Artist: Pink Floyd
Album: Meddle
Song Title: San Tropez
概要
1971年発表の歴史的転換点となったアルバム『おせっかい(Meddle)』に収録された、ロジャー・ウォーターズの単独作詞・作曲によるジャズ・テイストの軽快な小品である。アルバムの大半がメンバー間のインプロビゼーション(即興演奏)から構築されたのに対し、本作はウォーターズがコード進行から歌詞まで完成させた状態でスタジオに持ち込んだ特異な楽曲だ。南仏の高級リゾート地サントロペを舞台に、ロック・スターとしての莫大な富と成功を享受する一方で、労働者階級出身の彼が抱く違和感と拭いきれない孤独が描かれている。デヴィッド・ギルモアの軽妙なスライド・ギターとリチャード・ライトの流麗なピアノ・ソロが、優雅でありながらもどこか空虚なブルジョワジーの情景を見事に音響化しており、後の『狂気(The Dark Side of the Moon)』における資本主義批判(「Money」など)へと至るウォーターズの冷徹な自己観察の萌芽が見て取れる。
和訳
[Verse 1]
As I reach for a peach, slide a rind down behind
桃に手を伸ばし、その皮を後ろへと滑り落とす。
The sofa in San Tropez
サントロペのソファの裏側へ。
※「サントロペ」は南フランスの高級リゾート地。優雅な響きとは裏腹に、食べ残しをソファの裏に隠すという行為が、ブルジョワジーの気取った生活様式に対するウォーターズのシニカルな態度を暗示している。
Breakin' a stick with a brick on the sand
砂浜でレンガを使って木の枝をへし折る。
Ridin' a wave in the wake of an old sedan
古いセダンの航跡に乗って、波を乗りこなすのさ。
※富裕層の遊びやバカンスの光景。無意味で退屈な時間の浪費が、軽快なジャズのリズムに乗せて皮肉交じりに歌われている。
[Chorus]
Sleepin' alone in the drone of the darkness
暗闇のざわめきの中で、僕は一人眠りにつく。
※華やかなリゾート地での喧騒から一転し、夜の圧倒的な孤独が描かれる。「drone(低い羽音、単調な音)」は、空虚な現実がもたらす耳鳴りのような疎外感のメタファーである。
Scratched by the sand that fell from my love
愛する人の体からこぼれ落ちた砂に、肌を引っ掻かれながら。
Deep in my dreams and I still hear her callin'
夢の深い底にいても、彼女が僕を呼ぶ声が今も聞こえる。
"If you're alone, I'll come ho-ho-home"
「あなたが一人ぼっちなら、私が帰ってあげるわ」と。
※遠く離れた妻(あるいは恋人)からの言葉。物質的な豊かさを手に入れてもなお、精神的なよりどころ(家、Home)を求めて彷徨うロック・スターの孤独な内面が吐露されている。
[Verse 2]
Backward and homebound, the pigeon, the dove
逆戻りして家路につく、ハトやキジバトたち。
※平和や帰巣本能の象徴である鳥たち。自分が本来いるべき場所(故郷や素朴な生活)への回帰願望を示している。
Gone with the wind and the rain, on an airplane
風と雨と共に、飛行機に乗って去っていく。
Born in a home with no silver spoon
銀の匙(さじ)を持たない家庭に生まれ育ったというのに。
※「銀の匙をくわえて生まれる」は裕福な家庭に生まれることを意味する英語の慣用句。労働者階級出身であるウォーターズ自身の出自を明確に示している。
I’m drinking champagne like a good tycoon
今や僕は、いっぱしの実業家気取りでシャンパンをあおっているのさ。
※ロック・ミュージックが巨大産業化し、自身もそのシステムの中で莫大な富を得る「資本家(tycoon)」側に回ってしまったことへの痛烈な自己嫌悪とアイロニー。この主題は、のちの「Money」や『炎〜あなたがここにいてほしい』における音楽産業批判へと直結する。
[Chorus]
Sooner than wait for a break in the weather
天気が回復するのを待つよりも早く。
I'll gather my far-flung thoughts together
遠く散らばった僕の思考を、一つに掻き集めよう。
※狂騒の中で拡散してしまった自己(アイデンティティ)を取り戻そうとする試みである。
Speeding away on the wind to a new day
風に乗って、新しい一日へと飛び去っていく。
If you're alone, I'll come ho-ho-home
「あなたが一人ぼっちなら、私が帰ってあげるわ」
[Slide Guitar Solo]
※デヴィッド・ギルモアによる、ハワイアン・ミュージックを思わせる陽気でレイドバックしたスライド・ギター。しかし、その過剰なまでの「軽薄さ」が、かえってウォーターズの抱える虚無感と対比され、リゾート地の人工的な薄気味悪さを演出している。
[Verse 3]
And I pause for a while by a country stile
田舎の踏み越え段のそばで、少し立ち止まり。
And listen to the things they say
連中が話していることに耳を傾ける。
Diggin' for gold in a hole in my hand
手のひらの穴の中で、黄金を掘り当てようとしている。
※「手のひらの穴」は何を掴んでもすり抜けていく空虚さ、あるいは底なしの欲望の暗喩。「Diggin' for gold(金脈を探す)」は、資本主義社会における終わりなき富の追求(マネー・ゲーム)に囚われた人々の愚かさをシニカルに描写している。
Open a book, take a look at the way things stand
本を開き、物事の現状というやつを眺めてみるのさ。
[Chorus]
And you're leading me down to the place by the sea
そして君は、僕を海辺の場所へと連れ出していく。
I hear your soft voice calling to me
君の柔らかな声が、僕を呼んでいるのが聞こえる。
Making a date for later by phone
電話で後で会う約束をして。
And if you're alone, I'll come ho-ho-home
「あなたが一人ぼっちなら、私が帰ってあげるわ」と。
[Piano Solo]
※リチャード・ライトによる、洗練されたジャズ・ピアノのアウトロ。ウォーターズの孤独な内省を包み込むように、華やかで少しメランコリックな旋律がフェードアウトしていく。この「洗練された表層と孤独な深層の同居」こそが、ピンク・フロイドの音楽的マジックである。
