Artist: Mos Def
Album: Black on Both Sides
Song Title: New World Water
概要
1999年にリリースされた歴史的ソロデビューアルバム『Black on Both Sides』に収録された本作は、ヒップホップにおけるコンシャス・ラップの境界線を「環境問題」と「資本主義批判」の次元にまで押し上げた先見的なマスターピースである。The BeatnutsのPsycho Lesが手掛けたファンキーかつミニマルなビートに乗せ、Mos Defは「水資源の枯渇と商品化」というテーマを極めて鋭利な視点で解剖している。彼が1999年の時点で鳴らした気候変動による海面上昇、多国籍企業による水源の独占、水道水の鉛汚染といった警鐘は、後のハリケーン・カトリーナやミシガン州フリントの水質汚染問題を見事に(そして恐ろしいほどに)予見していた。同業者が高級車やジュエリー(Bling)を誇示していた時代に、「銀行の金よりも20年分の貯水タンクが必要だ」と説いた彼の社会派としての圧倒的な洞察力と、黒人の苦難の歴史(ミシシッピ川と奴隷制)を繋ぎ合わせた類まれなストーリーテリングが光る名曲である。
和訳
[Intro]
There's nothing more refreshing (That cool refreshing drink)
これ以上に爽快なものはないさ(あの冷たくて爽やかな飲み物)
※古いCMや教育ビデオのナレーションを模したようなイントロ。「生命の源である水」が、あたかも企業の「商品」であるかのように扱われている現代社会への皮肉な導入である。
Than having a clear, crisp, clean glass of water
透明で、冷たくて、きれいなコップ1杯の水を飲むこと以上にね
On a warm summer's day (That cool refreshing drink)
暖かい夏の日にさ(あの冷たくて爽やかな飲み物)
Try it with your friends
君も友達と一緒に試してみてくれ
[Verse 1]
New World Water make the tide rise high
新世界(ニュー・ワールド)の水が、潮位を高く引き上げる
※地球温暖化と気候変動による海面上昇への警告。「New World」は新大陸(アメリカ)や新秩序(ニュー・ワールド・オーダー)、そして現代の資本主義社会を指すダブルミーニング。
Come inland and make your house go "Bye" (My house!)
内陸まで押し寄せてきて、お前の家を「バイバイ」って持ち去るのさ(俺の家が!)
※2005年のハリケーン・カトリーナによるニューオーリンズの水没被害を、1999年の時点で恐ろしいほど正確に予言していたラインとして語り継がれている。
Fools done upset the Old Man River
愚か者どもが、「オールド・マン・リバー(ミシシッピ川)」を怒らせちまったんだ
※「Old Man River」はミシシッピ川の擬人化された愛称。ポール・ロブスンが歌ったミュージカル『ショウボート』の同名曲でも知られ、アメリカ南部の黒人の過酷な労働と苦難の歴史を見届けてきた川である。
Made him carry slave ships and fed him dead niggas
奴隷船を運ばせ、死んだ黒人たちの死体を食わせてきたからな
※奴隷制時代からジム・クロウ時代にかけて、ミシシッピ川が奴隷貿易の主要なルートであり、リンチされた無数の黒人たちの死体の捨て場所であったという血塗られた歴史への痛烈な言及。自然(川)の怒りは、黒人たちの怨念と連動している。
Now his belly full and he about to flood somethin'
今や川の腹はパンパンで、洪水を起こそうとしてる
So I'm throwin' rope that ain't tied to nothin'
だから俺は、どこにも繋がっていないロープを投げてるんだ
※洪水(破滅)が迫る中、Mos Defは警告という名の救命ロープを投げているが、人々は気づいておらず、ロープは虚しく宙を舞っている。
Tell your crew use the H2' in wise amounts since
お前のクルーにも伝えな、H2O(水)は賢く使えって
The New World water – and every drop counts
これが新世界の水だ。一滴一滴が命取りになるからな
You can laugh and take it as a joke if you wanna
笑いたきゃ笑えばいい、ただのジョークだと思えばいいさ
But it don't rain a full week some summers
だが、夏になれば丸一週間雨が降らないことだってある
※異常気象による干ばつの深刻化を指摘している。
And it's about to get real wild in the half
そのうちマジでヤバい状況になるぜ
You be buying Evian just to take a fuckin bath
風呂に入るためだけに、エビアンを買う羽目になるんだ
※水道水が枯渇、あるいは汚染され、高級なミネラルウォーター(Evian)を生活用水として使わざるを得なくなるディストピア的未来。ちなみに「Evian」を逆から綴ると「Naive(世間知らず)」になるという、ヒップホップファンの間で語られる都市伝説的な言葉遊びも内包していると考察されている。
Heads is acting wild, sippin' poor, puffin' dank
ヘッズどもは荒れ狂い、安酒をすすり、質の悪いマリファナを吸って
Competin' with the next man for higher playin' rank
誰が一番上のランクにいるか、隣の奴と競い合ってる
※ラッパーたちがチャートの順位やストリートの評判といった無意味な「格付け」で争っている状況への冷笑。
See I ain't got time tryin' to be Big Hank
見ろよ、俺はビッグ・ハンクになろうとしてる暇なんてないんだ
※「Big Hank」はヒップホップ黎明期のグループSugarhill Gangのメンバー、Big Bank Hankのこと。富や名声の象徴として引用している。
Fuck a bank – I need a twenty-year water tank
銀行なんてクソくらえだ。俺に必要なのは20年分の貯水タンクさ
※札束(Bank)を崇拝するBling Blingエラの価値観に対する完全なアンチテーゼ。来るべき環境崩壊の時代においては、現金よりも「水」こそが究極の資産(サバイバルの手段)となる。
'Cause while these knuckleheads is out here sweatin' they goods
だって、このアホどもが自分の持ち物(グッズ)を見せびらかして必死になってる間に
The sun is sitting in the treetops, burnin' the woods
太陽は木々のてっぺんに居座り、森を焼き払ってるんだからな
※人間が物質主義に溺れている裏で、容赦なく進行する地球温暖化と森林火災のメタファー。
And as the flames from the blaze get higher and higher
そして火災の炎がどんどん高く燃え上がる中
They say, "Don't drink the water! We need it for the fire!"
