動(crashed the barbecue=台無しにする)へと発展した有名な事件を、自分のラップの破壊力に例えている。
That's the god in me, pardon you
それが俺の中の神さ。失礼したな
※「god」はファイブ・パーセント・ネーションの教義における、黒人男性自身の内に宿る神性。
Jeepers
おやまぁ(ジーパース)
I was tore back, the ho gained access to my beeper
俺は泥酔(トア・バック)してて、そのビッチが俺のポケベル(ビーパー)にアクセスしやがった
Called back my secretary gatekeeper
俺の門番(ゲートキーパー)をしてる秘書に電話を折り返しやがったんだ
Like I ain't peep her, I said, "Darling, you was stupid though
俺が気付いてない(ピープしてない)とでも思ったか。俺は言ってやった「ダーリン、お前はバカだったな
You know the supervillain (He is a super), ho"
俺がスーパーヴィラン(ヤツは最強だ)だってこと、知ってるだろ、ビッチ」
I had this style ever since I was a child
俺はガキの頃からこのスタイルを持ってた
I got this other style I ain't flip in a while
しばらく見せてない(フリップしてない)別のスタイルも持ってるぜ
It goes, pure scientific intelligence
純粋な科学的知性(インテリジェンス)ってやつさ
With one point of relevance
たった一つの関連性を提示しよう
MCs whose styles need Velamints
スタイルに「ヴェラミンツ」が必要なMCどもにな
※「Velamints」はミントタブレットのブランド名。口が臭い(=ラップがワックで下手くそな)MCどもには、俺の科学的なライムと息をリフレッシュするミントが必要だという秀逸なディス。
And once the smoke clear, tell 'em it's
そして煙が晴れたら、ヤツらに教えてやれ
The super-motherfucking-villain, nigga came through raw like the elements
スーパー・マザーファッキン・ヴィランが、元素(エレメンツ)のように純度100%(ロウ)でやって来たってな
All ninety-nine, plus one of them
全99個、それにプラス1個の元素をな
※自然界に存在する約100種類の「元素(elements)」にかけて、自分のラップスキルが科学的に完璧で、不純物のない純粋な「Hip Hop Elements」であることを誇示している。
And with a flow to pull a fraud nigga file from out in front of him
詐欺師野郎のファイルを、ヤツの目の前で抜き取るようなフロウと共にな
When we with y'all, we had tons of fun
俺たちがお前らと一緒にいた時、死ぬほど楽しかったぜ
Me and my duns and them
俺と、俺のダチ(ダンズ)や仲間たちとな
※「duns」はニューヨーク特有のスラングで「親友、兄弟」のこと。Mobb Deepなどが多用したことで知られる。
Actual true and living sons of them
あいつらの、正真正銘の生きた息子たちさ
Dead planets and god-U's
死んだ惑星たちと、神と宇宙(god-U's)
※ファイブ・パーセント・ネーションの教義における宇宙観の引用。「死んだ惑星」は真理を知らず、他人の光を反射するだけの大衆(85%)。「god-U's」は「God and Universe(神と宇宙)」であり、真理を悟り世界を創造する自分たち(5%)を対比させている。
Throwing divine rules to come through, we will over charge you's
神聖なルール(真理)を説きながらも、俺たちはお前らに法外な値段(オーバーチャージ)を吹っ掛けるぜ
※宗教的・哲学的な真理を説く崇高な存在でありながら、同時にストリートの資本主義において金を搾り取る(ぼったくる)悪党でもあるという、スーパーヴィランの自己矛盾を孕んだ強烈なユーモア。
Ooh, and won't feel remorse for shit
オゥ、それにどんな悪事を働こうが、良心の呵責(リモース)なんて微塵も感じねえよ
Except for one time, once I had took my fronts out and lost them shits (Damn)
たった一度の例外を除いてな。一度だけ、金歯(フロント)を外して、そいつを無くしちまった時さ(クソッ)
※冷酷なヴィランが唯一後悔したのは、自分のトレードマークである高価なグリル(金歯)を紛失した時だけだというコミカルなパンチライン。DOOMの人間臭さが垣間見える名ラインだ。
