Artist: Kanye West
Album: The College Dropout
Song Title: Through The Wire
概要
Kanye Westの原点にして最大の転機となった、歴史的デビューシングルである。2002年10月、プロデューサーとして多忙を極めていたカニエは、居眠り運転による壊滅的な自動車事故で顎の骨を3か所骨折し、生死の境を彷徨った。奇跡的に一命を取り留めた彼は、顎をワイヤーで完全に固定(wired shut)され口もまともに開かない激痛の中、事故からわずか2週間後に本作をレコーディングした。Chaka Khanの名曲「Through the Fire」を早回ししたチップマンク・ソウルに乗せ、腫れ上がった自身の顔面や生命維持装置すらもブラックジョークと巧みなワードプレイで笑い飛ばす姿は、強さを誇示する従来のギャングスタ・ラップとは全く異なる「人間臭いラッパー」の誕生を世界に知らしめた。「悲劇を勝利に変えた(Tragedy to triumph)」、ヒップホップ史に燦然と輝く不屈のクラシックだ。
和訳
[Intro: Kanye West & Chaka Khan]
(Through the test of time)
(時の試練を乗り越えて)
Yo, Gee, they can't stop me from rappin', can they?
ヨォ、Gee。奴ら、俺がラップするのを止めることなんてできねえよな?
Can they, Hop?
できねえよな、Hop?
[Chorus: Chaka Khan]
Through the fire, to the limit, to the wall
火の中をくぐり抜け、限界まで、壁の向こうまで。
※Chaka Khanの「Through the Fire」(1984年)のピッチアップ・サンプリング。原曲の「Through the fire(火の中を抜けて)」という歌詞を、カニエは自身の顎を固定している「Through the wire(ワイヤー越しに)」と掛けている。
For a chance to be with you, I'd gladly risk it all
あなたと一緒にいられるチャンスのためなら、喜んで全てを懸けるわ。
Through the fire, through whatever, come what may
火の中をくぐり抜け、何があろうと、何が起ころうとも。
For a chance at loving you, I'd take it all the way
あなたを愛せるチャンスのためなら、最後までやり遂げるわ。
Right down to the wire, even through the fire
最後の最後まで(ワイヤー越しでも)、たとえ火の中をくぐり抜けても。
[Post-Chorus: Kanye West]
I spit it through the wire, man
俺はワイヤー越しにスピットして(ラップかまして)るんだぜ、なぁ。
There's too much stuff on my heart right now, man
今、俺の心には抱えきれないほどの思いがあるんだ。
I'd gladly risk it all right now
今なら喜んで全てを懸けられるぜ。
It's a life-or-death situation, man
マジで生死を分ける状況(大事故)だったんだからな。
Y'all, y'all don't really understand how I feel right now, man
お前らには、今の俺の気持ちなんて本当には分からねえよ。
It's your boy, Kanye To The…
お前らのダチ、Kanye To The...
Chi-Town, what's goin' on?
シカゴ、調子はどうだ?
Uh-huh, yeah, yeah
アーハ、イェア、イェア。
[Verse 1: Kanye West]
I drink a Boost for breakfast, an Ensure for dessert
朝食にはBoost(栄養ドリンク)を飲んで、デザートにはEnsure(栄養ドリンク)さ。
※顎がワイヤーで固定され、ストローで流動食しか摂れない過酷な状況を自嘲している。
Somebody order pancakes, I'll just sip the sizzurp
誰かがパンケーキを頼んでも、俺はシロップ(シザップ)をすするだけ。
※sizzurp=パンケーキのシロップと、咳止めシロップに由来するドラッグ「リーン(Sizzurp)」を掛けたダブルミーニング。
That right there could drive a sane man berserk
そんな状況、まともな奴なら発狂(バーサーク)しちまうぜ。
Not to worry, Mr. H-to-the-izz-O’s back to w-izz-ork
でも心配すんな、「H-to-the-izz-O」を作った男が、仕事(w-izz-ork=ワーク)に戻ってきたぜ。
※Kanyeがプロデュースして大ヒットしたJAY-Zの楽曲「Izzo (H.O.V.A.)」に用いられた、izzを挿入するAAVEのスラング遊び(izzizzle)を引用している。
How do you console my mom, or give her light support
どうやって俺の母ちゃんを慰めて、少しでも支え(サポート)になってやれる?