奴らは叫ぶのさ、「水を飲むな! 消火のために必要なんだ!」ってな
※生きるために飲む水すら、自らが招いた災害の後始末のために奪われるというアイロニー。
[Chorus 1]
New York is drinkin' it (New World Water)
ニューヨークが飲んでる(新世界の水を)
Now all of California is drinkin' it (New World Water)
今じゃカリフォルニアの全域が飲んでる(新世界の水を)
Way up North and down South is drinkin' it (New World Water)
遥か北の果てから南まで、みんな飲んでる(新世界の水を)
Used to have minerals and zinc in it (New World Water)
昔はミネラルや亜鉛が含まれてた(新世界の水には)
※本来の水が持っていた自然の栄養素へのノスタルジー。
Now they say it got lead and stink in it (New World Water)
今じゃ鉛が混ざって、悪臭がするって話だ(新世界の水は)
※2014年に発覚したミシガン州フリントの「水道水鉛汚染事件(Flint water crisis)」を15年も前に予見していたかのような、背筋が凍るほど鋭いインフラ崩壊の指摘である。
Fluorocarbons and monoxide push the water table lopside
フロンガスと一酸化炭素が、地下水面を傾かせる
※オゾン層を破壊する化学物質や排気ガスが、地球の自然な水の循環システム(地下水面)を不可逆的に破壊しているという科学的な警告。
Used to be free, now it cost you a fee
昔はタダだったのに、今じゃ金を取られる
※神が与えた共有財産である水が、資本主義のシステムに組み込まれ「商品化」されたことへの怒り。
'Cause oil tankers spill they load as they roam across the sea
オイルタンカーが海を彷徨いながら、積荷(原油)を垂れ流してるからな
※大企業による原油流出事故が海洋汚染を引き起こし、きれいな水が希少価値となって値段が跳ね上がるという悪循環の構造。
[Verse 2]
Man, you gotta cook with it, bathe and clean with it (That's right)
なあ、水を使って料理し、体を洗い、掃除しなきゃならない(その通りだ)
※ここから、水がいかに人間生活の根幹を成す「絶対的必需品」であるかの列挙が始まる。
When it's hot, summertime – you fiend for it (Let 'em know)
暑い夏の日には、誰もが水に飢える(奴らに教えてやれ)
You gotta put it in the iron you steamin' with (That's right)
スチームアイロンの中にも水を入れなきゃならない(その通りだ)
It's what they dress wounds and treat diseases with (Shout it out)
傷口を洗い、病気を治療するためにも使われる(叫んでやれ)
The rich and poor, black and white got need for it (That's right)
金持ちも貧乏人も、黒人も白人も、全員に水が必要だ(その通りだ)
※水の前では、階級や人種といった人間の作った壁など無意味である。
And everybody in the world can agree with this (Let 'em know)
世界中の誰もがこの事実には同意するはずだ(奴らに教えてやれ)
Consumption promotes health and easiness (That's right)
水を飲むことは健康と安らぎを促進する(その通りだ)
Go too long without it on this Earth and you leavin' it (Shout it out)
この地球上で、水なしで長く過ごしすぎれば、お前は命を落とすんだ(叫んでやれ)
Americans wastin' it on some leisure shit (Say word?)
アメリカ人はそれをレジャーみたいなクソくだらないことに浪費してる(マジかよ?)
※広大な芝生への水撒きやプール、ゴルフ場など、先進国の特権的な水の浪費に対する批判。
Another nation be desperately seekin' it (Let 'em know)
他の国では、水を求めて死に物狂いになってるのにな(奴らに教えてやれ)
Bacteria washing up on they beaches (Say word?)
