Artist: Mos Def (feat. Vinia Mojica)
Album: Black on Both Sides
Song Title: Climb
概要
1999年にリリースされた歴史的アルバム『Black on Both Sides』の終盤に配置された本作は、Mos Defがヒップホップの枠を越え、ネオソウルやスポークン・ワード、さらにはアンビエント・ジャズの領域へと深く踏み込んだスピリチュアルな一曲である。A Tribe Called QuestやDe La Soulらの作品で不可欠な役割を果たしてきたネイティブ・タンのミューズ、Vinia Mojicaをボーカルに迎え、夜の都会をさまよう人々の孤独と空虚さを詩的に描き出している。Mos Def自身とDJ Spinnaの共同プロデュースによる浮遊感のあるビートに乗せ、クラブやストリートに集う人々を「宇宙へと登っていく宇宙飛行士」に例え、アルコールやドラッグで偽りの自分を演じながら孤独を埋めようとする現代人の姿を冷徹かつ優しく観察する。急いで破滅的な行動(Fast moves)に走りがちな若者たちへ向けた、都会の夜のララバイ(子守唄)とも言える極めて芸術性の高い楽曲である。
和訳
La La La
[humming...]
ラ・ラ・ラ(ハミング…)
People climbed into the night like space suits
人々は宇宙服を着たみたいに、夜の中へと登っていく
※クラブに繰り出す若者たちの厚着や派手なファッションを宇宙服に見立てている。同時に、現実世界の苦痛から逃れて「ハイになる(宇宙へ行く)」ドラッグ・カルチャーのメタファーでもある。
People stepped into the night like moon boots
人々はムーンブーツを履いたみたいに、夜の中へと足を踏み入れる
※「Moon boots」は1970年代から流行したボリュームのある冬用ブーツだが、ここではアポロ計画などの宇宙飛行士の装備と掛け、重力を無視してフワフワと夜の街を浮遊する若者たちの足取りを描写している。
Marching like moon troops
月の軍隊みたいに行進しながらな
In their soot colored zoot suits
煤(すす)色のズート・スーツに身を包んで
※「Zoot suit」は1940年代にアフリカ系やラテン系アメリカ人の間で流行した、極端にダボダボのスーツ。当時の白人中心社会に対するカウンター・カルチャー(反抗の象徴)であったが、ここでは現代のBボーイたちが着るオーバーサイズのストリートウェアを歴史的文脈で再定義している。
People climbed into the night like cool wells
人々は冷たい井戸みたいに、夜の中へと登っていく
※「井戸(Wells)」は底知れぬ深さや虚無感の象徴であり、夜の闇が持つ冷徹さと人々が抱える心の空洞を暗示している。
Shiney bottles in their hands
その手にはピカピカに光るボトルを握りしめて
※クラブでのクリスタルやモエといった高級シャンパンのボトル、あるいは酒全般を指す。物質主義と虚栄心の象徴である。
Drinking their new selves
新しい自分自身を飲み込んでるんだ
※アルコールの力で、普段の冴えない自分から「強気でイケてる自分(New selves)」へと変身(現実逃避)しようとする心理。
They say it's their true selves
奴らは「これこそが本当の俺だ」なんて言ってるがな
※酒やドラッグでハイになった状態を「真の自己解放」だと勘違いしていることへの、Mos Defの冷めた視線。
People climbed up in the night like green trees
人々は緑の木々みたいに、夜の中へと登っていく
※マリファナ(Green trees / Weed)の煙が夜空へと立ち昇っていく情景、あるいはマリファナに依存して群がる人々のメタファー。
They were hanging from the night like green leaves
奴らは緑の葉っぱみたいに、夜にぶら下がってた
※クラブの壁際でマリファナ(Leaves)を吸いながら、あてもなく夜の空間に漂っている無気力な状態。
Buzzing like queen bees
女王蜂みたいにブンブン音を立てながらな
※「Buzzing」は「ドラッグや酒でキマっている状態」を表すスラング。また、狭いクラブの中で人々が騒がしく群れている様子を蜂の巣に例えている。
People climbed into the night like space suits
人々は宇宙服を着たみたいに、夜の中へと登っていく
People stomped inside the night
人々は夜の中で激しく足踏み(ストンプ)する
Stomping and stomping and stomping and stomping and stomping
ドスンドスンと、ひたすら足踏みし続けてるんだ
※ダンスフロアでひたすら踊り狂う(あるいは暴れる)様子。同じ行為を無自覚に繰り返す都市生活の単調さと狂騒の同居。
Where are they going?
奴らは一体どこへ向かってるんだ?
※目的もなく夜の街を彷徨い、刹那的な快楽を追い求める同胞たちへの哲学的な問いかけ。
What's the rush?
何をそんなに急いでる?
Everybody in the place was so out of touch
この場所にいる全員が、現実から完全に乖離(アウト・オブ・タッチ)してるんだ
※酒やドラッグ、自己顕示欲にまみれ、本当の自分自身や大切な他者との「触れ合い(Touch)」を失ってしまった孤独な群衆。
Hey
なぁ
Night-time is when the things get heavy
夜になると、色んなことが重くのしかかってくる
※日中の喧騒が終わり、一人になった時に押し寄せるゲットーの現実や人生の不安(Heavyな事象)を指している。
You feel alone and you want somebody
孤独を感じて、誰かを求めたくなるよな
Loneliness whispers desperate measures
寂しさは、自暴自棄な行動(絶望的な手段)を囁きかけてくる
※孤独を埋めるために、危険なドラッグ、行きずりのセックス、あるいは犯罪といった「破滅的な選択」に手を染めてしまう人間の弱さへの深い理解。
And your frantic all by yourself
そしてお前は、たった一人でパニックに陥るんだ
Night-time is when the things get heavy
夜になると、色んなことが重くのしかかってくる
You feel alone and you want somebody
孤独を感じて、誰かを求めたくなるよな
Loneliness whispers desperate measures
寂しさは、自暴自棄な行動を囁きかけてくる
Baby, don't make no fast moves
ベイビー、軽はずみな行動(ファスト・ムーブ)に出るんじゃない
※焦って一夜限りの関係を持ったり、ストリートのトラブルに首を突っ込んだりする若者たちに向けた、Mos Defからの温かくも切実な警告。
Baby, don't make no fast moves
ベイビー、軽はずみな行動に出るんじゃない
Baby, don't make no fast moves
ベイビー、軽はずみな行動に出るんじゃない
Baby, don't make no fast moves tonight
ベイビー、今夜だけは、軽はずみな行動に出るんじゃないぞ
La La La
[humming...]
ラ・ラ・ラ(ハミング…)
※Vinia Mojicaの優しくスピリチュアルなハミングが、傷ついた人々の心を癒すように響き渡る。
People stomped inside the night
人々は夜の中で激しく足踏みする
Let me climb into the night...
俺も夜の中へと登らせてくれ…
※彼自身もまた、この孤独で重たい夜を生きる群衆の一人であるという受容。
Let me climb...
俺を登らせてくれ…