Scientific, going berserk like Red Alert
科学的だ。レッド・アラートみたいに狂暴(ベルセルク)になるぜ
※「Red Alert」はニューヨークの伝説的なヒップホップDJ、Kool DJ Red Alertのこと。彼の熱狂的なDJプレイのように暴れ回る(going berserk)、あるいは「赤色警報」が鳴り響くほどの危険な存在であるというダブルミーニング。
I really went to pick up wiznork for cheddar dirt
俺はマジで、金(チェダー・ダート)のためにシノギ(ウィズノーク)に出かけたんだ
※「wiznork」は「work(シノギ、ドラッグの密売や非合法な仕事)」をもじったスラング。「cheddar」は金。極貧生活から抜け出すため、ストリートの裏稼業で日銭を稼いでいた過去の告白。
To fund these experiments is where I went
この実験(エクスペリメント)の資金を調達するために、俺はそこへ行ったのさ
Obviously dead bent and spent every red cent
明らかに一文無し(デッド・ベント)で、最後の1セント銅貨(レッド・セント)まで使い果たした
※本楽曲の核心部分。タイトル「Dead Bent」の回収。弟を失い、業界から捨てられたどん底(dead bent)の時代。稼いだ僅かな現金をすべて機材やレコード(実験の資金)に注ぎ込み、借金まみれになりながらも、再びシーンへ復讐するための音楽(スーパーヴィランとしての復活)を作り上げたDOOMの狂気的な執念が刻まれている。
To rule you and still drop more jewels than schools do
お前らを支配し、それでも学校よりも多くの宝石(真理)を落とすためにな
※「drop jewels」はヒップホップ・スラングで「価値ある知識や真実を教えること」。教育機関(学校)よりも、自分のヴィランとしてのラップの方がリアルなストリートの真実を教えられるという自負。
Or even TV news that's designed to fool you (Who?)
あるいは、お前らを騙すために作られたテレビのニュースよりもな(誰を?)
Yeah, you, who hear the most grimy suggestions
あぁ、お前だよ。最も薄汚い(グライミーな)提案を耳にするヤツら
From brothers with fly names and ID questions
イカした名前と、身元を怪しむような質問をしてくるブラザーたちからな
That's a secret like Victoria teddy sets that's edible
そいつは秘密だ。食べられる「ヴィクトリア・テディ・セット」みたいにな
※有名ランジェリーブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」のテディ(セクシーな下着)と、ジョークグッズの「食べられる下着(Edible underwear)」を掛けたエロティックな言葉遊び。ブランド名の「シークレット」に掛かっている。
Duns not ready yet for the incredible
ダチ(ダンズ)はまだ、このインクレディブル(信じられない事態)への準備ができてねえ
Team of MCs who broke all fakes who thought they were slaughter-proof
自分が殺されない(スローター・プルーフ)と思い込んでたフェイク野郎どもを、全員ぶち壊したMCたちのチームにな
Stomping through like North Face waterproof
ノースフェイスの防水ブーツみたいに、踏み潰して進むんだ
※90年代のニューヨークの冬のストリートにおいて、ザ・ノース・フェイスの防水ブーツやダウンジャケットはBボーイたちの必須アイテム(ユニフォーム)だった。そのタフなブーツで、軟弱なラッパーたちをストンピング(踏みつけ)して歩くというギャングスタ的な比喩。
Tat-tat, that's the end of that
タッ・タッ、これでおしまいさ
※銃撃の擬音、あるいはタイプライターで台本を打ち終える音。
After, hit the bar where baby girl bartender at
その後は、ベイビーガールのバーテンダーがいるバーに行くぜ
I told her, "More wine," mingling with no single mentions of
俺は彼女に「ワインをもう一杯」と言い、あることについては一言も触れずに談笑するんだ
Stay tuned for more spine tingling adventures of—
『背筋の凍るような冒険の続きは、また次回—』
※昔のラジオドラマや、アメコミのアニメのエンディングで必ず流れるクリフハンガー(次週への引き)の決まり文句。自身のリアルなストリートの経験と、コミックの悪役としてのフィクションの境界線を完全に曖昧にしたまま、聴衆を次なる物語(アルバムの続き)へと誘う、MF DOOMという天才的なコンセプチュアル・アーティストの真骨頂である。
