Artist: MF DOOM
Album: Operation: Doomsday
Song Title: The Time We Faced Doom (Skit)
概要
MF DOOMのデビューアルバム『Operation: Doomsday』(1999年)の序盤に配置された本スキットは、悲劇のラッパーZev Love Xから「鉄仮面のスーパーヴィラン」へと転生するDOOMのオリジン・ストーリーを補完する極めて重要なトラックである。構成は大きく3部に分かれている。前半は1983年のクラシック・ヒップホップ映画『ワイルド・スタイル』からの音源を使用。「メディアに顔を出すことのリスクと名声」について語る劇中の会話を通じて、弟Subrocの死とレコード会社からの非道な契約打ち切りにより業界に絶望し、仮面を被ることを決意したDOOM自身のスタンスを隠喩している。後半は1967年のアニメ版『ファンタスティック・フォー』の音源をコラージュし、世界への復讐を企むドクター・ドゥームのセリフを通じて、商業至上主義の音楽業界に対する個人的な報復、すなわち「ドゥームズデイ作戦(Operation: Doomsday)」の幕開けを高らかに宣言している。単なるインタールードを超えた、緻密な文脈とサンプリング・アートの極致である。
和訳
[Part I: Wild Style]
[Fab 5 Freddy as Phade]
When this reporter babe get here
あの記者のネエチャンがここに着いたらよ
※1983年のヒップホップ映画『ワイルド・スタイル』からのサンプリング。Fab 5 Freddy演じるPhadeのセリフ。ヒップホップカルチャーを物珍しさで取材しに来た白人記者を指している。
She gon' be on our tip, man
絶対に俺らに夢中になるぜ、なぁ
※「be on our tip」は「俺たちに魅了される、俺たちに注目する」というヒップホップ・スラング。メディアがアンダーグラウンドの才能を食い物にしようと近づいてくる様子を示唆している。
You know she gon' wanna write about me and my man here
俺や、ここにいる俺のダチのことについて記事を書きたがるに決まってる
※「my man」はグラフィティライターの主人公Zoro(Lee Quiñones)を指す。
All kind of long articles and stuff
長ったらしい特集記事とかなんとか、色々と書き立てるのさ
※メディアがアーティストを大々的に取り上げる「パブリシティ(宣伝)」の力を語っているが、DOOMにとってはKMD時代にElektra Recordsから受けた「業界の掌返し」の記憶と重なる皮肉なセリフとして機能している。
[Robot]
Flash Message Top Secret Ultra
至急報、最高機密ウルトラ
※『ワイルド・スタイル』の会話の裏で、不気味なロボット音声がスパイの暗号通信のように挿入される。DOOMのヴィランとしての計画が水面下で進行していることを演出するギミックである。
[Zephyr as Z-Roc]
Yeah, and when she does, and she puts his picture in the paper
ああ、それで彼女がこいつの写真を新聞に載せたら
※Z-Roc(Zephyr)がメディア露出の危険性を指摘する。
That's gonna be the end, secret exposed
それで終わりだ、秘密はバレちまう
※グラフィティライターにとって顔バレは逮捕を意味するが、このセリフは「素顔を隠す」MF DOOMの美学(顔や外見ではなく音楽そのもので評価されるべきというスタンス)の根幹を代弁している。
His face, for everyone to see man, that's the wack, you know
こいつの顔を誰もが見れるようになるんだぜ、それって超ダセえだろ
※「wack(ダサい、最悪)」。DOOMは生前「顔や外見で音楽を売る現代の業界はwackだ」と公言しており、このサンプリングは彼のマニフェストそのものである。
[Robot]
Ears Only
閲覧制限:音声のみ
※軍事用語の「Eyes Only(極秘/指定者のみ閲覧可)」をもじったもの。DOOMの音楽は「視覚(顔)」ではなく「聴覚(耳)」のみで評価せよという強烈なダブルミーニングとなっている。
[Fab 5 Freddy as Phade]
Yo, man, what the fuck you talkin' 'bout, man?
おい、お前マジで何言ってんだよ?
※PhadeがZ-Rocの慎重論を一蹴する。
This is gon' get my man big fame, man, cash money too
これでおれのダチは大物になれるんだぜ、もちろん大金だってな
※レコード会社やA&Rがアーティストを甘い言葉で誘惑する際の典型的な常套句。KMD時代に業界の裏側を見たDOOMにとっては、まさに悪魔の囁きである。
[Robot]
Arrange Temporary Transfer This Agency
当機関への一時移送を手配せよ
※DOOMを秘密結社(またはヴィランのアジト)へ配置転換するよう指示するような暗号。
[Lee Quiñones as Raymond "Zoro"]
Yo, but what about money? Yeah
なぁ、でもギャラはどうなんだ? ああ
※主人公Zoro(Lee)のセリフ。ストリートのアーティストにとって最も切実な疑問。
If I do this interview, will, you know, will I get paid for it?
もし俺がこのインタビューを受けたら、その、ちゃんと金は貰えるのか?
