Artist: Pink Floyd
Album: The Dark Side of the Moon
Song Title: On the Run
概要
歴史的傑作『狂気(The Dark Side of the Moon)』に収録された、現代社会における終わりのない逃走と強迫観念(パラノイア)を音響化したエレクトロニック・インストゥルメンタルである。元々はギターとキーボードを主体としたジャム・セッション「The Travel Sequence」としてライブ演奏されていたが、最新鋭のシンセサイザー(EMS Synthi AKS)に搭載されたシーケンサーを導入することで、脈打つような反復ビートを持つ革新的なサウンドスケープへと変貌を遂げた。絶え間なく続く足音や荒い息遣い、空港のアナウンス、そして破滅的な爆発音のコラージュは、過酷なツアー生活における「飛行への恐怖」や、資本主義社会という見えない檻から逃れようとあがく現代人の圧倒的なストレスを見事に表現している。
和訳
[Instrumental]
※EMS Synthi AKSのシーケンサーが叩き出す、高速で脈打つ8音符のループ。この執拗な反復(オスティナート)は、現代社会のメカニズムに組み込まれ、立ち止まることを許されない人間の心臓の鼓動や、見えない何かに追われ続けるパラノイア(被害妄想)を表現している。また、ステレオの左右を激しく飛び交う足音と荒い息遣いが、逃走の切迫感をさらに煽る。
("Have your baggage and your passports ready and follow the green line to customs and then to immigration. BA 215 to Rome, Cairo, and Lagos…")
(「お手荷物とパスポートをご用意の上、緑色の線に沿って税関、そして入国審査へと進みください。ローマ、カイロ、ラゴス行き、BA215便……」)
※空港の無機質なアナウンス。過酷なワールド・ツアーで世界中を飛び回るロック・バンドの実体験に基づく「移動(飛行機)への恐怖」を示すと同時に、管理社会におけるシステムへの徹底的な服従を強いられている状況を暗喩している。
[Instrumental]
※シンセサイザーのノイズがさらに狂気を帯び、加速していく。ドップラー効果を思わせる通過音が、逃げ場のない閉塞感を増幅させる。
"Live for today, gone tomorrow, that's me"
「今日を生き、明日にはいなくなる。それが俺さ」
※ロード・マネージャーであったロジャー・"ザ・ハット"・マニフォールドの肉声。死の恐怖に対する虚無的な諦観であり、ロックンロール的な刹那主義のようにも響くが、逃れられない破滅を前にした人間の強がりや諦めにも聞こえる。
laughter
(笑い声)
※逃走の果てに完全に理性が崩壊し、狂気に陥ったような不気味な笑い声が響く。
[Instrumental]
laughter
(笑い声)
plane descending
(降下していく飛行機)
※制御不能となり、急降下していく飛行機の轟音。逃亡劇(あるいは人生のラットレース)が、自らの意志では回避できない最終的な破綻へと向かっていることを示している。
explosion
(大爆発)
※飛行機が墜落し、すべてが木端微塵に吹き飛ぶ大爆発の音。この破滅的なカタルシスを経て、楽曲は次の「Time」の幕開けを告げる無数の時計のチクタク音へと、残酷なほどシームレスに切り替わっていくのだ。