Tellin' her her son's on life support?
「あなたの息子は生命維持装置(ライフ・サポート)に繋がれてます」なんて伝えながらさ。
And just imagine how my girl feel
それに、俺の彼女がどう感じたか想像してみてくれよ。
On the plane scared as hell that her guy look like Emmett Till
飛行機の中で、自分の彼氏の顔がエメット・ティルみたいになってるんじゃないかって、死ぬほど怯えてたんだ。
※Emmett Till=1955年に白人にリンチされて殺害された14歳の黒人少年。公開された遺体の顔が原形を留めないほど激しく損傷していたことで知られる。事故で自分の顔がどれほど酷く腫れ上がっていたかを表現する、極めてブラックなメタファー。
She was with me before the deal, she'd been tryna be mine
彼女は俺がレコード契約(ディール)を結ぶ前から一緒にいて、ずっと俺の女になろうとしてくれてた。
She a Delta, so she been throwin' that Dynasty sign
彼女は「デルタ」だから、ずっと「ダイナスティ」のサインを掲げてたんだ。
※Delta=黒人女子社交クラブ(ソロリティ)のDelta Sigma Thetaのこと。彼女らが指で三角形(デルタ)を作るハンドサインと、Kanyeが所属するRoc-A-Fellaの象徴である三角形のハンドサイン(Dynasty sign / Roc sign)を掛けている。
No use in me tryna be lyin', I've been tryna be signed
嘘をついても仕方ねえな、俺はずっと契約(サイン)を取ろうと必死だった。
Tryin' to be a millionaire; ha–I used two lifelines
ミリオネアになろうとしてな。ハッ、俺は「ライフライン」を2つも使っちまったよ。
※クイズ番組『クイズ$ミリオネア(Who Wants to Be a Millionaire)』で回答者が使えるお助け機能(ライフライン)と、実際の病院での「生命維持装置(ライフライン)」を掛けた天才的なワードプレイ。
In the same hospital where Biggie Smalls died
ビギー・スモールズが死んだのと同じ病院でな。
※シダーズ・シナイ・メディカル・センター。ロサンゼルスにある大病院で、1997年に銃撃されたThe Notorious B.I.G.が息を引き取った場所。
The doctor said I had blood clots, but I ain't Jamaican, man
医者は俺に「血栓(ブラッド・クロット)」があるって言ったけど、俺はジャマイカ人じゃねえよ。
※blood clot(血栓)と、ジャマイカのパトワ語における定番の罵倒語「Bumbaclot / Bloodclaat」を掛けたジョーク。
Story on MTV and I ain't tryna make Da Band
MTVでニュースになったけど、俺は『Da Band』を作ろうとしてるわけじゃねえ。
※当時のMTVのリアリティ番組『Making the Band』(DiddyがプロデュースしたグループDa Bandの結成を追った番組)と掛けている。
I swear, this, right here, history in the makin', man
誓って言うぜ、今ここにあるこれこそが、歴史が作られてる(メイキン)瞬間なんだ。
[Chorus: Chaka Khan]
Through the fire, to the limit, to the wall
火の中をくぐり抜け、限界まで、壁の向こうまで。
For a chance to be with you, I'd gladly risk it all
あなたと一緒にいられるチャンスのためなら、喜んで全てを懸けるわ。
Through the fire, through whatever, come what may
火の中をくぐり抜け、何があろうと、何が起ころうとも。
For a chance at loving you, I'd take it all the way
あなたを愛せるチャンスのためなら、最後までやり遂げるわ。
Right down to the wire, even through the fire
最後の最後まで(ワイヤー越しでも)、たとえ火の中をくぐり抜けても。
[Post-Chorus: Kanye West]
I really apologize to everyone right now
今、みんなに本当に謝りたい。
If it's unclear at all, man
もし俺の言ってることが聞き取りにくかったらな。
They got my mouth wired shut
口をワイヤーで完全に固定されちまってるんだ。
For like… I dunno, the doctor said, like, six weeks
ええと…分かんないけど、医者は6週間くらいって言ってた。
Y'know, he had–I had reconstructive surgery on my jaw
ええと、医者が…俺は顎の再建手術を受けたんだ。
I looked in the mirror–half my jaw was in the back of my mouth, man
鏡を見たらさ、顎の半分が口の奥の方に引っ込んでたんだぜ、マジで。
I couldn't believe it
信じられなかったよ。
But I'm still here for y'all right now, man
でも、俺は今でもお前らのためにここにいるぜ。
This what I got to say right here, dawg
これこそが、俺が今ここで言わなきゃならねえことなんだ、兄弟。
Yeah, turn me up, yeah, uh
イェア、ボリュームを上げてくれ、アー。
[Verse 2: Kanye West]
What if somebody from the Chi' that was ill got a deal
もし、シカゴ(Chi)出身のヤバい(病的な)奴が、契約(ディール)を結んだとしたら?
