Artist: Eminem
Album: The Marshall Mathers LP
Song Title: Kim
概要
ヒップホップ史、いやポピュラー音楽史において最も物議を醸し、最も背筋が凍る「ラブソング」である。エミネムの妻(当時)であるキム・マザーズの浮気を知った彼が、嫉妬と絶望のあまりキムとその浮気相手、さらにその連れ子までもを惨殺し、遺体を湖に沈めるという狂気的なストーリーを描いている。本作は、前作『The Slim Shady LP』に収録された楽曲『'97 Bonnie & Clyde』(キムの遺体を娘ヘイリーと共に捨てに行く曲)の「前日譚(エピソード・ゼロ)」として機能している。特筆すべきは、エミネムがキムの声(裏声)も自ら演じ分け、泣き叫び、喉を切り裂く生々しい演技を一つのトラックに収めている点だ。怒り、憎悪、そして歪んだ愛情が入り交じる凄絶なシャウトは、彼が当時抱えていた精神的限界を痛々しいほどに克明に記録しており、リリース後には実際にキムが自殺未遂を起こすなど、現実世界にも多大な爪痕を残した問題作である。
和訳
[Intro: Eminem & Kim]
Aw, look at daddy's baby girl
あぁ、パパの可愛い可愛い女の子だ。
※曲の冒頭、エミネムが眠っている愛娘ヘイリーに優しく語りかける平和なシーンから始まる。この不気味な静けさが、直後の爆発的な狂気を際立たせている。
That's daddy's baby, little sleepy head
パパのベイビー、ちっちゃなおねむさん。
Yesterday, I changed your diaper, wiped you and powdered you
昨日まで、パパがお前のおむつを替えて、お尻を拭いて、ベビーパウダーをはたいてたのにな。
How did you get so big? Can't believe it, now you're two
どうしてこんなに大きくなったんだ? 信じられないよ、もう2歳だなんて。
Baby, you're so precious, daddy's so proud of you
ベイビー、お前は本当に宝物だ。パパはお前を心から誇りに思ってるよ。
※娘への純粋で深い愛情。エミネムのキャリアを通じて唯一ブレない「娘への愛」がここで示される。
Sit down, bitch! You move again, I'll beat the shit out of you! (Okay!)
座れ、ビッチ! 次動いたら、死ぬほどぶちのめすぞ!(わ、分かったわ!)
※突然の場面転換。娘への優しい声から一転、妻キムに対する鼓膜を劈くような絶叫と暴力が始まる。キムの怯える声(裏声)もエミネム自身が演じている。
[Verse 1: Eminem & Kim]
Don't make me wake this baby, she don't need to see what I'm about to do
この子を起こさせるなよ。俺が今からやろうとしてることを、この子に見せる必要はねえんだからな。
Quit crying, bitch! Why you always make me shout at you?
泣くのをやめろ、ビッチ! なんでお前はいつも、俺に怒鳴らせるんだよ?
※DV加害者特有の「お前が俺を怒らせるから悪いんだ」という責任転嫁の論理。
How could you just leave me and love him out the blue?
どうして突然(アウト・ザ・ブルー)、俺を捨ててあの男を愛せるんだ?
※キムが他の男(新しい夫)と浮気し、新しい家庭を築こうとしていたことへの絶望と怒り。
Oh, what's the matter, Kim? Am I too loud for you?
おや、どうしたんだいキム? 俺の声がデカすぎるか?
Too bad, bitch! You're gonna finally hear me out this time!
残念だったな、ビッチ! 今回ばかりは、最後まで俺の話を聞いてもらうからな!
At first I'm like, "Aight, you wanna throw me out? That's fine"
最初は俺も、「ああそうか、俺を追い出したいんだな? 分かったよ」って思ってたさ。
But not for him to take my place, are you out your mind?
でも、あいつに俺の場所を奪わせるためじゃねえ。お前、頭イカれてんのか?
