Artist: Kendrick Lamar
Album: Youngest Head Nigga in Charge (Hub City Threat: Minor of the Year)
Song Title: Industry Niggas (Skit)
概要
2004年に16歳の若さでリリースされたケンドリック・ラマーのデビューミックステープ『Y.H.N.I.C.』に収録された本スキットは、当時の音楽業界にはびこる「フェイクな自称アーティスト」に対する痛烈な風刺である。コンプトンというヒップホップの最重要拠点でリアルなストリートを生きてきたK.Dotに対し、ウィスコンシン州やメイン州といったラップゲームの中心とは言い難い田舎町から来た勘違いコンビが、的外れな売り込みをかけてくる滑稽な構図を描く。彼らが披露するチープなライムや「Parappa the Rapper(パラッパラッパー)」を彷彿とさせる間の抜けた発言は、実力や背景を伴わない業界志願者たちのステレオタイプを戯画化したものだ。Genius等のコミュニティでは、のちに音楽業界の虚飾や欺瞞を鋭く批判していく彼のコンシャスなスタンスが、既にこの16歳の時点で形成されていたことを示す重要なアーカイヴとして高く評価されている。
和訳
[Kendrick Lamar & Random Guy]
Yo, like I was sayin' though, I pull up to the chick house
ヨー、だからさっきも言ってたけど、俺があの女の家に着いた時にな
※K.Dotが仲間と日常会話(女の子の話)をしている平穏なシーンからの入り。
Nigga be like straight cartoon characters (What?)
あいつらマジでカートゥーンのキャラクターみたいだったぜ(何?)
※女の子やその周りの人間が、現実離れして漫画のように滑稽だったという比喩。
No doubt, Tasmanian Devil
間違いない、タズマニアン・デビルだよ
※『ルーニー・テューンズ』に登場する、竜巻のように騒がしく暴れ回るキャラクター「タズマニアン・デビル」の引用。
[Random Guy & Kendrick Lamar]
Aye, aye, aye man, aye
おい、おい、おい、お前
※ここで突然、見知らぬ男がK.Dotの会話に割って入ってくる。
You that dude K. Dot, man? (Yo)
お前がK.Dotってヤツか?(ヨー)
※外部の人間からの馴れ馴れしいアプローチ。
Yeah, yeah man, I heard you from like Compton (Yeah)
ああ、そうだよな、お前コンプトン出身なんだろ(ああ)
※西海岸の伝説的なゲットーであるコンプトン(Compton)に対する、よそ者のミーハーな反応。
Like CPT, like deep in there, like in the streets
CPTって言うんだろ、あそこの奥深くの、ストリートの出身なんだよな
※「CPT」はコンプトンの略称。ゲットーの現実を知らない人間が、映画やラップの歌詞で得た表面的な知識をひけらかし、「ストリート」という概念を消費しようとする典型的な態度を戯画化している。
[Kendrick Lamar]
Hol' up, hol' up, who is y'all?
待て、待てよ、お前ら誰だよ?
※急に絡んできた不審なコンビに対する、K.Dotの警戒と不快感。
[Random Guy]
Man, I'm Johnny Goodfor, and I'm from Wisconsin
俺はジョニー・グッドフォーだ、ウィスコンシン州から来た
※ウィスコンシン州はアメリカ中西部の農業州であり、NYやLA、アトランタといったヒップホップの中心地からは程遠い。彼らが完全にラップゲームの門外漢であることを示す絶妙な地名のチョイスである。
But my man here, he spit that hot fire, you need to hear this, he got that piff
でもよ、ここにいる俺のダチはマジでホットなラップを吐くんだ。お前も聴くべきだぜ、極上のブツ(ピフ)を持ってるからな
※「spit that hot fire」は定番のフレーズ。「piff」は本来「最高級のマリファナ」を指す東海岸発祥のスラングだが、ここでは「極上のラップ」の意で無理やり使用し、ストリート感を演出しようとしている。
[Kendrick Lamar]
Where you from?
お前はどこ出身なんだよ?
※ウィスコンシン出身の男の連れ(ラッパー)がどこから来たのか、冷ややかに問いただす。
[Random Guy]
That's that piff
これが極上のブツさ
※会話が噛み合わず、自分の連れを売り込もうと必死な自称マネージャーの男。
[Random Rapper]
I'm Deran, nigga, D3 is from the East Coast, homie
俺はデランだ、ニガ。D3(俺)はイースト・コーストから来たんだぜ、ホーミー
※ラッパーの男が「東海岸出身」であることを誇らしげに語る。東海岸はヒップホップ発祥の地であり、実力のない彼がブランドとしてその出自をアピールしている。
[Kendrick Lamar]
What part of the East Coast?
イースト・コーストのどこだよ?
※具体的にNYのどこなのか(ブルックリンかクイーンズか等)を確かめるための質問。
[Random Rapper]
Nigga, I'm from Maine
ニガ、俺はメイン州出身さ
※このスキット最大のオチ。メイン州はアメリカ最北東部に位置するが、白人が圧倒的多数を占め、ヒップホップ文化とはおよそ無縁の長閑な地域である。「東海岸のラッパー」と名乗ってメイン州を出すという決定的なズレが、彼らのフェイクさを決定づけている。
[Kendrick Lamar]
Maine?