On the hottest rap label around?
今一番アツいラップのレーベル(Roc-A-Fella)とな。
But he wasn't talkin' 'bout coke and birds,
でもそいつは、コカインや白い粉(バーズ)についてラップするわけじゃなくて。
※birds=キロ単位のコカインを指すスラング。当時のRoc-A-Fellaを含むメインストリームの定番トピック。
It was more like spoken word, 'cept he's really puttin' it down?
どっちかっていうとスポークン・ワード(詩の朗読)みたいなスタイルで、しかもマジでイケてるとしたらどうだ?
And he explained the story 'bout how Blacks came from glory
そしてそいつが、黒人たちがいかにして栄光の歴史からやってきたかっていうストーリーを語り。
And what we need to do in the game
俺たちがこのゲーム(ヒップホップ業界)で何をすべきかを説くとしたら。
Good dude, bad night, right place, wrong time
「いい奴」が、「最悪の夜」に、「正しい場所」で、「間違った時間」に居合わせた。
※レコーディングスタジオで遅くまで仕事をした(right place)帰りに、過労で居眠り運転をして事故に遭った(wrong time)ことを表している。
In the blink of a eye, his whole life changed
瞬きする間に、そいつの人生は完全に変わっちまった。
If you could feel how my face felt,
もしお前が、俺の顔がどう感じてたか分かったら。
You would know how Mase felt (Mason Betha!)
メイス(Mase)がどう感じてたか分かるはずさ(メイソン・ベサ!)。
※Mase=かつてPuff Daddyのレーベルに所属していたラッパー。Maseも過去に顎を骨折してワイヤーで固定された経験がある(あるいは彼の独特の重いフロウに例えている)と言われている。
Thank God I ain't too cool for the safe belt
シートベルト(セーフ・ベルト)をしないのがクールだなんて勘違いしてなくて、神に感謝するよ。
I swear to God, driver two wanna sue
神に誓って言うが、相手のドライバーは俺を訴えたがってる。
※事故の相手(カニエが衝突した車の運転手)が訴訟を起こそうとしている状況。
I got a lawyer for the case, to keep what's in my safe–safe
その裁判のために弁護士を雇ったよ、俺の金庫(セーフ)の中身を安全(セーフ)に守るためにな。
My dawgs couldn't tell if I…
俺のダチどもは、俺が…かどうかも分からなかったんだ。
I looked like Tom Cruise in Vanilla Sky, it was televised
俺の顔は映画『バニラ・スカイ』のトム・クルーズみたいになってて、それがテレビで流れた。
※映画『Vanilla Sky』(2001年)で、トム・クルーズ演じる主人公が自動車事故で顔面に深刻な傷を負うストーリーと掛けている。
"There's been an accident," like GEICO
「事故が発生しました」、GEICO(自動車保険)のCMみたいにな。
They thought I was burnt up like Pepsi did Michael
奴らは、ペプシのCMの時のマイケルみたいに、俺が黒焦げになったと思ったらしい。
※1984年、マイケル・ジャクソンがペプシのCM撮影中に花火の演出トラブルで頭部に重度の火傷を負った有名な事故。
I must got a angel, 'cause look how death missed his ass
俺には絶対天使がついてるはずだ、だって見てみろよ、死神が俺のケツをどうやって取り逃がしたかを。
Unbreakable, what you thought, they call me Mr. Glass?