※芸術性と商業主義の間で揺れるアーティストの葛藤。DOOM自身がインディペンデントで活動していく上での「搾取されないか」という業界への深い警戒心を反映している。
[Robot]
Metal Face DOOM
メタル・フェイス・ドゥーム
※ここで初めてロボット音声がDOOMの名前を宣言する。搾取構造に対するアンチテーゼとして、ついに「Metal Face DOOM」が誕生した瞬間を暗示している。
[Fab 5 Freddy as Phade]
Hell yeah, man! You gon' get G money--!
当たり前だろ! 莫大な金が手に入るぜ--!
※「G money」は1,000ドル(Grand)単位の大金のこと。安易に大金を約束する業界人のメタファー。
[Robot]
Your Concurrence in the Above Is Assumed
上記への同意を前提とする
※契約書に強引にサインさせるかのような非情で機械的な響き。アーティストに選択の余地を与えない巨大産業の冷酷さを示している。
[Zephyr as Z-Roc]
Yo, where do you get your information from? "He's gonna get paid"?
おい、お前どっからそんな情報仕入れてきたんだよ?「金が貰える」だぁ?
※Z-Rocの現実的な反論。
You don't get paid for an interview and shit
インタビューなんかで金が貰えるわけねえだろ
※音楽業界の残酷な現実。プロモーションという名目でアーティストをタダ働きさせるシステムへの痛烈な批判。
You don't get paid for that
そんなもんでギャラは出ねえんだよ
※同上。
Yeah, he'll come out in it–but he's not gonna get money
ああ、記事には載るだろうさ、だがこいつに金は一銭も入らねえ
※DOOMの亡き弟Subrocが所属していたKMDが、セカンドアルバム『Black Bastards』の黒人を描写した過激なジャケットを理由にElektraから理不尽に契約を切られ、報酬も正当に得られなかった過去のトラウマを強烈に呼び起こす一節。
[Robot]
Notify MF, KMD, GYP, CM
MF、KMD、GYP、CMへ通達せよ
※DOOMの歴史と深く関わる重要クルー名の羅列。「MF」はMetal Face/Metal Fingers(または盟友MF Grimm等のファミリー)。「KMD」はDOOMのルーツである兄弟グループ。「GYP」はGet Yours Posse(KMDの周辺クルー)。「CM」はConstipated Monkeys(Kuriousなどが所属したKMDの関連クルー)。過去の仲間たちへ「復讐の作戦開始」を告げるシグナルである。
Effective Immediately
即時発効とする
※作戦開始の合図。
[Lee Quiñones as Raymond "Zoro"]
Yeah, but that's true, what he said, man
ああ、でもこいつの言う通りだぜ、なぁ
※ZoroがZ-Rocの意見に同意する。
I don't–I don't want my picture in the papers, man
俺は…新聞に自分の顔写真なんて載せたくねえんだ
※Reddit等でも度々言及されるが、この一言こそが「なぜMF DOOMはマスクを被ったのか」という問いに対する究極のアンサーである。顔を売り物にせず純粋にアートで勝負するという、Zev Love Xからの決別と固い決意の表明。
[Fab 5 Freddy as Phade]
Look, man, I know how the publicity machine works
いいか、俺はこの宣伝マシーンがどう動くか知ってんだよ
※「publicity machine(宣伝機械)」。アーティストを単なる商品として消費し利益を生み出す、巨大な音楽産業のメタファー。
[Robot]
Top Secret Ultra End of Message
最高機密ウルトラ、通信終了
※ここで『ワイルド・スタイル』を通じたDOOMの「決意表明(通信)」が完了する。
[Fab 5 Freddy as Phade]
You're gonna get cash money for this
これで絶対現金がガッポリ入るって
※Phadeの説得は続く。
You might not get the money, like, right now
今すぐその金が手に入るわけじゃないかもしれないがな
※インディーズやアンダーグラウンドで独自の活動を続けることの厳しさに対する、DOOM自身の自己言及とも取れる。
But you gon' have money like Barry White, man!
でもバリー・ホワイト並みの大金持ちになれるんだぜ!
※「Barry White」は70年代を代表するソウルシンガーであり、莫大な富を築いた象徴。ヒップホップにおける成功と富のステレオタイプ。
You can do all kind of crazy shit you wanna do
やりたいイカれたこと、なんだってできるようになるんだ
※物質的な成功による誘惑。
When you get this publicity, man
この宣伝に乗っかればな、なぁ
※結果的にDOOMはこの名声の誘惑を断ち切り、あえて「顔を隠す」というアンチ・パブリシティな道を選んだことが、のちのヒストリーで証明されている。
[Child]
Um, huh...
えっと、ふーん……
※無邪気な子供の反応。大人の薄汚い業界の会話に対する虚無感、あるいはKMD時代の純粋だった自分自身(Zev Love X)の無力な終焉を示唆しているとも解釈できる。
[Part II: The Way It All Began]
[Hal Smith as Otto Von Lenz]
Now, who will be the first to tell me of a past adventure?
