Artist: Pink Floyd
Album: A Saucerful of Secrets
Song Title: Remember a Day
概要
1968年発表の第2作『神秘(A Saucerful of Secrets)』に収録された、キーボーディストのリチャード・ライトが作詞・作曲・ボーカルを務めたノスタルジックな名曲である。元々はデビュー作のセッション時に録音されたものであり、精神を病んでバンドを去りつつあったシド・バレットがアコースティック・ギターとスライド・ギターで参加している貴重なテイクだ。テーマは「失われた幼年期への郷愁」と「二度と戻らない無垢な時代への悲哀」である。大人になり、社会という冷酷なシステムに組み込まれていく過程で失われる自由や想像力へのレクイエムであり、同時に、狂気の世界へと遠ざかっていくシドのかつての無邪気な姿を追悼するような、美しくも残酷な響きを帯びている。
和訳
[Verse 1: Richard Wright]
Remember a day before today
今日より前の、ある一日を思い出してごらん。
A day when you were young
君がまだ幼かった頃の、あの一日を。
Free to play alone with time
時間を相手に、一人で自由に遊ぶことができた。
※「時間(time)」は後年のピンク・フロイドにおいて「人間を縛り付け、死へと追いやる冷酷なシステム」の象徴となるが、ここではまだ子供が自由にコントロールできる無害で無限の存在として描かれている。
Evening never come
夕暮れなんて、永遠に来ないと思っていたあの頃。
※「夕暮れ」は「大人への成長」や「人生の終焉」、あるいはシド・バレットを飲み込んだ「狂気(夜)」の訪れを暗喩している。
[Verse 2: Richard Wright]
Sing a song that can’t be sung
歌うことのできない歌を歌おう。
※言葉や論理(大人の世界のルール)に縛られない、幼児期特有の自由な想像力とコミュニケーションへの希求である。
Without the morning’s kiss
朝の口づけなしには、決して歌えないあの歌を。
Queen, you shall be it if you wish
女王様、君が望むならその役になれるよ。
Look for your king
さあ、君の王様を探すんだ。
※ごっこ遊びの情景。ルイス・キャロルの童話などを思わせる無邪気なモチーフだが、社会的な役割(王や女王)を無自覚に演じられた純粋な時代への挽歌でもある。
[Chorus: Richard Wright & Syd Barrett]
Why can’t we play today?
どうして今日は、あの頃のように遊べないのだろう?
Why can’t we stay that way?
どうして僕たちは、あの頃のままでいられないのだろうか?
※成長に伴う「不可逆的な変化」への嘆き。シド・バレット(コーラスに参加している)と共に無邪気に音楽を作っていた初期のバンドの姿が、もはや失われてしまったことへのリチャード・ライトの痛切な本音が漏れ出ている。
[Instrumental Break]
[インストゥルメンタル]
※リチャード・ライトの浮遊感あるピアノと、シド・バレットの不穏でサイケデリックなスライド・ギターが交差する。過去の美しい記憶と、狂気に侵食されつつある現在の現実がぶつかり合うような音像である。
[Verse 3: Richard Wright]
Climb your favourite apple tree
お気に入りだったあのリンゴの木に登って。
Try to catch the sun
太陽を捕まえようと手を伸ばす。
※「リンゴの木」や「太陽」は、生命力や絶対的な真理、あるいは失われた楽園の象徴。身の程知らずにも自然を支配しようとした無垢な全能感の描写である。
Hide from your little brother’s gun
幼い弟の撃つおもちゃの銃から身を隠し。
※「弟の銃」は子供の無邪気な遊び道具であるが、冷戦下における現実の戦争の脅威や、社会の暴力性が子供の世界にも忍び寄っていることを示唆する鋭いメタファーだ。
Dream yourself away
夢の中へ、遠く離れた場所へ逃げ込んでしまおう。
※過酷な現実からの逃避。LSDによる内面世界(インナースペース)への没入を肯定していたサイケデリック・カルチャーの逃避主義的な側面が色濃く出ている。
[Chorus: Richard Wright & Syd Barrett]
Why can’t we reach the sun?
どうして僕たちは、太陽に手が届かないのだろう?
※かつては手が届くと思っていた「太陽(理想や真理)」が、大人になるにつれて絶対的な距離を持つ冷酷な現実として立ちはだかることへの絶望。
Why can’t we blow the years away?
どうして僕たちは、過ぎ去った年月を吹き飛ばせないのだろう?
※「時間の不可逆性」に対する敗北宣言。この絶望的な問いかけは、のちにロジャー・ウォーターズがアルバム『狂気(The Dark Side of the Moon)』で提示する虚無感へと直結していくテーマである。
[Outro: Richard Wright]
Blow away
吹き飛ばせたら。
Blow away
すべて吹き飛ばせたらいいのに。
Remember
思い出してごらん。
Remember
思い出して。
Remember
あの頃の日々を。
※エコーと共にフェードアウトしていくこの言葉は、シド・バレットという失われた天才に対する、バンド側の終わることのない追憶と鎮魂の祈りとしてアルバムに刻み込まれている。