This couch, this TV, this whole house is mine
このソファも、このテレビも、この家全部が俺のモノなんだよ!
※自分が稼いだ金で買った家で、妻が別の男と暮らしているという耐え難い屈辱。
How could you let him sleep in our bed?! Look it, Kim
どうしてあいつを俺たちのベッドで寝させられるんだ!? 見ろよ、キム。
Look at your husband now! (No!) I said look at him
お前の「旦那」の今の姿を見ろ!(いやぁ!) 見ろって言ってんだよ!
※ここで、エミネムがすでにキムの新しい夫を惨殺し、その死体をキムに見せつけていることが明らかになるサイコホラー的な展開。
He ain't so hot now, is he? Little punk
今じゃちっともイケて(ホットじゃ)ないだろ、え? このクソ野郎。
※「hot」には「魅力的」と「体温(生きている)」のダブルミーニングがある。死体になった男を嘲笑っている。
Why are you doing this? Shut the fuck up! You're drunk!
「どうしてこんなことするの?」「黙りやがれ! お前は酔っ払ってんだよ!」
You're never gonna get away with this! You think I give a fuck?
「こんなことして、タダで済むわけないわ!」「俺がそんなこと気にする(give a fuck)と思うか?」
Come on! We're going for a ride, bitch! (No!) Sit up front
来い! ドライブに行くぞ、ビッチ!(嫌だ!) 助手席に座れ。
※『'97 Bonnie & Clyde』のストーリーへと繋がる運命のドライブが始まる。
We can't just leave Hailie alone, what if she wakes up?
「ヘイリーを一人で置いていけないわ、もしあの子が起きたらどうするの?」
※キムの母親としての真っ当な反論。
We'll be right back, well, I will, you'll be in the trunk
すぐ戻ってくるさ。いや、戻るのは「俺」だけだ。お前はトランクの中だからな。
※これから彼女を殺して死体を捨てるという冷酷な死の宣告。
[Chorus: Eminem]
So long, bitch, you did me so wrong
あばよ、ビッチ。お前は俺をひどく裏切った。
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ。
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな。
※激しい怒りの裏にある、キムへの異常なほどの愛着と共依存が悲痛なメロディに乗せて歌われる。
So long, bitch, you did me so wrong
あばよ、ビッチ。お前は俺をひどく裏切った。
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ。
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな。
[Verse 2: Eminem & Kim]
You really fucked me, Kim, you really did a number on me
お前は本当に俺をぶち壊したよ、キム。お前は俺に深い傷(did a number)を負わせたんだ。
※車での移動中の会話。エミネムの叫び声は限界を超え、声が掠れ始めている。
Never knew me cheatin' on you would come back to haunt me
まさか俺の浮気が、こんな形で俺に跳ね返ってくる(haunt me)なんて思わなかったぜ。
※かつて自分が浮気した報い(カルマ)として、今キムに浮気されているという自業自得の告白。
But we was kids then, Kim, I was only eighteen
でもあの頃、俺たちはまだガキだった。俺はたったの18歳だったんだ、キム。
That was years ago, I thought we wiped the slate clean
もう何年も前の話だろ。俺たちは過去を水に流した(wiped the slate clean)はずだと思ってたのに。
That's fucked up! (I love you) I just—oh God, my brain is racin'
こんなのクソくらえだ!(愛してるわ)俺はただ……あぁ神様、思考が暴走(racin')して止まらねえ。
※キムが恐怖から「愛してる」と命乞いをするが、それがエミネムの精神をさらに混乱させる。
(I love you) What are you doing? Change the station
(愛してるわ)何してんだ? ラジオのチャンネルを変えろ。
I hate this song! Does this look like a big joke? (No)
俺はこの曲が大嫌いなんだよ! これが壮大なジョークに見えるか?(見えないわ)
There's a **** year old little **** layin' dead with a slit throat in your livin' room
お前の家のリビングには、喉を切り裂かれて死んでる「◯歳のちっちゃな◯◯」が転がってんだぞ!
