Artist: Pink Floyd
Album: The Dark Side of the Moon
Song Title: Time
概要
歴史的傑作『狂気(The Dark Side of the Moon)』の中核を成す、無情に過ぎ去る「時間」と人間の焦燥感を描いたプログレッシブ・ロックの金字塔である。20代後半に差し掛かったロジャー・ウォーターズが「人生の準備期間はとうに終わり、すでに本番が始まっていた」と痛感した実体験が根底にある。無数の時計の不気味なアラーム音(アラン・パーソンズによる録音)から始まり、デヴィッド・ギルモアの情念渦巻くギターソロへと展開する圧倒的なサウンドスケープは、資本主義社会で無為に時を浪費する現代人への冷徹な警告として、今なお色褪せない凄みを放っている。後半には「Breathe」のリプライズがシームレスに接続され、アルバム全体のテーマを円環的に繋ぐ重要な役割を果たしている。
和訳
[Part I: Time]
ticking clocks
(チクタクと刻まれる時計の針)
clocks ringing
(一斉に鳴り響く時計のアラーム)
※無限に続くかに思われた日常を切り裂くような、死へのカウントダウンの始まり。
[Instrumental Intro]
※ロジャー・ウォーターズのベースとニック・メイソンのロートタムが、迫り来る「時間」の足音のように重く、不気味な鼓動を刻む。
[Verse 1: David Gilmour]
Ticking away the moments that make up a dull day
退屈な一日を形作る、その一瞬一瞬がチクタクと過ぎていく。
You fritter and waste the hours in an offhand way
君は時間を浪費し、無頓着にやり過ごしている。
※「fritter」は少しずつ無駄にするという意味。若さゆえの「時間は無限にある」という錯覚を鋭く突いている。
Kicking around on a piece of ground in your home town
故郷のありふれた地面を、ただあてもなく蹴り歩きながら。
Waiting for someone or something to show you the way
誰かが、あるいは何かが、進むべき道を教えてくれるのを待っている。
※「自分から行動を起こさなければ、人生の目的は向こうからはやってこない」という受動的な生き方に対する痛烈な皮肉(あるいは後悔)が込められている。
[Chorus: Richard Wright]
Tired of lying in the sunshine
陽の光の下で寝そべるのにも飽きて。
Staying home to watch the rain
家に閉じこもり、雨を眺めて過ごしている。
You are young and life is long
君は若く、人生は長く。
And there is time to kill today
今日も暇をつぶす時間はたっぷりとある。
And then one day you find
だが、ある日君は気づくのだ。
Ten years have got behind you
10年という歳月が、とうの昔に通り過ぎてしまったことに。
No one told you when to run
いつ走るべきかなんて、誰も教えてはくれなかった。
You missed the starting gun
君は出発の号砲を、聞き逃してしまったのだ。
※「人生は無限だ」という若き日の錯覚が打ち砕かれる瞬間。学校や社会というシステムは従順さを教えるが、「いつ自分の人生を生き始めるべきか」は教えないという、ウォーターズの強烈な社会批判が込められている。
[Guitar Solo]
※デヴィッド・ギルモアによる、ロック史に燦然と輝く名ギターソロ。失われた時間への取り返しのつかない後悔と、抗いようのない運命に対する絶望的な叫びが、圧倒的なエモーションと共に弾き出されている。
[Verse 2: David Gilmour]
And you run, and you run
だから君は走る、必死に走り続ける。
To catch up with the sun, but it's sinking
沈みゆく太陽に追いつこうと。だが太陽は沈んでいく。
And racing around
そしてぐるりと周り込み。
To come up behind you again
再び君の背後から姿を現す。
The sun is the same in a relative way
相対的に見れば、太陽はあの頃と同じまま変わらない。
But you're older
しかし、君は年老いた。
Shorter of breath
息は切れ。
And one day closer to death
また一日、確実に死へと近づいたのだ。
※「沈みゆく太陽」は絶対的な自然の摂理と死のメタファー。宇宙の時間は永遠に循環し続けるが、人間の肉体はただ一方通行で老い、死へと向かうという残酷な相対性理論が提示されている。
[Chorus: Richard Wright]
Every year is getting shorter
一年という月日が、年々短くなっていく。
Never seem to find the time
何かを成し遂げるための時間は、もう見つかりそうにない。
Plans that either come to naught
立てた計画はすべて無に帰すか。
Or half a page of scribbled lines
ノートの半ページ分の走り書きで終わってしまう。
Hanging on in quiet desperation
静かな絶望にしがみつきながら生きながらえる。
Is the English way
それがイギリス流のやり方だ。
※「静かな絶望(quiet desperation)」はヘンリー・デイヴィッド・ソローの著書からの引用とされる。感情を抑圧し、空虚な日常に埋没していく中産階級的価値観への強烈な皮肉であり、すべての人間が抱える終末の予感である。
The time is gone, the song is over
時間は過ぎ去り、歌は終わってしまった。
Thought I'd something more to say
もっと言いたいことが、あったはずなのに。
※人生の幕切れ(死)の呆気なさと、やり残したことへの痛切な未練。
[Part II: Breathe (In the Air) [Reprise]]
[Verse: David Gilmour]
Home, home again
家、再び我が家へ。
I like to be here when I can
帰れる時には、ここにいるのが好きだ。
When I come home cold and tired
寒さに凍え、疲れ果てて帰ってきた時。
It's good to warm my bones beside the fire
暖炉の火のそばで、冷え切った骨を温めるのはいいものだ。
※狂気と焦燥の「時間」を駆け抜けた後、かつての「Breathe」のメロディと共に一時的な安息の地(Home)へと回帰する。死の恐怖から逃れるための、人間的なシェルターへの退行である。
Far away across the field
ずっと遠く、野原の向こうから。
The tolling of the iron bell
鉄の鐘の音が鳴り響き。
Calls the faithful to their knees
信仰深き者たちを跪かせ。
To hear the softly spoken magic spells
密やかに唱えられる、魔法の呪文を聞かせるために。
※「鉄の鐘」と「魔法の呪文」は、宗教的権威や社会規範による盲目的な服従のメタファーである。暖炉の前で得た安息すらも、宗教や社会制度という巨大なシステム(狂気)によってあっけなく絡め取られ、人は再び思考を停止してしまうという、ウォーターズの冷徹な世界観が見事に表現されている。
