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Unraveling Genius: Music, Knowledge, Madness

Alan’s Psychedelic Breakfast - Pink Floyd 【和訳・解説】

Artist: Pink Floyd

Album: Atom Heart Mother

Song Title: Alan’s Psychedelic Breakfast

概要

1970年発表のアルバム『原子心母(Atom Heart Mother)』のラストを飾る、約13分に及ぶミュージック・コンクレートと器楽演奏が融合した実験的な組曲である。バンドのロード・マネージャーであったアラン・スタイルズが朝食を作り、食べるというごくありふれた日常風景の録音(蛇口の水滴、ベーコンの爆ぜる音、シリアルを咀嚼する音など)をベースに、リチャード・ライトのピアノやデヴィッド・ギルモアのアコースティック・ギターが穏やかに重なっていく。日常の些細な生活音を一種のトリップ体験(サイケデリックな朝食)へと異化・昇華させるこのアプローチは、ピンク・フロイドが音響空間の構築において独自のユーモアと前衛性を兼ね備えていたことを証明している。ここで培われた「日常音の音楽的利用」は、やがて歴史的名盤『狂気(The Dark Side of the Moon)』のオープニングを飾る心音や「Money」のレジスター音などへと直結していく、極めて重要なマイルストーンだ。

和訳

[Part I: Rise And Shine (0:00-3:33)]
[第1部:ライズ・アンド・シャイン/起き抜けの輝き (0:00-3:33)]
※「Rise and Shine」は「起きなさい」と声をかける時の英語の決まり文句。

[Intro: Alan Styles]
tap dripping, Alan enters the kitchen, various kitchen sounds
(蛇口から水滴が滴る音。アランがキッチンに入り、様々な台所の音が響く)
※この蛇口のポタポタという規則的な水滴音は、楽曲全体のパーカッション(リズムトラック)として機能している。何気ない日常の音が、聴く者の意識を徐々に変容させていくミュージック・コンクレートの真骨頂である。

Oh, uh, me flakes
ああ、ええと、俺のコーンフレーク。

Then, uh, I dunno
それから、うーん、どうしようかな。

Scrambled eggs, bacon, sausages, tomatoes, toast, coffee
スクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、トマト、トースト、コーヒー。
※典型的なイングリッシュ・ブレックファストのメニューの羅列。淡々としたつぶやきが、呪文のように響き始める。

Marmalade, I like marmalade
マーマレード。俺はマーマレードが好きなんだ。

Yes, porridge is nice, any cereal, I like all cereals
そうだな、お粥(オートミール)もいいし、シリアルなら何でもいい。シリアルは全部好きだからな。

Oh, God
ああ、まったく。
※マッチを擦り、ガスコンロに火をつける音へと続く。日々の単調なルーティンに対するわずかな疲労感や倦怠感が「Oh, God」というため息に現れている。

[Instrumental]
※リチャード・ライトによる穏やかなピアノとハモンド・オルガンが、朝のまどろみのような空間を作り出す。

[Part II: Sunny Side Up (3:34-7:44)]
[第2部:サニー・サイド・アップ/目玉焼き (3:34-7:44)]

[Intro: Alan Styles]
Breakfast in Los Angeles, microbiotic stuff
ロサンゼルスでの朝食、マクロビオティックとかいう代物。
※アメリカ・ツアー中の思い出。西海岸のヒッピー・カルチャーや自然食ブーム(マクロビオティック)に対する、イギリスの労働者階級的な視点からの戸惑いや軽い皮肉が混じっている。

various foods being prepared including cereal being eaten loudly
(様々な食べ物が準備される音。そして、シリアルが大きな音を立てて咀嚼される)
※「クチャクチャ」という咀嚼音が極端にクローズアップされ、ステレオの左右を飛び交う。聴覚を刺激するASMR的なアプローチであり、生理的な不快感と奇妙な心地よさの境界を突くサイケデリックな音響実験である。

[Instrumental]
※デヴィッド・ギルモアの美しいアコースティック・ギター2本が重なり合う、牧歌的で温かみのあるパート。

[Part III: Morning Glory (7:45-13:00)]
[第3部:モーニング・グローリー/朝顔 (7:45-13:00)]

[Intro: Alan Styles]
I don't mind a barrow, I quite like barrowing the stuff in
手押し車は気にならないよ、機材を運び込むのは結構好きなんだ。
※ロード・マネージャー(ローディー)としての裏方の労働に関する独白。華やかなロック・バンドの裏側にある、肉体労働という泥臭い現実が語られる。

I've got a terrible back, when I work, it hurts me
俺はひどい腰痛持ちでね、仕事をしていると痛むんだよ。

D'you know what I mean, John?
俺の言ってること分かるかい、ジョン?

Well he's sort of, uh
まあ、あいつはなんていうか、ええと。

When driving on the road he has a sleep, gets ready for the gig
車で移動している間は眠って、ライブの準備をしてるんだ。

I don't know
よく分からないけどな。

Um, he does all the electrical stuff
うーん、あいつは電気関係の機材を全部やってるんだ。

I can't be bothered with that, it's so fiddly
俺にはあんなの構ってられないよ、ちまちましてて面倒くさいからな。
※巨大化し、複雑な電子機材を多用し始めたピンク・フロイドのツアーの裏側。テクノロジーの進化に対して「ちまちましている(fiddly)」とこぼすアランの姿は、近代化していくシステムから疎外される一般労働者の象徴的な呟きでもある。

[Instrumental]
※バンド全体による演奏が加わり、壮大でドラマティックなアンサンブルへと発展する。平凡な朝食の時間が、いつの間にか壮大な音響の旅へとすり替わっている。

[Outro: Alan Styles]
All my head's a blank
俺の頭の中は、もう空っぽだ。
※激務による疲労か、あるいは朝のぼんやりとした状態の描写。人間の意識が空白になる瞬間を切り取ることで、アルバムのラストにふさわしい虚無感と静寂をもたらしている。

various kitchen sounds, Alan leaves the kitchen, tap dripping
(様々な台所の音がした後、アランがキッチンを出て行き、蛇口から水滴が滴る音だけが残る)
※冒頭と同じ「水滴の音」へと回帰し、そのままレコードの溝の最後まで水滴が落ち続ける(アナログ盤では永遠にループする仕組みになっていた)。永遠に繰り返される日常という残酷で美しいループ構造は、後の『狂気』の心音のループへと完璧に受け継がれる。

 

Alan's Psychedelic Breakfast

Alan's Psychedelic Breakfast

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