※オリジナル音源で検閲(ミュート)されている箇所。本来は「four-year-old little boy(4歳の小さな男の子)」と歌われている。キムの浮気相手の連れ子(幼児)すらも容赦なく惨殺したという、アルバムの中で最も非人道的で悪質な描写であるため、レコード会社が強制的に削除した。
Haha! What, you think I'm kiddin' you?
ハハッ! なんだ、俺が冗談を言ってる(kiddin')とでも思うか?
※「kiddin'(冗談)」と「kid(子供を殺したこと)」をかけた残酷なワードプレイ。
You loved him, didn't you? (No)
お前、あいつを愛してたんだろ?(愛してないわ)
Bullshit, you bitch! Don't fuckin' lie to me
ふざけんな、このビッチ! 俺にクソみたいな嘘をつくんじゃねえ!
What the fuck's this guy's problem on the side of me?
俺の横を走ってるこの野郎、一体何が不満なんだ?
※突然、隣の車線を走る見知らぬ運転手にキレ始める。極限の精神状態での八つ当たり。
Fuck you, asshole! Yeah, bite me
くたばれ、クソ野郎! ああ、俺に噛みつきな(死にやがれ)!
Kim? Kim! Why don't you like me?
キム? なぁキム! どうしてお前は俺を愛してくれないんだ?
※激しい怒りから一転、急に子供のように泣き崩れる。感情の起伏の激しさが異常な執着を示している。
You think I'm ugly, don't you? (It's not—)
俺が醜いと思ってるんだろ?(そんなこと——)
No, you think I'm ugly (Baby)
いや、お前は俺を醜いと思ってるんだ(ベイビー)
Get the fuck away from me! Don't touch me
俺から離れろ! 俺に触るんじゃねえ!
※キムが宥めようと触れたのを、激しく拒絶する。
I hate you! I hate you! I swear to God, I hate you
お前が憎い! 大嫌いだ! 神に誓って、お前を憎んでる!
Oh my God, I love you
あぁ神様、俺はお前を愛してるんだ。
※「憎しみ」と「愛」が数秒で入れ替わる、共依存の究極の形。
How the fuck could you do this to me? (I'm sorry)
どうして俺にこんな酷い真似ができるんだ?(ごめんなさい)
How the fuck could you do this to me?
どうして俺にこんなことができるんだよ?
[Chorus: Eminem]
So long
あばよ
Bitch, you did me so wrong
ビッチ、お前は俺をひどく裏切った
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな
So long
あばよ
Bitch, you did me so wrong
ビッチ、お前は俺をひどく裏切った
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな
[Verse 3: Eminem & Kim]
Come on, get out! I can't! I'm scared
さあ、降りろ!「無理よ! 怖いわ」
※森の中(遺体を遺棄する場所)に到着する。
I said get out, bitch! Let go of my hair!
降りろって言ってんだろ、ビッチ!「髪から手を離して!」
※キムの髪を掴んで無理やり車から引きずり下ろす生々しい描写。
Please don't do this, baby! Please! I love you!
「お願いだからこんなことしないで、ベイビー! お願い! あなたを愛してるわ!」
Look, we can just take Hailie and leave! Fuck you!
「ねえ、ヘイリーを連れてどこかへ逃げましょう!」「クソくらえだ!」
You did this to us! You did it! It's your fault
お前が俺たちをこんな風にしたんだ! お前のせいだ! 全部お前のせいなんだよ!
Oh my God, I'm crackin' up – get a grip, Marshall!
あぁ神様、俺はおかしくなりそうだ——しっかりしろ、マーシャル!
※自分の本名(マーシャル)を呼び、崩壊しそうな精神を必死に保とうとする。
Hey, 'member the time we went to Brian's party
なぁ、ブライアンのパーティーに行った時のこと覚えてるか?
※殺害の直前、幸せだった過去の思い出を急に語り出す狂気。
And you were, like, so drunk that you threw up all over Archie?
