Artist: Pink Floyd
Album: Atom Heart Mother
Song Title: If
概要
1970年発表のアルバム『原子心母(Atom Heart Mother)』に収録された、ロジャー・ウォーターズ作詞・作曲・ボーカルによる静謐なアコースティック・バラードである。A面を占める壮大な組曲とは対照的に、ウォーターズのパーソナルな内面世界が赤裸々に綴られている。自己嫌悪、他者とのコミュニケーション不全、そして「狂気」への根源的な恐怖という、後の『狂気(The Dark Side of the Moon)』や『ザ・ウォール(The Wall)』で頂点に達するピンク・フロイドの核心的テーマが、すでにこの小品の中で明確に提示されている。特に、精神を病みバンドを去った旧友シド・バレットへの罪悪感と、「次は自分が狂うのではないか」という強迫観念が色濃く影を落とす、初期ウォーターズの剥き出しの告白録だ。
和訳
[Verse 1]
If I were a swan, I'd be gone
もし僕が白鳥だったなら、とうに飛び去っていただろう。
If I were a train, I'd be late
もし僕が列車だったなら、きっと遅れて到着しただろう。
※「純白で優雅な白鳥」や「定刻通りに走る列車」になれない自分への自己嫌悪。ウォーターズが抱える深い不全感と、周囲の期待に応えられないという無力感を示している。
And if I were a good man
そして、もし僕がもっと善良な人間だったなら。
I'd talk with you more often than I do
今よりもずっと頻繁に、君と語り合っていただろうに。
※コミュニケーションの断絶と後悔。精神を病んでいくシド・バレットに対して何もできなかった(あるいは見捨ててしまった)という、ウォーターズの拭いがたい罪悪感の表れである。
[Verse 2]
If I were asleep, I could dream
もし僕が眠りについていたなら、夢を見ることができたのに。
If I were afraid, I could hide
もし僕が恐怖を感じていたなら、身を隠すことができたのに。
If I go insane
もし僕が、このまま正気を失ってしまったら。
Please don't put your wires in my brain
お願いだから、僕の脳にワイヤーを繋ぐような真似はしないでくれ。
※当時の精神医療(電気けいれん療法など)に対する直接的な恐怖の吐露。「狂気=システムによる管理・矯正」という構図は、ウォーターズが後に『狂気』や映画『ザ・ウォール』で徹底的に批判する社会制度への不信感へと直結している。
[Guitar Solo]
※デヴィッド・ギルモアによる、極めて抑制の効いたブルージーなギターソロ。ウォーターズの孤独な独白に、慰めのように優しく寄り添う響きを持っている。
[Verse 3]
If I were the moon, I'd be cool
もし僕が月だったなら、もっと冷徹でいられただろう。
※「月(moon)」はフロイドにとって狂気(lunatic)や完全な孤独の象徴である。感情に振り回され苦悩する人間をやめ、無機質で冷たい存在になりたいという逃避願望だ。
If I were a rule, I would bend
もし僕が規則だったなら、柔軟に曲がることができたのに。
※ウォーターズ自身が自覚していた「支配的で融通の利かない性格」への自己言及。この生真面目さと強迫観念が、のちにメンバー間(特にリチャード・ライトやデヴィッド・ギルモア)に致命的な確執を生む原因となっていく。
If I were a good man
そして、もし僕がもっと善良な人間だったなら。
I'd understand the spaces between friends
友人たちの間に横たわる、あの「空白」の意味を理解できたはずなのに。
※「spaces(空間・空白)」は、他者との間に生じる決定的な距離感や疎外感のメタファー。かつての親友であったシドとの間に開いてしまった、二度と埋まらない心の距離への痛切な悲哀である。
[Verse 4]
If I were alone, I would cry
もし僕が一人きりだったなら、大声で泣くことができただろう。
And if I were with you, I'd be home and dry
そして君と一緒だったなら、僕は安らぎの場所に辿り着けていただろうに。
And if I go insane
それで、もし僕が本当に正気を失ってしまったら。
Will you still let me join in with the game?
君はまだ、僕をこのゲームに参加させてくれるだろうか?
※「ゲーム」とは音楽業界、あるいは社会的な営みそのものの暗喩。狂気に陥れば社会から用済みとして排除されるという恐怖と、見捨てられることへの哀願である。シド・バレットを「ゲーム」から外したのは他ならぬ彼ら自身であったという事実が、このフレーズを一層残酷なものにしている。
[Guitar Solo]
[Verse 5]
If I were a swan, I'd be gone
もし僕が白鳥だったなら、とうに飛び去っていただろう。
If I were a train, I'd be late again
もし僕が列車だったなら、またしても遅れて到着しただろう。
If I were a good man
そして、もし僕がもっと善良な人間だったなら。
I'd talk with you more often than I do
今よりもずっと頻繁に、君と語り合っていただろうに。