メイン州?
※あまりの想定外な回答に、K.Dotが素で聞き返している。
[Random Rapper & Random Guy]
Yeah, East Coast
ああ、イースト・コーストさ
※地理的には確かに東海岸だが、ヒップホップ的な文脈を全く理解していない。
(From Maine? Don't let it fool you, man)
(メイン州からだと? 騙されんなよ)
※出身地で舐められることを恐れ、必死に弁明する連れ。
From the East Coast
イースト・コーストから来たんだ
※あくまで東海岸ブランドにすがる。
[Kendrick Lamar]
What, y'all spit or somethin'?
で、お前らラップでもするのか?
※呆れながらも一応話を聞いてやるK.Dot。
[Random Rapper]
Yeah, he make the beats, and I do the Parappin' the rappin'
ああ、こいつがビートを作って、俺が「パラッピン・ザ・ラッピン」をするんだ
※「Parappin' the rappin'」は、初代PlayStationの大ヒットゲーム『パラッパラッパー(PaRappa the Rapper)』をもじった表現と思われる。ストリートのラッパーが絶対に口にしないようなゲームのタイトルを引き合いに出し、自分たちのラップを表現してしまうダサさの極致。
[Kendrick Lamar]
You the hype man?
お前がハイプマン(盛り上げ役)か?
※横でうるさいJohnny Goodforに対する皮肉。
[Random Guy]
I make the beats, man
俺がビートを作ってるんだよ
※プロデューサー気取りの反論。
[Kendrick Lamar]
Spit somethin'
なんかカマしてみろよ
※実力を証明してみろという要求。
[Random Rapper]
He's the fuckin' Jay--Jazze Pha of this, my nigga, nigga do it
こいつはクソヤバいジェイ…ジャジー・フェイみたいなもんだぜ、ニガ、やってやれ
※「Jazze Pha」は2000年代初頭に活躍したアトランタ(南部)のプロデューサー。「東海岸出身」を自称しておきながら、南部のプロデューサーの名前を引き合いに出すという、支離滅裂な音楽知識の浅さを露呈している。
[Random Guy]
Hey, let's get away
ヘイ、ここから抜け出そうぜ
※自信満々にビート(口ベース等)を刻み始める。
[Random Rapper]
Man, I'ma get these cars, get these cars
俺はこの車(カーズ)を手に入れる、車を手に入れるぜ
※恐ろしくチープで中身のないライムの始まり。
I'ma spit these bars, spit these bars
俺はこのバース(バーズ)を吐く、バースを吐くぜ
※「cars」と「bars」という、ヒップホップで最も手垢のついた初心者レベルの韻しか踏めない自称東海岸ラッパー。K.Dotの高度なリリシズムとの絶望的な対比として機能している。
[Kendrick Lamar]
Wait, hol' up, is you serious?
待て、おい、お前らマジで言ってんのか?
※あまりのレベルの低さにK.Dotが演奏を止める。
[Random Guy]
Man, I ain't playin', this nigga's real, man
ふざけてなんかいねぇよ、こいつは本物(リアル)なんだぜ
※自分たちがダサいことに全く気付いていない滑稽さ。
[Random Guy & Random Rapper]
{hushed murmuring}
{ボソボソと小声で言い訳する}
※気まずい空気を誤魔化そうとする2人。
[Random Rapper]
I'm the truth!
俺は「真実(ザ・トゥルース)」だぜ!
※NBA選手のポール・ピアースの愛称や、ラッパーがよく使う「最高の実力者」という意味のボーストだが、全く説得力がない。
[Random Guy]
Yes, there's rappers in Maine
そうだ、メイン州にもラッパーはいるんだ!
※誰も気にしていない「メイン州のヒップホップシーン」の存在を必死にアピールし始める。
They been in Maine
昔からメイン州にいるんだよ
※同上。
We originated from Maine, that's the [?]
俺たちはメイン州発祥なんだ、それが[?]さ
※ヒップホップの歴史を捻じ曲げようとする勢いの必死な弁明。
[Random Rapper]
Tell these- tell these fools
この馬鹿どもに教えてやれ
※自分たちの凄さを理解できないK.Dotたちを「馬鹿」扱いする。
[Random Guy]
I'm tellin' 'em
今教えてやってるだろ
※ダサい2人の内輪揉め。
[Random Rapper]
These Cali ass niggas
カリフォルニアのクソニガどもめ
※自分たちのラップが通じないのを西海岸(Cali)の人間のせいに転嫁する負け惜しみ。
[Random Guy]
Cali, Bali
カリ、バリ
※適当な韻を踏みながら立ち去ろうとする。
We go to valleys
俺たちは谷(ヴァレー)へ行くぜ
※LA周辺のサンフェルナンド・バレー等を指しているのか、ただ「Cali」と「Bali」「valleys」で適当に韻を踏んだだけの中身のない捨て台詞。
[Kendrick Lamar]
Damn industry niggas
クソな業界(インダストリー)のニガどもめ
※音楽業界には、実力もストリートの背景もないのに「ラッパー」や「プロデューサー」を名乗るだけのフェイクな人間(Industry Niggas)が溢れているという現実への冷ややかなため息。16歳にして業界の虚飾を見抜き、それをあざ笑う彼の達観した視座がスキットの完璧なオチとなっている。