お前、ベロベロに酔っ払って、アーチーの体中にゲロを吐き散らしたよな?
That was funny, wasn't it? Yes
あれは笑えたよな? 「ええ」
That was funny, wasn't it? Yes
あれは笑えたよな? 「ええ」
※恐怖で逆らえず、泣きながら同意するキム。
See, it all makes sense, doesn't it?
ほらな、これで全部辻褄が合うだろ?
You and your husband have a fight, one of you tries to grab a knife
お前と旦那が喧嘩して、どっちかがナイフを掴もうとする。
※ここから、エミネムが警察の捜査を逃れるためにでっち上げた「偽装工作(事件のシナリオ)」を語り始める。
And during the struggle he accidentally gets his Adam's apple sliced (No)
そして揉み合ってるうちに、誤ってあいつの喉仏が切り裂かれちまうんだ(いやぁ!)
And while this is going on, his son just woke up
そんなことをしてる間に、あいつの息子が目を覚ます。
And he walks in, she panics, and he gets his throat cut (Oh my God)
そしてガキが部屋に入ってきて、お前はパニックになり、ガキの喉も切り裂いちまう(あぁ神様)
So now they both dead and you slash your own throat (No)
これで2人とも死んだ。そして最後に、お前が自分の喉を切り裂くのさ(嫌だわ!)
※すべての罪をキムに着せ、彼女が無理心中を図ったかのように見せかける完璧なアリバイ工作。
So now it's double homicide and suicide with no note
これで、遺書のない「2件の殺人と1件の自殺」の完成ってわけだ。
I should've known better when you started to act weird
お前が妙な態度を取り始めた時に、気づくべきだったんだ。
We could've—hey, where you going? Get back here
俺たちはもっと——おい、どこへ行く気だ? 戻ってこい!
※一瞬の隙を突いて、キムが森の中へ逃走する。
You can't run from me, Kim! It's just us, nobody else
俺から逃げられるわけねえだろ、キム! ここには俺たちしかいないんだ!
You're only making this harder on yourself
自分を余計に苦しめてるだけだぞ!
Haha, gotcha! Go ahead, yell
ハハッ、捕まえたぜ! ほら、叫んでみろよ。
Here, I'll scream with you: Ahh, somebody help!
ほら、俺も一緒に叫んでやるよ。アァーーッ、誰か助けてくれー!
※絶対に誰も助けに来ない深い森の中で、被害者と一緒に悲鳴を上げるというサディスティックな絶望の演出。
Don't you get it, bitch? No one can hear you
まだ分からねえのか、ビッチ? 誰にもお前の声は届かねえんだよ!
Now shut the fuck up and get what's comin' to you
さあ、黙って自分の報い(死)を受け入れやがれ。
You were supposed to love me
お前は俺を愛するはずだったのに。
※ナイフを振り下ろす直前の、最後の悲痛な叫び。
Now bleed, bitch, bleed!
さあ血を流せ、ビッチ、血を流せ!
※キムの喉を切り裂き、血が噴き出す音とキムの断末魔の呻き声が響き渡る。ヒップホップ史上で最も凄惨なオーディオ・ドラマ。
Bleed, bitch, bleed!
血を流せ、ビッチ、血を流しやがれ!
Bleed!
血を流せ!
[Chorus: Eminem]
So long
あばよ
Bitch, you did me so wrong
ビッチ、お前は俺をひどく裏切った
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな
So long
あばよ
Bitch, you did me so wrong
ビッチ、お前は俺をひどく裏切った
I don't wanna go on
俺はもう、生きていきたくないんだ
Living in this world without you
お前のいないこの世界でな
Crickets, traffic, and trunk closing
虫の鳴き声、車の走行音、そして車のトランクが閉まる音
※殺害を終えたエミネムが、キムの遺体をトランクに押し込み、次曲(時系列的には前作の『'97 Bonnie & Clyde』)へと繋がっていく効果音で、この血塗られたラブソングは幕を閉じる。