さて、過去の冒険譚を一番に話してくれるのは誰かな?
※1967年のアニメ『ファンタスティック・フォー』のエピソードからのサンプリング。ヴィランとしての「MF DOOM」の起源(The Way It All Began)を語るセクションへの導入。
[MF DOOM]
I ain't sayin' nothing
俺は何も言わねえよ
※ここで突然、DOOM本人の声がカットインする。過去(KMDの崩壊と弟の死、路上生活)について自らメディアに語ることを拒絶する彼のスタンスであり、すべては「音楽を聴いて自ら解読しろ」というリスナーへのメッセージ。
[Gerald Mohr as Mr. Fantastic]
Why don't you tell him about the time we faced Doom?
我々がドゥームに立ち向かった時のことを話してはどうだ?
※Mr. Fantastic(ファンタスティック・フォーのリーダー)のセリフ。DOOMの敵役であるヒーローたちの口から、あえてDOOMの脅威を語らせるという巧妙なストーリーテリングの手法。
[Jo Ann Pflug as Invisible Girl]
Alright! Well, as I remember
いいわ! ええと、私の記憶が正しければ
※Invisible Girl(スー・ストーム)のセリフ。
Doom had threatened the world leaders
ドゥームは世界の指導者たちを脅迫したのよ
※「世界の指導者たち」を「ヒップホップ業界を牛耳るメジャーレーベルの幹部たち」と置き換えることで、DOOMがインディペンデントな立場から音楽業界全体に戦争を仕掛けたという文脈に変換されている。
With destruction of every major city on Earth
地球上のすべての主要都市を破壊するってね
※この「主要都市の破壊」こそが、アルバムタイトルである『Operation: Doomsday(ドゥームズデイ作戦/審判の日の作戦)』の意味するところである。彼の音楽が既存のシーンとメインストリームの価値観を破壊し尽くすという宣言。
[Part III: The Deadly Director] Telephone Rings [Jo Ann Pflug as Invisible Girl]
Headquarters!
こちら本部!
※アニメ『ファンタスティック・フォー』の別エピソード「The Deadly Director」からのサンプリング。
[Joseph Sirola as Doctor Doom]
Good evening!
こんばんは!
※ドクター・ドゥーム(=MF DOOM)からの、宣戦布告の電話。
[Jo Ann Pflug as Invisible Girl]
Would you believe it? It's Doom on the phone!
信じられる? ドゥームからの電話よ!
※ヒーロー(業界側)の動揺。アンダーグラウンドの底から突如として現れた覆面のラッパーに対する、シーンの戸惑いと驚きと重なる。
[Gerald Mohr as Mr. Fantastic]
What's on your evil mind?
その邪悪な頭で何を企んでいる?
※ヒーローからの問いかけ。
[Joseph Sirola as Doctor Doom]
Hold your insulting tongue and mark my words well
無礼な口を慎み、私の言葉をよく聞くのだ
※「mark my words(私の言うことを覚えておけ)」。ヴィランとしての圧倒的な威厳と、自分を蔑ろにした業界に対する絶対的な怒り。
I have plotted my revenge on you
貴様らへの復讐はすでに計画済みだ
※ここでの「復讐(revenge)」は、DOOMのキャリアにおいて最も重要なキーワード。最愛の弟Subrocを亡くし、レコード会社から一方的に見捨てられ、ホームレス同然の生活にまで転落したZev Love Xが、どん底から這い上がり音楽業界への「復讐」を果たすという彼の真の実体験がメタファーとして込められている。
Now I shall have it!
今こそ、それを実行に移す時!
※アルバム『Operation: Doomsday』のリリース自体が、この「復讐の実行」そのものである。
Bid farewell to your friends!
貴様らの仲間たちに別れを告げるがいい!
※既存のラッパーや業界の権力者たち(wackな連中)を一掃するという究極の脅し。
[Gerald Mohr as Mr. Fantastic]
Doom hates us all, but in his warped mind
ドゥームは我々全員を憎んでいる、だが彼の歪んだ精神の奥底では
※「歪んだ精神(warped mind)」という表現は、DOOMのトリッキーで変則的なフローや、常人には理解しがたい難解なライムスキームを暗示しているとも取れる。
He has a personal score to settle with me
私に対して、個人的な恨みを晴らそうとしているのだ
※単なる世界征服ではなく「個人的な恨み(personal score)」。これがMF DOOMの根源的なモチベーションである。Genius等のディープな考察では、この「Mr. Fantastic」はDOOMを不当に扱ったElektra Recordsの幹部たち(特に当時のA&RであったDante Rossなど)や、アーティストを搾取する商業主義の業界システムそのものを擬人化したものだと解釈されている。
[Robot]
Operation: Doomsday
オペレーション:ドゥームズデイ(審判の日・作戦)
※最後のロボット音声。悲惨な過去の清算と、新たなヴィラン「MF DOOM」としての誕生を告げる伝説的なデビューアルバムのタイトルコールで幕を閉じる。