奴らの国のビーチには、バクテリアが打ち上げられてるんだ(マジかよ?)
Don't drink the water, son – they can't wash they feet with it (Let 'em know)
その水は飲むなよ、息子よ。奴らは足を洗うことすらできないくらい汚染されてるんだ(奴らに教えてやれ)
※第三世界における深刻な水質汚染と衛生問題。
Young babies in perpetual neediness (Say word?)
赤ん坊たちは永遠に続く飢えと渇きの中にいる(マジかよ?)
Epidemics hoppin' up off the petri dish (Let 'em know)
伝染病がペトリ皿(培養皿)から飛び出して蔓延してるんだ(奴らに教えてやれ)
※不衛生な水が原因で、コレラやチフスなどの伝染病がアウトブレイクする様子を、実験室のシャーレに例えている。
Control centers try to play it all secretive (Say word?)
管理センターの奴らは、すべてを秘密裏に処理しようとする(マジかよ?)
※CDC(疾病予防管理センター)や政府機関が、水質汚染の真実を隠蔽しようとする陰謀的な動きへの指摘。
To avoid public panic and freakiness (Let 'em know)
大衆のパニックや暴動を避けるためにな(奴らに教えてやれ)
There are places where TB is common as TV
結核(TB)が、テレビ(TV)と同じくらい当たり前になってる場所がある
※「TB(Tuberculosis=結核)」と「TV(Television)」で踏んだ非常に秀逸かつ恐ろしいライム。貧困地域における医療崩壊を示している。
'Cause foreign-based companies go and get greedy
なぜなら、外国の多国籍企業がやってきて強欲に搾取するからだ
※水源を買い占め、現地の人々から水を奪うグローバル企業(ネスレやコカ・コーラ等の水ビジネス)への名指しを避けた痛烈な批判。
The type of cats who pollute the whole shore line
海岸線を丸ごと汚染するような連中が
Have it purified, sell it for a dollar twenty-five
その水を浄化して、1ドル25セントで売りつけてやがる
※自分たちの工場廃水で汚染した水を、自前の浄水プラントで濾過し、「安全な飲料水」としてペットボトルに入れ現地の人々に売りつけるという、資本主義の極致とも言えるマッチポンプ(狂気)を告発した歴史的パンチラインである。
[Chorus 2]
Now the world is drinkin' it (New World Water)
今じゃ世界中が飲んでる(新世界の水を)
Your moms, wife, and baby girl is drinkin' it (New World Water)
お前の母親も、妻も、幼い娘も飲んでる(新世界の水を)
Up North and down South is drinkin' it (New World Water)
北の果てから南まで、みんな飲んでる(新世界の水を)
You should just have to go to your sink for it (New World Water)
本来なら、キッチンの蛇口をひねるだけで済むはずなのに(新世界の水は)
※公共インフラ(水道)としての水が機能不全に陥っていることへの嘆き。
The cash registers is goin' "cha-chink!" for it (New World Water)
今じゃ、水のためにレジが「チャリン!」って鳴ってるぜ(新世界の水で)
※万人の権利である水が完全に「商品化」され、企業の利益(チャリンという音)に変換された社会。
Fluorocarbons and monoxide got the fish lookin' cockeyed
フロンガスと一酸化炭素のせいで、魚たちの目がイカれ(奇形になり)ちまってる
※「Cockeyed」は斜視、または狂っている状態。化学物質の蓄積による生態系の破壊と突然変異。
Used to be free, now it cost you a fee
昔はタダだったのに、今じゃ金を取られる'Cause it's all about gettin' that cash (Money)
なぜなら、すべてはあの現金(マネー)を手に入れるためだからな
[Outro]
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
Said it's all about gettin' that cash (Money)
すべては現金を稼ぐためさ(マネー)
※資本主義の際限ない強欲さを、執拗な反復によって表現している。
Johnny Cash (Money)
ジョニー・キャッシュ(マネー)
※アメリカの伝説的なカントリー歌手の名前と「Cash(現金)」を掛けたワードプレイ。
Roseanne Cash (Money)
ロザンヌ・キャッシュ(マネー)
※ジョニー・キャッシュの娘であり、同じくシンガーソングライター。言葉遊びを畳み掛ける。
Give me cash (Money)
現金を寄こせ(マネー)
Cold cash (Money)
冷たい現金(マネー)をな
"Cash Rules Everything Around Me" – move!
「現金が俺の周りのすべてを支配する(C.R.E.A.M.)」だ。どきな!
※ヒップホップ史上最も有名なフレーズである、Wu-Tang Clanの1993年のクラシック「C.R.E.A.M. (Cash Rules Everything Around Me)」からのサンプリング的引用。水という生命の根源すらも「金」に支配されてしまったディストピアな現実を、ストリートの究極の真理で締めくくっている。
