Artist: Pink Floyd
Album: The Wall
Song Title: Young Lust
概要
1979年のロック・オペラ『ザ・ウォール(The Wall)』に収録された、ピンク・フロイドには珍しいストレートなハードロック・ナンバーである。主人公「ピンク」は成長してロック・スターとなり、ツアー先のアメリカで名声を謳歌している。しかし、前曲「Empty Spaces」で示された心の空白を埋めるため、彼は虚無的な肉体関係(グルーピーとの行きずりのセックス)に溺れていく。デヴィッド・ギルモアの官能的で力強いボーカルが、当時のスタジアム・ロックのクリシェ(お約束)を皮肉たっぷりに演じ切っている。アウトロに収録された長距離電話のオペレーターの音声は、妻の不倫という決定的な裏切りをピンクに突きつけ、彼が完全に「壁」の向こう側へと引きこもる最大の引き金(レンガ)となる極めて重要なトラックだ。
和訳
[Verse 1: David Gilmour]
(Wall) I am just a new boy
(壁)俺はただの新入りさ。
※冒頭の微かな「Wall」という囁きは、この享楽的な振る舞いすらも壁の内側の出来事であることを示している。「new boy」はアメリカのツアーという新しい環境に放り込まれた孤独なロック・スターの自己像。
A stranger in this town
この街じゃ、完全なよそ者なんだ。
Where are all the good times?
楽しい時間はどこにあるんだ?
Who's gonna show this stranger around?
誰かこのよそ者に、ここの遊び方を教えてくれないか?
※大衆から熱狂的に支持されながらも、本質的には誰とも繋がっていないという強烈な疎外感。名声を手にした男の空虚な虚勢である。
[Chorus: David Gilmour & Roger Waters]
Ooh, I need a dirty woman
ああ、淫らな女が必要なんだ。
Ooh, I need a dirty girl
ああ、ふしだらな女の子が欲しいのさ。
※前曲で妻との間に生じた「空白」を、行きずりの肉体関係で埋めようとする悲しい試み。フロイドにしては極めて直接的で俗物的な歌詞だが、これは当時の典型的なハードロック(マッチョイズムや享楽主義)に対する意図的なパロディである。
[Verse 2: David Gilmour]
Will some woman in this desert land
この砂漠のような土地で、誰か俺を。
※「desert land(砂漠の土地)」はツアー先のアメリカの風景であると同時に、真実の愛やコミュニケーションが干上がってしまった主人公の荒涼たる内面世界(精神の砂漠)を暗喩している。
Make me feel like a real man?
一人前の「本物の男」にさせてくれないか?
※「Mother」で描かれた母親の過干渉によって精神的に去勢されたピンクが、女性を性的に消費することで失われた男としての自信(あるいはアイデンティティ)を取り戻そうとあがく姿。
Take this rock-and-roll refugee
このロックンロールの難民を拾ってくれよ。
※「難民(refugee)」は、家庭にも社会にも安住の地を持たず、名声という名の虚構の中を彷徨う主人公の正確な自己分析である。
Ooh, baby, set me free
ああ、ベイビー、俺を自由にしてくれ。
※肉体関係による一時的な現実逃避への渇望。しかし、彼がどれほどセックスに溺れても、構築されゆく壁から彼を解放(set free)することは誰にもできない。
[Chorus: David Gilmour & Roger Waters]
Ooh, I need a dirty woman
ああ、淫らな女が必要なんだ。
Ooh, I need a dirty girl
ああ、ふしだらな女の子が欲しいのさ。
[Guitar Solo]
※デヴィッド・ギルモアによる、ブルージーで官能的、かつ攻撃的なギター・ソロ。スタジアム・ロック的な派手さと、その裏にある空虚な性的衝動を見事に音響化している。
[Chorus: David Gilmour & Roger Waters]
Ooh, I need a dirty woman
ああ、淫らな女が必要なんだ。
Ooh, I need a dirty girl
ああ、ふしだらな女の子が欲しいのさ。
[Outro]
Phone rings
(電話の呼び出し音)
“Hello?”
「もしもし?」
※イギリスにいる妻が受話器を取るのではなく、見知らぬ男の声が応答する。
“Yes, a collect call for Mrs. Floyd from Mr. Floyd. Will you accept the charge, it's from the United States?”
「はい、フロイド氏からフロイド夫人へのコレクトコールです。アメリカからの通話ですが、料金を負担していただけますか?」
※ツアー先のアメリカからイギリスの妻にコレクトコール(受信者払い)をかけるオペレーターの声(実在のオペレーターに録音だと伏せて仕掛けた実際の音声である)。主人公の芸名が「ピンク・フロイド」であるというメタフィクション的な設定が明らかになる。
Phone clicks
(電話が切れる音)
“Oh, he hung up. That's your residence? Well, I wonder why he hung up. Is there supposed to be someone else there besides your wife there to answer?”
「あら、切られてしまったわ。こちらがあなたのご自宅ですよね? まあ、なぜ彼は電話を切ったのかしら。そこには奥様以外に、電話に出るような人がいるはずでしたか?」
※無邪気なオペレーターの質問が、ピンクに対して「妻が自宅に別の男を引き入れている」という残酷な真実を鋭く突きつける。
Phone redials and beeps again
(電話が再ダイヤルされ、再び発信音が鳴る)
“Hello?”
「もしもし?」
“This is the United States calling. Are we reaching…”
「こちらアメリカからの通話です。お繋ぎしているのは…」
Phone clicks
(電話が切れる音)
“See, he keeps hanging up, and it's a man answering.”
「ほら、また切られてしまいましたよ。それに、電話に出ているのは男の人ですわ。」
※妻の不倫という決定的な裏切りが確定した瞬間。フロイド氏(ピンク)は沈黙を貫く。この絶望的な出来事が最大の「レンガ」となり、ピンクの「壁」は完全に外部からの光を遮断することになる。
Dial tone
(ツーツーという発信音)
※コミュニケーションの完全な断絶を告げる無機質な電子音。この絶望的な響きが、次曲「One of My Turns」におけるピンクの狂気と暴力の爆発へと直接繋がっていく。
