Artist: Pink Floyd
Album: The Dark Side of the Moon
Song Title: Us and Them
概要
歴史的傑作『狂気(The Dark Side of the Moon)』のアナログB面に収録された、社会の分断と人間の疎外感を描く壮大なバラードである。元々は1970年にミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『砂丘』のためにリチャード・ライトが作曲したインストゥルメンタル「The Violent Sequence(暴力のシークエンス)」が原型である。当時は監督に却下されたが、ロジャー・ウォーターズが「我々(Us)」と「彼ら(Them)」という二項対立の不条理を突く冷徹な歌詞を与えたことで、フロイド屈指のアンセムとして蘇った。ライトの浮遊感のあるハモンド・オルガンとピアノ、ディック・パリーのむせび泣くようなサックスが織りなす美しいサウンドスケープの裏で、戦争、階級闘争、そして他者への無関心という人間社会の根源的な「狂気」が静かに、そして残酷に暴き出されている。
和訳
[Instrumental Intro]
※リチャード・ライトのハモンド・オルガンとピアノによる静謐なコード進行。美しい旋律の裏に、社会の分断という不穏なテーマが潜んでいる。
[Verse 1]
Us, and them
我々(アス)、そして彼ら(ゼム)。
And after all, we're only ordinary men
だが結局のところ、僕たちは皆ただのありふれた人間に過ぎない。
※「我々」と「彼ら」という人為的な二項対立(国家、人種、イデオロギー)の無意味さを突く。冷戦下の分断された世界に対するウォーターズの冷徹な視点である。
Me, and you
僕(ミー)、そして君(ユー)。
God only knows it's not what we would choose to do
こんな争いなど、誰も望んで選んだわけではないと神だけが知っている。
※個人レベルでの対立もまた、社会の巨大なシステムによって強いられたものであるという実存的な無力感。
[Chorus 1]
"Forward!" he cried from the rear
「前進せよ!」と、彼は後方から叫んだ。
And the front rank died
そして、最前列の兵士たちは死んでいった。
※後方の安全な場所にいる将軍(権力者)が前線の兵士(大衆)を死に追いやるという、戦争における階級的な搾取構造の痛烈な批判。
The general sat, and the lines on the map
将軍は腰を下ろしたまま、地図上の境界線が。
Moved from side to side
右へ左へと動いていく。
※命のやり取りが、権力者にとっては単なる地図上のゲーム(チェスのようなもの)に過ぎないという残酷な現実。
[Verse 2]
Black and blue
黒、そして青。
And who knows which is which, and who is who?
どれがどれで、誰が誰だか、一体誰に分かるというのだろう?
※「Black and blue」は「あざだらけ」という意味の慣用句だが、ここでは軍服の色や人種の違いなどのメタファー。死んでしまえば、あるいは遠くから俯瞰すれば、敵も味方も区別がつかないという虚無主義。
Up and down
上、そして下。
And in the end, it's only round and round, and round
だが結局のところ、ただ堂々巡りを繰り返しているだけなのさ。
※「上層階級と下層階級」の分断や、果てしない資本主義の階層競争(ラットレース)。どちらに属そうとも、社会という巨大な車輪の中で空回りしているに過ぎない。
[Chorus 2]
"Haven't you heard it's a battle of words?"
「これが言葉による戦いだってことを、聞いたことはないのかい?」
The poster bearer cried
プラカードを掲げた男が叫んだ。
※政治的なデモやイデオロギー闘争を指す。言葉や思想による平和的な戦いを訴える者の姿。
"Listen, son," said the man with the gun
「いいか若造」と、銃を持った男が言った。
"There's room for you inside"
「中には、お前の入るスペースがまだ空いてるぜ」
※「銃を持った男」は国家権力や警察、あるいは軍隊の象徴。「中」とは牢獄、あるいは棺桶の暗喩。暴力(武力)の前では言葉による闘争など無力であるという、体制側の冷酷な弾圧を示している。
[Interlude]
"I mean, they're gonna kill ya
「つまりさ、奴らはお前を殺そうとしてるわけだ。
So like, if you give 'em a quick sh… short, sharp, shock
だから、こっちが素早く…短く、鋭いショックを与えてやれば。
They don't do it again
奴らは二度と同じ真似はしなくなる。
Dig it? I mean, he got off light
分かるか? つまり、あいつは軽く済んだ方なんだよ。
'Cause I could've given him a thrashin'
俺ならもっとボコボコにしてやれたんだからな。
I only hit him once!
俺は一発殴っただけだ!
It's only a difference in right and wrong, innit?
正しいか間違っているかの違いだけだろ、なあ?
I mean good manners don't cost nothin', do they, eh?"
礼儀正しくするのに金はかからないんだからよ、だろ?」
※ロード・マネージャーであったロジャー・"ザ・ハット"・マニフォールドの肉声。「暴力の正当化」というテーマ。些細な「マナー」の問題を理由に他者への暴力を肯定するこの生々しい声は、国家間の戦争も、個人の喧嘩も、本質的な狂気の構造は同じであることを恐ろしいほど明確に提示している。
[Saxophone Solo]
※ディック・パリーによる、哀愁と虚無感に満ちたサックス・ソロ。暴力を正当化する肉声の後に流れるこの美しい旋律は、人間の愚かさに対するレクイエムのように響く。
[Verse 3]
Down and out
落ちぶれて、行き場を失って。
It can't be helped, but there's a lot of it about
どうしようもないことだが、そこら中に溢れ返っている。
※貧困やホームレスの問題。社会から見捨てられた人々(Them)に対する、中産階級の冷淡な視点。
With, without
持てる者、そして持たざる者。
And who'll deny it's what the fighting's all about?
争いの原因はすべてそれ(富の不均衡)にあると、一体誰が否定できるだろう?
※前曲「Money」のテーマを引き継ぎ、すべての対立や戦争の根源には資本主義的な「富の奪い合い」があるという、ウォーターズのマルクス主義的な分析が垣間見える。
[Chorus 3]
Out of the way, it's a busy day
そこをどいてくれ、今日は忙しい一日なんだ。
I've got things on my mind
僕には、考えなきゃならないことが山ほどあるんでね。
※他者の苦しみ(貧困や死)に対する、一般大衆の無関心とエゴイズム。自分の日常の些末な問題にかまけ、社会の不条理から目を背ける現代人の姿。
For want of the price of tea and a slice
紅茶とトースト一切れを買う金すらなくて。
The old man died
その老人は死んでいった。
※忙しい日常の片隅で、わずかな食料も得られずに餓死していく弱者。「我々(Us)」が「彼ら(Them)」を徹底的に排除・無視した結果訪れる、静かで残酷な死という結末である。