アンブレイカブル(壊れない)さ。お前らなんだと思った? 俺が「ミスター・ガラス」だとでも呼ばれてるとでも?
※映画『アンブレイカブル』(2000年)と、サミュエル・L・ジャクソン演じる「骨折しやすい体質」の悪役「ミスター・ガラス(Mr. Glass)」を掛けた秀逸な引用。
Look back on my life like the Ghost of Christmas Past (Uh-huh)
自分の人生を振り返るんだ、「過去のクリスマスの幽霊」みたいにな。
※チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』のキャラクター。死に直面し、走馬灯のように過去を振り返ったことを示している。
Toys "R" Us where I used to spend that Christmas cash
クリスマスの小遣いを握りしめて向かった「トイザらス」。
And I still won't grow up, I'm a grown-ass kid
そして俺は未だに大人になんてならない、デカいケツした(図体だけデカい)ガキのままさ。
※トイザらスの有名なCMソング「I don't wanna grow up, I'm a Toys "R" Us kid」を引用している。
Swear I should be locked up for stupid [shit] that I did
誓って言うが、俺がやったあんなバカな真似(居眠り運転)なら、ムショにブチ込まれても文句は言えねえ。
But I'm a champion, so I turned tragedy to triumph (Uh-huh! Yeah!)
でも俺はチャンピオンだ、だから「悲劇(トラジェディ)」を「勝利(トライアンフ)」に変えてやったのさ。
Make music that's fire, spit my soul through the wire (Woo!)
最高にアツい(ファイア)音楽を作り、ワイヤー越しに俺の魂をスピットしてやるぜ(フゥー!)
[Chorus: Chaka Khan]
Through the fire, to the limit, to the wall
火の中をくぐり抜け、限界まで、壁の向こうまで。
For a chance to be with you, I'd gladly risk it all
あなたと一緒にいられるチャンスのためなら、喜んで全てを懸けるわ。
Through the fire, through whatever, come what may
火の中をくぐり抜け、何があろうと、何が起ころうとも。
For a chance at loving you, I'd take it all the way
あなたを愛せるチャンスのためなら、最後までやり遂げるわ。
Right down to the wire, even through the fire
最後の最後まで(ワイヤー越しでも)、たとえ火の中をくぐり抜けても。
[Post-Chorus: Kanye West]
Y'know what I'm sayin'?
俺の言ってっこと分かるか?
When the doctor told me I had to, um...
医者が俺に言ったんだ、「君は…」
I was gonna have to have a plate in my chin...
「顎に金属プレートを埋め込まなくちゃいけない」って。
I said, "Dawg, don't you realize I'll never make it on a plane now?
だから俺は言ったよ。「おい兄弟、これで俺が二度と飛行機に乗れなくなるのが分からねえのか?
It's bad enough I got all this jewelry on!"
ただでさえ、こんなにジャラジャラとジュエリーを着けてるってのに(金属探知機に引っかかるだろ)!」
She can't be serious, man
冗談キツいぜ、マジでさ。
※大怪我の手術宣告に対してすら、ラッパーの「Bling(ジュエリー)」を持ち出してジョークで返す、Kanyeの不屈のメンタルを象徴するアウトロ。
[Outro: Chaka Khan]
–to the limit
限界まで。
Through the fire, through whatever
火の中をくぐり抜け、何があろうと。
Through the fire, to the limit
火の中をくぐり抜け、限界まで。
Through the fire, through whatever
火の中をくぐり抜け、何があろうと。
Through the fire...
火の中をくぐり抜け…
